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010 秘密作戦・伍

 錬暖はすかさず振り向いた。


 同時に、漠頭の獣じみた本能が脊髄反射を引き起こす。


「あァ!?」


 彼は唸り声と共に、高速回転させていた一〇〇キロの鉄球を、即座に背後の気配へ向かって投げ飛ばした。


 暴風を纏った鉄塊が、女の顔面を粉砕せんと迫る。


 だが、そこにいた女性は、眉一つ動かさなかった。


 ふわり、と優雅に身を翻し、死の砲弾を紙一重でかわす。


 しかし、漠頭の鉄球には『殺意執着(ストーカー)』が付与されている。通り過ぎたはずの鉄塊が、物理法則を無視して空中で急停止し、直角に軌道を変えて女の側頭部へと襲い掛かった。


「へえ」


 女は感嘆の声をこぼした。驚きではない。珍しい玩具を見つけたような反応だ。


 彼女は、迫りくる鉄球に対し、素手で触れた。剛速球を受け止めるのではない。柔らかな掌で側面を撫でるように触れ、その運動エネルギーのベクトルを流したのだ。  鉄球は女の前で踊るように舞い、勢いを殺されることなく――あろうことか、持ち主である漠頭の顔面へ向かって投げ返された。


「おッ!?」


 漠頭はニヤリと笑いながら、迫りくる自分の武器を両手でガシッと受け止めた。  ズザザザ……と足が地面を削る。


「なんだぁ……?」


 漠頭は不敵な笑みを浮かべながらも、不可解そうに首をかしげた。自分の能力が、他人に利用された違和感。


 土煙が晴れると、その全貌が露わになった。


 そこに立っていたのは、長く淡い紫色の髪をなびかせた長身の美女だった。

 身に纏うのは、漆黒のジャカード生地が織りなすロングチャイナドレス。深いスリットから覗く脚線美と、身体のラインを強調する衣装は妖艶だが、同時に冷ややかな「拒絶」のオーラを放っている。漆黒の瞳が、ゴミを見るような目つきで二人を見据えていた。


「大人二人で何恥ずかしいことしてんのさ」


「……ッ!」


 錬暖はすかさず能力『全方解視(アナライズアイ)』を発動し、彼女を見た。


 その瞬間、彼は恐怖で息を呑んだ。彼女の体内には、常人と同じく蝋燭のように僅かに燃える魔那の灯火が見える。だが、それとは別に――彼女の身体の外側から、凄まじい「何か」が、燃え盛る火柱のように天へと湧き上がっていたのだ。視界が焼き尽くされるほどのエネルギー量。


「漠頭……気をつけろ。あれはマズい」


 錬暖は冷静に、しかし震える声で呟く。


 だが、戦闘狂の漠頭にその警告は届かない。彼はニヤニヤしながら、獲物を見つけた獣の足取りで彼女へと一歩踏み込んだ。


「へへッ、いい女じゃねえか。潰しがいがありそうだ」


 漠頭が剛腕を振るう。再装填された鉄球が、唸りを上げて女へ放たれる。


 だが、女はそれを蝶のようにひょいと避けると、鉄球そのものではなく、その根元に繋がっている太い鎖を、無造作に片手で鷲掴みにした。


「――来な」


 女が軽く鎖を引く。たったそれだけの動作で、巨漢の漠頭の身体が、まるで枯れ枝のように宙を舞った。


「あ!?」


 抗う間もなく、漠頭は女の目の前へと引きずり寄せられる。

 女は、空いた片手で宙に浮いている鉄球を掴むと、そのまま流れるような動作で、引き寄せた漠頭の顔面へ叩き込んだ。


 ドゴォッ!!

 鈍く、重い音が響く。自分の武器で殴打された漠頭は、鼻血を噴き出し、白目を剥いてそのまま地面に崩れ落ちた。ピクリとも動かない。一撃による完全な失神。


 女は倒れた漠頭の頭をヒールの踵でグリリと踏みつけながら、残された錬暖へ冷ややかな視線を向けた。


「で、お前たち何をしていたのさ」


 錬暖は瞬時に悟った。勝てない。次元が違う。


 彼は白旗を上げるように両手を挙げ、顔を引きつらせた。


「あ、アルカディアの職員として、仕事を全うしていただけだ……」


「子供に鉄の塊をぶつけるのがアルカディアの仕事なのかい?」


「こ、細かいことは言えないが、どうか頼む、信じてほしい。私は決して悪党ではない。この光景は見るに堪えないものかもしれないが、全てはこの街の平和を維持するための――」


 ドッ!!

 錬暖が必死に弁明を並べ立てている最中、その言葉を遮るように、黒い塊が彼の腹部にめり込んだ。


「ぐ、ぇ……ッ!?」


 女が足元の漠頭から奪い取った鉄球を、至近距離から投げつけたのだ。


「話が長くなりそうだったから。ごめんね」


 錬暖は呼吸すらできず、青ざめた顔でその場にゆっくりと倒れこんだ。


 静寂が戻る。

 その一部始終を、加賀瀬はかろうじて目で追っていた。こちらに歩み寄ってくる女が敵か味方か判断できない。だが、今の自分には指一本動かす力も残されていないだろう。ただ唯一動くのは、眼球と口の筋肉のみ。


「へえ」


 女は瀕死の加賀瀬を見下ろし、感心するように呟いた。


()()()の言う通りだね」


 女が何を口にしたのか、加賀瀬には聞き取れなかった。「あいつ」とは誰のことか。


 だが、今はそんなことよりも伝えなければならないことがあった。


 朦朧とする意識の中、加賀瀬は必死に唇を動かした。


「じ……いさん、と……子供が……」


「喋れる気力もあるとは、驚きだね」


 女はドレスの裾を気にすることなく屈みこみ、加賀瀬の言葉を聞き取るために顔を近づけた。


「俺を……助けてくれた……じいさんと、子供が……死に、かけてる……」


 その言葉を聞いた瞬間、女はハッと目を見開いた。余裕のあった表情が消える。


「なんだって? どこだい?」


 加賀瀬は震える右手を精一杯上げ、破壊されたドーモスの家の方角を示した。


 次の瞬間、女の姿がかき消えた。


 鋭い風が加賀瀬の髪を撫でる。


 女は廃墟の民家の屋根から屋根へと、重力を無視したかのように軽々と跳躍していた。


 スラムの迷路を一瞬で駆け抜け、特段損壊の激しい民家を見つけると、そこが件の家だと即座に判断し、舞い降りる。


 近づくと、玄関の外には幼児サイズのボロボロの靴が、片方だけ転がっていた。  


 不吉な予感が胸をよぎる。

 女は壊れた玄関へそっと足を踏み入れた。


「……いない」


 中には人気(ひとけ)がなかった。


 崩れた壁には生々しい血痕があり、ふと天井を見渡すと、ついさっきできたばかりの焼け焦げた痕が見えた。爆発や崩落によるものではない。何らかの「力」が作用した痕跡だ。


 すると突然、外から男たちの声が響く。

「おい、こっちだ!」


 女がゆっくりと外へ出ると、男たちの正体は、騒ぎを聞いて駆け付けたアルカディア・カワチ支部の職員四名だった。


「なんだ貴方は!?」


 瓦礫の中に立つ異様な美女に、職員たちは各々身構えた。全員が白い制式拳銃を取り出し、彼女に狙いを定める。


「余計な抵抗はしないでください。貴方にはアルカディア署にてじっくりと話をき――」


 ドサッ。職員の一人が、言葉の途中で膝をついた。


「おい、どうし……た……?」


 隣の職員が支えようとするが、彼もまた、船酔いでもしたかのように足元がおぼつかない。

 四名はみな、突然強烈な酒に酔っぱらったかのように、その場をふらふらとし始めた。


「な、あ……? め、が……まわ……」


 彼らの口元がだんだんもつれていく様子を、女は黙って見ていた。 何もしていないように見える。だが、間違いなく彼女が何かをしていた。視認できる代物ではない「何か」が、彼らの神経を侵食しているのだ。


 やがて職員たちは次々とその場に倒れこみ、全員が泥のように眠り、気を失っていた。


「……」


 女は興味なさげに彼らを一瞥すると、すぐさまその場を立ち去り、加賀瀬が倒れている場所へと戻った。


 だが、加賀瀬はすでに限界を迎えていた。


 彼は気を失い、瓦礫の上で死体のように横たわっている。


 女は加賀瀬をじっと見下ろしながら、吐き捨てるように、しかしどこか悲しげに呟いた。


「面倒なことに巻き込んだね……ファントム」

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