第3.5話『ナマイキール』
視界に映ったのは、白い天井と回るプロペラ。
ここは病院の一室。
キーレストが視線を横に向けると、そこには椅子に腰を掛けるリリアがいた。
深い黄緑色のショートボブが頬にかかり、黒の革ジャンとミニスカートの隙間から伸びる脚が自然に組み替えられる。
長いブーツの革が小さく軋み、指先はスマホの画面を滑っていた。
「......有川さん、怪我は?」
キーレストが隣にいるリリアへ問いかける。
「あっ、起きた!」
リリアは顔を輝かせ、嬉しそうに笑った。
「私は無傷だよ。ありがとね」
キーレストは安堵したように表情を和らげる。
その顔を見て、リリアも思わず微笑んだ。
「改めて、すみません」
唐突な謝罪に、リリアは少し困惑する。
「なにが?」
「僕自身が嫌な気持ちになりたくなくて、有川さんのこと助けようとしたんです。」
長く続きそうな言い訳を、リリアがぱたりと遮った。
「めんどくさいなもう!要は自分勝手でごめんなさいってことでしょ?
私も勝手にあんたのこと、助けたけどなんか文句ある?」
キールは言葉に詰まり、小さく呟く。
「......ないですけど」
「それといっしょ!」
「それってどういう...」
戸惑うキールに、リリアは顔を赤らめながら真正面から見据えた。
「私は、あんたに助けられて感謝してるの!
あんたがどんだけ頭の中で考えたって、答えはひとつ!
あんたには、誰かを助けられる力と心があるってこと!
罪悪感とか責任を感じるのは二の次なの!バカ」
「.......!!」
キーレストは呆気に取られていた。
「だいたい、自分が嫌だからって何?
何でも自分のせいにするの?」
うつむく彼を前に、リリアはとびきりの笑顔を見せる。
その笑みは、言葉以上に彼を照らしていた。
「まぁ、そんなこと考えなくても、私がこうしていられるのはあんたのおかげだから!」
キーレストはリリアを見て、微笑んだ。
「わかりました。有川さん、ありがとう」
「いいってことよキール。それに有川さんじゃなくて、リリアでいいから」
「キールって...」
驚いたように尋ねる。
「ん、嫌だった?呼びやすいかなーって」
「いえ...好きに呼んでください」
キールは戸惑いつつも、どこか嬉しそうだった。
「そういえば、キール。歳は?」
「17です」
「一個下じゃん!これからは先輩呼びね!」
リリアは誇らしげに言うが、キールは怪訝そうな顔をする。
「いやですよ。リリアさん、尊敬できるところないんですから」
「あんた、これからナマイキールね」
「絶対嫌です」
夕陽が差し込む病室に、笑い声が響いた。
戦いの傷跡の中で、二人の距離は少しずつ近づいていた。




