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県立天明東高校三年一組の教室では数学の授業が行われている。午後一の授業故か、三八名の生徒たちの半分は睡魔との闘いにいそしんでいた。
谷川先生が淡々と数式を述べながら板書していく中、教室の最後方に座る加賀瀬善嗣は、教科書を意味もなく机に立てて、腕を組んで窓の外を眺めているばかりだ。
そんな様子の彼をちらっと見た笠井春馬は、隣の席の杉山豪にひっそりと話しかけた。
「なあ、あいつ、これ以上サボったら退学らしい」
「だから珍しく出席してるのか」
「いまどき時代遅れのヤンキーごっこだけやってりゃいいのにな」
笠井は嘲笑いながらシャープペンシルを指先でくるりと回転させた。
「そこ、私語は慎むように」谷川先生がチョークを突き立てた。「はいすいません」笠井は気だるげに答えた。
谷川先生が意図せず奏でていたチョークのリズムがふと止まった。その些細な違和感に、数名の生徒は寝ぼけた目をこすりながら顔を上げた。
「なんだ、地震か?」しかめた顔を生徒たちに見せる谷川先生のあとに続くように、生徒たちもまた、この教室が怪しげに揺れていることに気づいた。
やがて、木材の軋む音と大地が揺れる轟音が不協和音を織りなすと、いよいよそれが只事ではないと確信を持った。
「きゃあああああ」
「なんだなんだ」
「地震や!」
「やべえ! 大きいぞこれ!」
各々が慌てふためく中、加賀瀬だけはそれが地震ではないと真っ先に理解した。
教室の天井が、でたらめのパズルのように、幾何学模様を描くようにぐちゃぐちゃに散らばり始めた。その裂け目から黄緑色の光が差し込んでくる。
「なに!? なに!?」
「天井が!」
「床もやばいよ!」
「なんだこれなんだこれ!!」
床もまた同様に混沌の様子を極めていた。落ち着くべきはずの谷川先生も、教卓に必死にしがみつき、開いた口が塞がらずにいた。
「おい、出てくぞここから!」
加賀瀬は怒鳴るように皆に伝えたが、誰の耳にもその声は届いていない。
たちまち教室は悲鳴と混乱に満ちた。
同時に、彼らを包むように、眩しすぎる黄緑色の光が空間を侵していく。
――事が起きてから十数秒程経っただろうか、混沌とした空間は静寂だけとなった。突然の静けさに困惑する谷川先生は、教卓の下に潜めていた身をゆっくりとさらけ出した。
「……え?」
彼が目を丸くするのも無理ない。
教室はいたって平凡な風景だった。先ほどの異常な光景が、刹那的な幻覚だったと錯覚するほどに、机と椅子が無機質に並ぶ空間でしかなかった。
ただ、生徒たち三八人が、誰一人として居ないことを除けば――。




