第53話『エリア11』
「ここが“エリア11”の施設か。しかも地下にあるとはな」
サイラスはお菓子を食べながら言う。
三人は、森の影に身を潜めながら、無機質な建物をじっと見つめていた。
月明かりに照らされたその施設は、ただの工場のようにも見える。
しかし、外周には異様な数のロボット兵が整然と並び、静寂の中で不気味な威圧感を放っていた。
エリア11――ライドがくれた情報を、バルドが解析して辿り着いた場所。
その目的地を前に、三人の表情には緊張と覚悟が入り混じっている。
「ここにあるかは疑わしいが、この数を見たらな。俺たちが来ること、バレてるんじゃないか」
サイラスが低くつぶやき、額にはじっとりと冷や汗がにじんでいた。
バルドは双眼鏡を下ろし、淡々と答える。
「あぁ。完全にバレてるな。昨日の時点では、こんな数はいなかった」
サイラスとバルドが無言で立ち上がり、森の影から歩み出そうとする。
「ちょっと、二人とも! 作戦通りに動くんじゃなかったんですか!?」
慌ててキールが声を上げるが、二人は、同時に振り返って言い放った。
「バレてんだ。作戦もクソもねぇだろ。手早くいかないと世界で何が起こるかわからない」
バルドはキールを見下すように言い、サイラスはニカッと笑い、拳を鳴らす。
「こういう時は、一直線が一番だぞ」
キールはため息をつくがすぐに顔を上げて、足を踏み出した。
「二人とも安直すぎないですか......」
サイラスは力強く拳を突き上げる。
「キーレスト、お前のことは絶対に傷一つつけさせないからな!」
バルドは冷静に短く言った。
「口動かすより、手を動かせ。派手に行くぞ」
キールは頷き、夜の風が三人の髪を揺らす。
静寂のあと、三人は同時に森を飛び出した。
三人は研究所の前のフェンスまで現れて、光を浴びせられた。
ロボットが一斉に三人の方向へ警告を発する。
「侵入者確認――排除モードに移行!」
金属の駆動音が鳴り響き、数十体のロボットが鋼鉄の腕を武器へと変形していく。
剣、銃、光線銃――兵器の種類は多岐にわたり、武器が複雑に交錯する。
サイラスの顔には一片の恐れもなかった。むしろ、口元には楽しげな笑みすら浮かんでいる。
「お前ら全員、まとめて来いよ!!」
その叫びと同時に、サイラスは地面を強く蹴りつけた。
砂煙が弾け、身体が矢のように飛び出す。
ロボットたちの銃口が一斉に火を噴き、弾丸が雨のように降り注いだ。
だが、サイラスはその中を滑るように駆け抜け、弾丸をもろともせずに、身をひねり、跳躍する。
サイラスは笑いながら、正面のロボットを拳で殴り飛ばした。
その拳は鋼鉄をも砕き、衝撃波が空気を裂く。
機体の胴体が歪み、内部機構が火花を散らしながら爆発した。
背後からの銃撃を、彼は振り向きざまの蹴りで弾き返す。反動で砕けた弾丸が、別の機体のセンサーを破壊する。
「今度はお前だ!」
腰のホルスターから拳銃を抜くと、彼は跳躍と同時に二発を撃ち放った。
銃弾は正確にロボットの首の継ぎ目を撃ち抜き、装甲の隙間から青白いスパークが吹き出す。
着地の瞬間、サイラスは転がる鉄を踏み台に、再び空中へ。
手にしたナイフを月光にきらめかせ、すれ違いざまに一体の胴を切り裂いた。
銀色の軌跡が残り、爆炎が立ち上がる。
「まだまだ、次!!」
爆発の衝撃波の中を、サイラスは迷いなく駆け抜ける。
火花と煙が渦巻く中、弾丸を受けてもサイラスの身体はびくともしない。
鋼鉄のような筋肉が、すべての衝撃を吸収していった。
サイラスは大きく踏み込み、両腕を交差させる。
「うおおおぉぉぉぉッ!!!」
腕を振り抜くと、衝撃波が走り、周囲のロボットがまとめて吹き飛んだ。
鉄が弾け、煙が立ち込め、焦げた地面の上、月光を背にして腕についたオイルを払うと、ニヤリと笑う。
「体は同じくらい硬いのに、お前ら根性が足りねーな!!」
彼の動きは獣のように荒々しく、しかし正確で美しかった。
壊して、切り裂いて、撃ち抜いて――そのたびに金属の悲鳴が夜を彩る。
バルドの影が地面を這うように広がり、夜の闇そのものが息を吹き返したように蠢いていた。
黒い波は生き物のようにうねり、ロボット兵の足元から静かに絡みつく。
次の瞬間、影がロボット兵を一気に引きずり込み、金属が軋むような音がした。
次の瞬間、黒い地面の奥から爆発的な音が聞こえる。
バルドは手を軽く払うと、彼の影がまるで液体のように広がった。
その闇の中から“分身体”が次々と生まれ、ロボットの死角へと滑り込んでいく。
それらは実体を持たない幻影――だが、センサーには確かに“熱源”として映る。
「撃てよ。ほら、撃ってみろ」
ロボットたちが一斉に発砲したが、銃弾は影の幻影を貫き閃光と共に、弾丸は背後にいた味方の機体へと直撃し、爆炎を上げた。
火花と煙が舞い、装甲の破片が降り注ぐ中、バルドは淡々と歩みを進める。
影がロボットの腕を絡め取った。
抵抗しようと機体が回転し銃を撃つが、その弾は別のロボットのセンサーを撃ち抜く。
バルドを狙った機体はバルドが影に逃げることで、互いに誤射し合い、火花と煙を上げて次々に崩れ落ちていった。
バルドはその中心に立ち、唇の端をゆっくりと吊り上げて笑う。
「こいつら、賢くなさすぎだろ」
その一方で、キールはすでに上空へと水を利用して飛んでいた。
指先から放たれる水弾が高速で連射され、ロボット兵の装甲を次々に撃ち抜いていく。
「いくら何でも、多すぎですよ……!」
呟きながらも、キールの動きに迷いはない。
次の瞬間、彼の全身を水の膜が包んだ。
その膜は生きているように動き、弾丸やレーザーを受けるたびに波紋を広げ、力を逃がしていく。
攻撃のたびに形を変え、彼の身体を守る流動の鎧――まるで“水そのものが意志を持っている”ようだった。
次の瞬間、流線のように突っ込む。
レーザーが飛び交う中、水膜が衝撃を弾き返しながら、キールの身体は一直線にロボットの群れの中を貫いた。
鋼の装甲を破壊する音と、水の流れる音が混ざり合い、耳を打つ。
そして、ロボットの群れを突き抜けた瞬間、キールは両手を前に突き出した。
その掌の中には、周囲の膜が吸い込まれるように集まり、濃密な“水の塊”が生成される。
「これで終わりです」
静かに呟いた直後、キールは圧縮された水を解き放った。
轟音とともに、青白い閃光が空間を切り裂く。
爆発的な水流が一気に広がり、ロボット兵たちを一瞬で押し潰した。
装甲が捻じ曲がり、鉄の巨体が宙を舞う。
破片が雨のように降り注ぎ、月光を受けてきらめくその光景は、まるで“青の嵐”だった。
息を整えながら、キールは空中で身をひねり、再び地上へと着地する。
その背後で、バルドが淡々と呟いた。
「まるで、雨の中で踊ってるみてぇだな」
三人の連携は完璧で、影が絡み、水が流れ、鋼が砕く。
敵の攻撃はすべて無駄に終わり、ロボットたちは次々と倒れていった。
戦場の中心に立つ三人の姿は、まるで夜を切り裂く稲妻のように鮮烈だった。
そして、サイラスが何かを思い出したように声を上げる。
「あっ! 着替えんの忘れた!!」
サイラスの服は戦闘の衝撃でボロボロになり、破れた布地の隙間から素肌がのぞいていた。
肩口が裂け、上着が重力に耐えきれずにズルリと地面へ落ちる。
月明かりの下、スポーツブラと汗に濡れた鎖骨、引き締まった腹筋が露わになる。
その瞬間、バルドの動きが止まった。
「……は?」
思わず目を見開き、サイラスを指さす。
「お前、女だったのか?」
サイラスはキョトンとしたあと、すぐにニヤリと笑った。
「そうだぞ! 俺は女だぞー! 見るか?」
挑発的に肩をすくめてウインクし、バルドは顔をしかめて叫ぶ。
「見るか!!」
サイラスは笑いながら、からかうように言った。
「まぁ、中身はちげーけどな!」
その言葉に、バルドは少しだけ黙り込み、前を向いたまま言う。
「……俺は別に、そんなことどっちでもいい」
サイラスはその肩に腕をまわし、いたずらっぽく笑った。
「なんだお前、結構いいやつだな! 気が合いそうだ!」
「やめろ、なれなれしい!」
バルドが乱暴に振り払うが、完全には突き放せず、嫌がっている。
そのやり取りを見ていたキールは、思わず笑みをこぼした。
「そういや、さっき預けた服よこせ」
サイラスが軽い口調で言うと、バルドは影の中から黒い服を出す。
サイラスがそれを受け取り、器用に肩へ羽織った。
服はアウローラから支給された防弾仕様の戦闘服。
「それにしても便利だな。影に収納できたり、隠れたり、移動もできるんだからよ」
感心したように言うサイラスに、バルドは短く返す。
「上限はある。移動だって、行ったことがある場所しか無理だ」
そんなやり取りをしながら、研究所の正面へと足を踏み入れようとした瞬間、
八方から警報音が鳴り、警戒の光が走る。
黒光りするロボット部隊が、まるで波のように押し寄せてきた。
「……きりがねぇな」
バルドが舌打ちしながら言う。
そのすぐ横で、サイラスが一歩前に出た。
「ここは俺に任せろ」
キールとバルドが目を向けると、サイラスはすでに拳を握りしめている。
「攻撃が効かない俺が適任だ。お前らは中に行って、真実を突き止めろ」
「でも、この数相手に一人じゃ――」
心配そうなキールの声に、サイラスはニカッと笑って答えた。
「任せろって! 俺は無敵の体なんだぞ。こんな鉄くず、スクラップにしてやる!」
「こいつがいけにえになってくれるって言ってんだ。行くぞ!」
バルドは冷たい目でサイラスを見て言う。
「誰がいけにえだ!!」
サイラスが怒鳴り返したとき、もう二人は駆け出していた。
「サイラスさん!! 気を付けて下さいね!!」
キールが振り返りながら、伝えるとサイラスは明るい笑顔で言う。
「おう!! キーレストも気をつけろ~、リリアが泣くからな」
キールは耳を赤くして、突き進んだ。
ロボットの群れを抜け、研究所の奥へと向かっていく背中を見送りながら、サイラスは拳をぶつけ合う。
そして、ロボットたちが進路を変え、二人を追おうとした瞬間、サイラスが前に立ちはだかった。
「待ちな、阿呆ども」
低く笑い、拳を構える。
「俺の大事な弟なんだ。ここはしっかりと守らせてもらうぞ」
次の瞬間、爆音が轟いた。
サイラスが突っ込み、拳が鋼を砕く音が夜を裂く。
その背中には、託された使命と、仲間への信頼だけが宿っていた。




