第5話『ニニィとヘイス』
2年前(2028年)
「能力をうまく使えるようにしなさい。必ず自分のためになるさ」
そう告げたのは、リリアの恩人・エイダだった。
「辛いだけで、いいことなんてないですよ」
「いいかい?君は特別だ。ほかの誰かとは違う。
その力を伸ばすことは、君にとって大事なことだ」
「わかった!エイダさんが言うなら、頑張ってみるよ」
それからリリアは、能力の鍛錬に打ち込んだ。
人の思考を操る練習に加え、無機物を浮かせる力を飛躍的に伸ばした。
やがて、自分の体を乗せて飛行できるまでに成長する。
「エイダさん、見て!私、飛べるよ!」
「よくやったね。次は思考操作をもっと磨きなさい」
「うん!」
現在
「うっ!やっぱり慣れてないせいで、うまく目を開けられない!」
リリアは必死に繭とキールを追った。
だが、繭の速度はあまりに速く、やがて見失ってしまう。
すると、轟音と共にジェット機が現れ、声が聞こえる。
「リーちゃん!乗って~!」
包むような声がリリアの耳に届く。
「ヘーちゃん!?なんで、ここに??」
ジェット機に乗る人物の姿を見て、リリアは驚いた。
「イオラさんに黙ってきちゃった~」
ヘイス・アルランド――通称“へーちゃん”。
2年前、リリアがアウローラに来てからできた初めての友人で、技術部門に所属する隊員だった。
リリアは能力を解き、ジェット機に乗り込む。
「へーちゃん、ありがとう。」
突如、通信が入り、イオラの怒鳴り声が響いた。
「ヘイス!!許可なくジェット機を動かすなんて、どういうこと!?」
「リーちゃんを乗せて、そのままキールくんの救出に向かいまーす」
朗らかな声が、イオラの怒りを打ち消すように響く。
「今すぐ引き返しなさい!!」
「もともとキール君と向かう予定だったんですから、いいじゃないですか~」
ヘイスは核心を突くように言う。
「イオラさん、私たちなら大丈夫です。必ずキールを助け出します!」
リリアは通信に割り込み、強い気持ちを伝えた。
「リリア....」
長い沈黙ののち、イオラの声が返ってくる。
「それでも、認められないわ。今すぐ引き返して」
そう告げると、ヘイスは通話を切った。
「へーちゃん??」
「あとで一緒に処罰受けましょうね~」
ヘイスの思い切りの良さに、リリアは驚きつつも頷いた。
「キール君を攫った犯人と、目撃されていた球体のUMHは同一犯でよさそうね~」
「でも、どうしてキールを...」
リリアの表情には、不安の色が濃く浮かんでいた。
「まずは、救難信号のあった場所に行きましょ~」
ヘイスは改造ジェット機をさらに加速させ、ステルスモードを起動した。
3時間後
救難信号が発信された地点の近くに、ジェット機を降ろす。
「ここって...」
リリアは思わず、息を呑んだ。
「アマゾン北部。信号源は近いわ~」
目の前に広がるのは、どこまでも続くジャングル。
太い根が大地を覆い、湿気を帯びた空気が肌にまとわりつく。
夜の闇に包まれた木々の間から、名も知らぬ虫たちの羽音が響いていた。
視界を覆う闇は濃く、明かりすらほとんど届かない。
「リーちゃん、これ」
ヘイスはスプレーを渡す。
「なにこれ?」
「私の特製虫よけスプレー。どんな虫でも寄ってこなくなるの~」
子どものようにニコニコするヘイス。
「ありがとう!さすが、へーちゃん」
「虫なんて、この世から消えてくれればいいのにね~」
「......」
リリアは返す言葉が見つからず、ただスプレーを見つめた。
二人は救難信号のある場所へと歩き出す。
ギギギギ....
そんな中、突如ノイズの入った音が聞こえる。
「これ、何の音?」
リリアは身構えた。
「救難信号の方向ね。いってみましょ~」
ヘイスは迷いなく、進んだ。
やがて、耳を打つ音が近づき、二人は現場にたどり着く。
「なに、これ...」
リリアの瞳が大きく見開かれ、そこに広がる光景を捉えた。
木に、小さな女の子のようなロボットが、蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにされていた。
ロボットは動こうとするも、身動きが取れない。
「今、助けるから!」
リリアはすぐに能力を発動し、絡みつく糸を引きはがそうとした。
「取れない...」
リリアは必死に力を込めるが、糸は取れない。
すると、ヘイスは素早く銃を展開する。
熱光線を浴びせ、表面が溶けて消えていく。
リリアはヘイスが銃で溶かしている部位に、意識を集中させた。
全身に力を込め、体の奥から搾り出すように能力を練り上げる。
「――――っ!!」
糸にほころびが走り、縛っていた糸が地面に落ちる。
リリアはその場に倒れ込んでしまう。
「はぁ、はぁ、外れた....」
「リーちゃん、大丈夫??」
ヘイスが慌てて駆け寄り、手を差し伸べる。
「うん...ありがとう。少し立ち眩みがしただけ...」
「わっ!!」
ロボットが勢いよく、リリアに抱きついた。
「アリガトウ!!」
無邪気な子どもの声に機械の響きが混じった、不思議と愛らしい声。
「お姉ちゃんハ命の恩人だヨ!」
ロボットはリリアの胸元に顔を押しつけ、嬉しそうにこすりながら言葉を漏らした。
「しゃべった、人間みたい...」
リリアは唖然としながらロボットを見た。
「あなたのお名前は?救難信号を送ったのはあなた?」
ヘイスが声をかけると、ロボットは嬉しそうに口を開いた。
「あたし、ニニィ!! 信号ヲ送ったのは私!
友だちガ繭のUM...怪物に捕まって、助けようトしたら糸でぐるぐる巻きにされちゃったノ!!」
彼女の髪は白銀に近い淡い色のボブヘア。瞳は透き通る緑色。
頬はほんのりと赤く、無機質な装甲の冷たさとは対照的に、人間らしい温もりを感じさせる。
砂色のメカニカルスーツがボディで、肩や腕には金属の関節補助が組み込まれている。
背中には大きなスプリング状の機構がむき出しになっている。
機械であり少女でもあるその姿は、戦場の兵器のようにも、未来から迷い込んだ儚い人形のようにも映る。
ヘイスは目を細め、問いかける。
「あなた、なぜUMHのことを知っているの~」
「知らない! そんなの知らないノ!」
ニニィは突然声を荒げ、否定する。
「やっぱり、ただのロボットじゃなさそうね~」
ヘイスはじりじりと詰め寄る。
リリアは困惑の目をニニィへ向けるが、ニニィは頑なに沈黙を貫いていた。
「何か言わないとわからないわ~」
ヘイスはさらに詰める。
リリアは、このときニニィから伝わってきた怯えの感情に、自分の過去を重ねてしまう。
「ちょっとへーちゃん...。そんなふうに詰めたら、言えるものも言えないよ。
それに、この子、怯えてるよ」
リリアは優しくヘイスを制止した。
ニニィは震える手を強く握りしめる。
「友達は......UMHだヨ。でも、絶対にあなたたちアウローラにハ渡さない!」
その瞬間、ヘイスの手にしていた銃が形を変え、電撃を帯びた銃身が姿を現す。
ヘイスの武器は自作で、状況に応じて自在に形を変えるものだった。
その銃口が、まっすぐニニィへと向けられる。
「ちょっと、へーちゃん!何してるの!?」
リリアの声が鋭く響く。
「ただのロボットが機密情報を知っているなんて変よね~。おとなしくね~」
穏やかに言い方だが、その声音には鋭さが混じっていた。
「お姉サン......コワいよ」
ニニィは怯えたように声を震わせる。
それでもブーストを噴射し、その場から逃れようとした。
「ニニィちゃん、停止してね~」
ヘイスが冷ややかに銃口を向ける。
「へーちゃん、撃っちゃダメ!」
リリアは思わず飛び出し、必死に制止する。
だがヘイスの指は、電気銃の引き金にかかっていた。
リリアはそっと目を閉じ、深く意識を集中させた。
「......ごめん、へーちゃん」
手をかざすと、力が静かにヘイスの頭へと流れ込む。
「眠って」
囁きと同時に、ヘイスの瞳がゆっくり閉じられ、力なく身体が傾いた。
リリアはすぐに駆け寄り、倒れたヘイスの体を抱き起こす。
「許して、へーちゃん。こうするしか...」
辺りを見渡すと、誰にも見つからないような、大樹の幹にぽっかりと口を開けた空洞が目に入った。
リリアは慎重にそこへ、ヘイスを運び入れる。
「必ず、あとで迎えに来るから......」
リリアはこの選択が正しかったのか、悩んだが前に進むしかなかった。
リリアは、倒れたヘイスが手放した武器を拾い上げた。
それを握りしめ、ニニィのもとへ歩み寄る。
「お姉ちゃん、アリガト...」
見上げるようにリリアを見つめるニニィ。
リリアは微笑み、そっと声をかけた。
「私、リリア。大丈夫。お友達、一緒に探そ!」
「うん!」
二人は肩を並べ、森の奥へと歩き出す。
しばらく歩いたあと、リリアは問いかける。
「お友達が捕まるまで、ニニィたちは何をしてたの?」
ニニィは少し間をおいて答える。
「あたしたち、困っている人を助けながら恵んでもらって、世界中を旅してたノ。最近、ここで人が攫われているって聞いテ、ワイスと一緒に解決しようとしたら、そのUMHに遭遇シテ、ワイスは捕まっちゃっテ......」
リリアはさらに尋ねる。
「じゃあ、どうしてアウローラに信号を送ったの?」
「信用できなかったケド......アウローラの人しか頼れないと思ったノ。 悪いと思ったケド、アウローラのことはハッキングで知ったノ。」
ニニィは下を向き、力のない声で言葉を落とす。
リリアは安心させるように微笑んだ。
「そうなんだ。でもアウローラは悪い組織じゃないよ。だから、そんなに怯えなくて大丈夫」
「お姉ちゃんが言うなら信じるケド......ワイスだけは、絶対にダメ!」
ニニィは語尾を強め、その小さな瞳に強い光を宿した。
「どうして...?」
リリアが問い返すと、ニニィは小さな声で答えた。
「ワイスは......他のUMHとは違うノ。」
声はどんどん小さくなり、背中も縮こまっていく。
しょんぼりしたニニィの姿に、リリアは少しでも励まそうと口を開いた。
「大丈夫、ニニィ!
ワイスはきっと、ニニィのことを待ってるよ!」
「そうだよネ! 早く見つけないと!」
さっきまで曇っていたニニィの表情に笑みが戻り、声にも力が宿っていった。
太陽が昇り、時刻はすでに午前5時を回っていた。
木々が生い茂る森の奥で、異様な光景を目にする。
口を開けた洞窟。入り口から奥へと、白く光る蜘蛛の糸が張り巡らされている。
「ここって....」
「ワイス!!」
ニニィが確信に満ちた声を上げ、迷いなく駆け出した。
「ちょっと!ニニィ、待って!」
リリアは慌てて追いかける。
洞窟の奥へ進むと、そこには広い空間が広がっていた。
天井から垂れ下がる“何か”がある。
「ワイス...?」
ニニィの声は掠れて震える。
「はぁ、ニニィ、敵がいるかもしれないんだから」
息を切らしながら顔を上げたリリアの視界に、影が映る。
胸の奥が冷え、声が喉に詰まる。
何かがおかしい。
ゆっくりと焦点が合うにつれ、、瞳孔が大きく開いていく。
「あっ...」
全身から力が抜け、耐えきれず膝が崩れ落ち、尻もちをつく。
「キー...ル なん...で???」
震え声が洞窟に反響し、今にも泣き出しそうになる。
天井に吊られていたのは、首に糸を巻かれたキールの姿。
揺れるその影は、まるで命の灯がすでに絶たれているかのように見えた。
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