3話 「ゴミクズ」
「お兄ちゃんは、将来何になりたいの?」
「う〜ん……俺は……お金を稼げる事をして、皆に恩返ししたいかな。◯◯は?」
「私は……お花屋さんかな?お兄ちゃんに、綺麗なお花をプレゼントしてあげる!」
俺は、華やかな舞台で、綺麗におめかししたお前から、花束を受け取りたかった。
愛する人と一緒に、幸せになってほしかった。
ごめんな。兄ちゃん、もうお前に会えないわ。
天国には、行けないから。
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「俺は『腐人』。魔物も勇者も殺して、平和を取り戻す者だ。」
平和……か………
もはや平和が何なのかも、はっきり言ってよくわからない。
「『腐人』種か……なるほど……」
冒険者の男は、手際よく仲間たちに指示を出す。
「奴には聖の魔法が効果的だ。シャル。」
「はい。分かってます。」
聖職者の装いをした女が、杖を構える。
「『憐れな魂を寂滅の光にて浄化せん…』」
女が詠唱を始めると、杖に埋め込まれた緑色の宝石が輝き出す。
「『母なる天炎よ、安寧を与え給え……!『聖なる陽光』……!」
詠唱が終わると、不自然な陽光が俺の周囲を照らし、夜の闇が掻き消される。
「安らかに眠りなさい……」
聖女擬きは、目を瞑り、合掌する。
冒険者が、異変に気づいた。
「おい……効いてないぞ……」
「えっ……?嘘……『腐人』はこれで斃せるはずなのに……」
かなり動揺しているようだ。
アンデッドは陽光で倒せるのが基本らしいが……
「陽光なんか効くわけないだろ……。」
そもそも俺は『お守り』に触れていても何の影響もない。
元人間の特性だろうか。
「な……なんで……!?どういう事ですか……!」
聖女擬きは仲間の冒険者に詰め寄る。
「……まさか……奴は……」
冒険者の男が何かを言い終わる前に、横の魔法使いの格好をした女が俺に杖を向ける。
「『雷槍』」
次の瞬間、青白い電光が走り、意識が飛ぶ。
「特殊個体みたいですけど……腐人如き、これでもう動きませんよ。」
魔法使いの女は自信ありげにそう冒険者の男に訴えた。
だが、冒険者の男は気付いていた。
「いや……駄目だ……こいつは死体が動いてるだけの一般『腐人』(アンデッド)じゃない……心も身体も腐った〈元〉人間……あまり使われる呼び名ではないが、はっきりと区別するなら、あれは『心体腐人』だ……」
「『心体腐人』……ですって……!?」
三人は、本来なら倒せているはずのアンデッドを見る。
丸焦げになった身体が、巻き戻るように再生していく。
冒険者と言うやつは、本当に魔物に容赦がないらしい。
これは魔物達からの恨みも買うだろうな。
「……再確認できたよ。」
冒険者の一団は、再度武器を構え直す。
「奴は希少かつ強力な魔物だ……無尽蔵の再生能力がある。確実に無力化して捕らえるぞ。」
「はい……!もう油断はしません……!」
「任せて。」
全員が俺に武器を向ける。
「『水神天命・明鏡止水』!」
冒険者が印を構えると、水の檻が周囲を囲み、俺を閉じ込める。
そこに向かって、二人は攻撃を仕掛ける。
「『聖光剣』……!」
「『千本雷槍』」
光の束が、冒険者が生成した水の檻の中で反射し、俺を貫き続け、水の檻が凄まじい電圧の電気を帯びる。
消し炭どころでは済まないほどの魔法の応酬。
一人の〈人間〉にするには、あまりにも過ぎた仕打ちだ。
いや、そうか。
俺もう〈人間〉じゃないんだった。
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水の檻で無限に反射し続ける光の剣は、俺の身体を焼き貫き続けた。
原型も残らないほど消し飛ばされては、再生し、また消し飛ばされるの繰り返し。
どうしてこんな事になったのか。
俺なりに善良に生きてきたつもりだ。
それが、なんだよこれ。普通の魔物にもこんな事しないだろ。
いや、してるから争いが終わらないのか。
『正義』って、怖ぇな。
ゴミクズに対してなら、ここまで残酷になれるのかよ。
無限に続くかと思われるほどの死の連続に、もはや意識は遠のいていた。
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走馬灯が見える。
妹が花束を抱えてて、その横に、誰かがいる。
幸せそうなその顔に、涙がこみ上げてくる。
これが良かったな。
こうあって欲しかったな。
本当に大切にしてたものを喪うと、未練とか、後悔とかより、ただただ最初に、「ごめん」って言葉が浮かんでくるんだ。
できれば、知りたくなかった。
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パシャッ……!
不意に、水の檻が消滅した。
冒険者「はぁ……はぁ……」
冒険者は肩で息をしている。
魔力切れだろうか。
「そろそろ降参してくれると良いけどな……」
やり切ったような表情に、絶妙な怒りがこみ上げる。
スッキリしてんじゃねぇよ。
あ〜……苛つくなぁ……本当に腹が立つ。
なんでこんなゴミクズ共が正義やれてんだよ。
なんなんだよ正義って……クソ……
俺はゆっくりと三人に近付いていく。
「まだ動けるのかよ……!」
「もう……魔力が……」
「神様……!」
怯え方も、三者三様で面白い。
最低だな。俺。
あぁ……親父は……人を大切にできる人になれって言ってたっけ……そうだそうだ、「何があっても人に手を上げることだけはするな。」って言ってたよな。
ちゃんと思い出せた。
力の入らない足取りで、三人へと歩いていく。
駄目だ。
駄目って分かってるのにさ、この手に込められていく力はなんなんだ?
なんでこんなに殺してやらないと気が済まないって思ってるんだ?
「なぁ……教えてくれよ……」
「っ……!な……何を……」
急に声を掛けられ、冒険者の男は青ざめる。
俺は、純粋な疑問をぶつける。
「俺……心まで腐っちまってんのかな。」
「そ……そうだ……!お前は狂った化け物だ……!!」
そうかそうか。
「俺にとっては、お前らのほうがよっぽど狂ったバケモノだけどな。」
「なっ……!」
冒険者は怯えた顔で俺を見上げる。
その表情からも、今の俺がどんな顔をしているのかも、だいたい想像がつく。
横の女二人は、もはや震え上がって、今にも発狂しそうだ。
あ〜……殺したい。
駄目だ。
力の限りぶん殴ってやりたい。
駄目だ。
死ぬまでいたぶってやりたい。
駄目だ。
いいだろ。
なんで?
だって俺は、心まで腐った〈アンデッド〉だから。
そっか。
いいよね。
……だっ………
奴の顔面に思い切り拳を叩き込む。
「あっ……!!」
奴の短い悲鳴が響いた。
なぜか、振り下ろした拳の先を、直視することはできなかった。
───
「駄目だよ。」
拳は止められた。
誰かに横から腕を掴まれた。
掴まれた腕はビクとも動かない。
拳を止めた主を見る。
透き通るような青い目をしていた。
「『勇者』様……!」
倒れていた魔法使いの女が、感嘆の声を上げる。
『勇者』……だと……?
『勇者』は、冒険者たちを一瞥もせず、俺に目を合わせて、こう言った。
「遅くなりました。本当にごめんなさい。」




