4話 「勇者」
「遅くなりました、本当にごめんなさい。」
真っ直ぐに俺を見据えてそう言う『勇者』に、俺は、気味の悪さすら覚えた。
「あなたたちはもう帰ってください。」
『勇者』は、冒険者たちを見下ろし、言い放った。
「でも……」
冒険者の男は、切実な表情で何かを訴えようとした。
『勇者』は、それを無視し、厳しく告げる。
「帰ってください。」
「えっ……は……はい……」
『勇者』に似つかわしくない冷たい物言いに、動揺しながらも、冒険者たちは山を下りていく。
焼け野原に、『勇者』と、二人になった。
『勇者』は黙ったまま、俺の腕を掴み続けている。
「……随分遅いじゃねぇか『勇者』……まぁいい……今ここでぶち殺してやるよ……」
俺はとびきり気色の悪い笑顔で脅した。
『勇者』とか言われる奴の器が、どの程度か測ってみたかった。
『勇者』も、所詮は力が強いだけの争いのタネだって証明してやりたかった。
でも、そいつは俺から目を逸らさなかった。
「遅れてすみませんでした。」
また、その言葉を口にする。
簡単な物言いだ。
ただ、俺を舐めてるわけでも、適当に返しているだけでもないことは、その目を見れば分かった。
「…………」
悪びれることなく、真っ向から謝罪され、言葉に詰まってしまう。
このままだと、『勇者』のペースに乗せられると思った。
「すみませんじゃねぇよ……お前も争いを終わらせられてないただの偽善弱者だ。」
そう言うと、『勇者』は俺の腕から手を離し、ゆっくりと、丁寧に頭を下げた。
「申し訳ありません。」
その奇妙な行動に、驚愕し、目が離せなくなる。
『勇者』は頭を下げたまま続けた。
「我々は平和を守るのが仕事です。それでも、魔物による被害を受けてしまう人がいるのは、我々の不徳と弱さ故のものです。本当に申し訳ございません。」
なんだこいつ。
気持ち悪い。
勇者はゆっくりと頭を上げた。
「教えてください、ここで何があったのか。」
……は?
意味わかんねぇよ。
なんでそんなこと俺に聞く。
「俺は、『腐人』だぞ。いや、正式名称は……」
「いいえ、あなたは〈人間〉です。」
……あっ。
こうなってから初めて、〈人間〉って呼ばれた。
いや、でも、もう違う。
「俺は……人間なんかじゃない。アンデッドだ。」
「あなたがそう思ってても、俺はあなたを人間だと思ってます。」
間髪入れずに答えられ、動揺する。
「は……?なんだよそれ、自分勝手かよ。」
そうは言ったが、俺の心の中の何かがこじ開けられそうで、怖かった。
捨てたものに、後から未練が芽生えるのが嫌だった。
「お前に……何が分かるんだよ……」
「詳しい事は何も分かりません。」
「はぁ……!?じゃあ……なんで……!」
「あなたの目が、絶望していたからです。絶望している人を放っておく勇者なんかいません……!」
傲慢過ぎる……自分が本気で『救える側』の人間だと思ってやがる。
どこまでもふざけた野郎だ……!
「そういうのが自分勝手だって言ってんだよ!」
「誰かが自分勝手しないと、人の心は開けられないですから……!」
「っ……!傲慢なんだよ……!」
「自分に自信がない人間が、他人を照らせますか!?」
「何だと……!」
怒りと、恐れが、ごちゃ混ぜになる。
気を抜くと、ぐちゃぐちゃとしたものが、心の底から溢れてしまいそうだ。
「結局自分が気持ちよくなりたいだけだろ……?」
「あなたを心から救うことができたなら、俺も嬉しいです。」
「チッ……!」
どれだけカマをかけても墓穴を掘らない。
いや、あえて話を逸らしている。
会話の主導権を握り、心を無理矢理開きに来ているのが分かる。
「……何があったのか教えてください。」
「ぎぃ゙っ……!」
非の打ち所のない対応に、変な声で悔しがることしかできない。
もう、何が何だか分からなくなっていた。
こいつは人の心を乱す天才だ。
俺の自己嫌悪を真っ向から否定して、かつ全てにおいて希望を含ませた「揺らがせる」ための回答をしてきやがる。
「はぁ……っ……はぁ……っ……」
だんだん、呼吸をする度に、涙がこみ上げて来て、ギリギリで耐える。
こいつの言うことを、受け入れたくなかった。
結局は偽善者に変わりはない、力がある側の人間は、弱者の苦痛なんか分かるわけがない。
分かってたまるか……!!
「……うるっせぇんだよ!!!」
勇者の顔面に向けて拳を振り上げる。
奴は、俺を真っ直ぐ見据えていた。
「っ……!」
殴れなかった。
止められたわけじゃないのに、寸前で動かなくなった。
奴は黙って俺を見つめ続けている。
この……こいつの目が嫌だ。
なんでこんなに綺麗な目で俺を見られるんだよ……!
塞ぎ込ませろよ……!諦めさせろよ……!
なんで……!なんで……!
「しつこい……!」
嗄れて、上ずった声が漏れる。
もう、限界だった。
「……お前らは残酷だ。自分の正義の為なら、他人を傷つける事を正当化するし、だから……争いが終わらない……!魔族がどうとか勇者がどうとか知ったことじゃねぇんだよ!!俺は!!俺は……!」
勇者は俺の号哭を、優しく真摯な表情で受け止めていた。
溜まっていたものがどんどん流れ出し、もう抑えきれない程だった。
でも、これでもまだ、希望を受け入れるのが怖かった。
「俺は……心まで腐ったアンデッドだ……!」
「じゃあ、その涙は何なんですか……!」
「えっ……」
泣いてるのか……?俺……
「なんで俺を殴る手を止めたんですか……!なんで俺の話を受け止めてくれてるんですか……!」
勇者の目にも、少しだけ涙が浮かんでいるような気がした。
「……あなたは人間だ……!腐ってなんかいない……未来があるんだよ……!!」
「俺には未来なんてもう要らない……!何もかも守れなかった……全部失って諦めた……!諦めたのに、世界は解放してくれなかった……!なのに……!」
もう、悪態をつく余裕もなかった。
「……本当は……俺……争いなんてしたくない……!勇者も、魔族も……殺すなんて言ったけど……無理だ……!」
その後に続ける言葉を少し躊躇ってしまったが、抑えきれなかった。
「……何より……もう俺はお前を……『勇者』を殺せない……!」
俺の心の穴を埋めていた復讐心は、勇者に無理矢理ねじ込まれた光によって、打ち消されていた。
俺は、生きる理由を失った。
「……じゃあ……何のために生きてんだよ……俺……」
勇者は一瞬、悲しそうな顔をしたが、すぐに俺に向き直る。
「なら、俺の人生のこの先を、見届けてくれませんか……?」
「えっ……」
予想外の言葉に、頭が真っ白になる。
「俺は、必ずこの世界を変えます。」
「世界を……変える……?」
「はい。この世界には、いたずらに命を奪う人間も、魔族もいます。互いに嫌悪し、恨みをぶつけているからです。それを根幹からひっくり返したい。本当に争いのない、平和な世界にしたいんです。」
「そんな……無茶な……」
非現実的な提案に、呆然としてしまう。
それでも、『勇者』は本気のようだった。
「絶対に実現させます。今、少しずつ、少しずつ、変わってきてるところなんです。」
本当に……そんな道が……?
あるなら……俺も……
「長い旅路になります。最後まで付いてきてくれますか?」
あ。
あ〜あ……それ……そのセリフ……
「俺じゃなくて……妹に言ってあげて欲しかったなぁ……」
その言葉とともに、寸前で留められていた涙が、一気に決壊した。
勇者が、『勇者』と呼ばれる理由が、分かった。




