表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/64

第45話『自分という人間』



吹き飛ばされたフラーケンは、息を荒げながらも、立ち上がった。



「この程度で勝ったと思うなよ!」



フラーケンが両腕を振ると機関銃が生成され、銃口がキールを狙う。

銃口が光を放つその瞬間、キールが足裏の水の(まく)を張り、地を(すべ)って一直線に距離を詰める。

その勢いのまま、フラーケンの腕を蹴り上げた。



「ぐっ!」



衝撃で機関銃が(はじ)き飛ばされ、転がる。



「知らない女は引っ込んでろ!」



その一言に、キールの瞳が強く揺れた。



「僕は男です!!!」



叫びと同時にキールは拳を繰り出した。

だがフラーケンはそれを受け止め、素早く腕を取る。

体をひねり、キールの腕を背中に押し付けるようにねじ上げた。



「ここには女みたいな男もいるのか。不愉快(ふゆかい)きわまりないな!」



耳元で吐き捨てるように言い、フラーケンは再び武器を生成しようと手を(かか)げるが何も出ない。



「クッソ!! もう作れないのか!!」



――その瞬間。



背後からサイラスの蹴りがフラーケンの後頭部をとらえた。

視界が一瞬白く弾け、フラーケンはバランスを失い、崩れる。

その(すき)を逃さず、キールは(つか)まれていた腕を振り払った。

てのひらの中で水が(うね)りを上げるように圧縮する。



「これで終わりです!!」



叫びと同時に、キールは掌底(しょうてい)を突き出し、圧縮された水流が弾丸のように一直線に走る。

フラーケンの胸に叩き込まれ、吹き飛ばされて宙に浮いた。


宙に浮いた刹那、サイラスがその影を追うように地を蹴る。

()び上がると、空中で体を回転させた。

振り下ろされたかかとが、正確にフラーケンの体をとらえて地面に叩きつける。



「ぐわっ!!」



衝撃に地面が揺れ、フラーケンの体が砂を弾いて転がった。

フラーケンはすぐに立ち上がり、必死に距離を取ろうとする。


だが、その先にはもうキールが立っていた。


足に水を(まと)い、滑るように動き、低い姿勢のまま相手の足を払う。

フラーケンの(ひざ)が崩れ、地面に着いた。


キールの水を(まと)った拳が爆発のように弾け、衝撃が骨まで響く。

そこにサイラスの鋼の拳が重なり、二人の力が一点に集約された。



「ぐはっ!!」



フラーケンの体が弓なりに折れ、口から血と(つば)が飛び散る。


フラーケンは(ふところ)から小型拳銃を抜き放った。



「死ねぇぇぇぇ!!」




轟音と閃光。




「うっ!!」



キールの肩に弾丸がめり込み、血が飛び散る。



「キーレスト!!!」



キールが打たれた瞬間、怒りと悲しみが混ざり、サイラスはもう“考える”ことをやめていた。


次の瞬間、フラーケンに飛びかかり、そのまま馬乗りになる。



拳が、迷いなく振り下ろされた。



ドゴッ。



一撃。さらにもう一撃。



三撃目で血が霧のように散り、砂を赤く染める。



怒りに任せて、何度も、何度も、何度も(なぐ)った。



「お前は……お前は俺からどれだけ奪えば気が済むんだぁぁぁ!!!」



血がサイラスの頬に()ね、唇に触れた。

息が乱れ、腕が痙攣(けいれん)している。


それでも――止まらなかった。

そのたびに、過去の痛みが拳を突き動かしている。



「てめぇは……っ! てめぇは……っ!!!」



ドゴッ、ドゴッ、ドゴッ。



「はぁ……はぁ……はぁ……」



サイラスは(ひざ)をついたまま、フラーケンを見下ろしていた。

その瞳は焦げるように黒く、底の見えない深淵(しんえん)をたたえている。



「ガフッ……ハハハ……お前に俺を殺すことはできない」



血を吐きながらも、フラーケンは薄笑(うすわら)いを浮かべた。



「あぁ?」



苛立(いらだ)ちを隠せないサイラス。



「男なら人を殺せる。女はひ弱で何もできん。殺せるなら銃で殺してみろ」



フラーケンの声はかすれ、しかし、どこまでも挑発的だった。

サイラスは無言で、吹き飛ばされた銃へと歩み寄る。

黒い影が歩くたび、地面が(きし)む。その顔に、もう人の温度はなかった。



「サイラスさん……あいつの罠です……!」



キールは必死に声を振り絞るが、サイラスには届かない。


銃を拾い上げる手に重みが(てのひら)にのしかかる。

照準が、ゆっくりとフラーケンの眉間(みけん)に合っていく。



指が、引き金にかかった。



目の奥で、ティアーラの笑顔が一瞬だけ浮かぶ。

仲間たちの声が、どこか遠くで聞こえた。



「俺は……お前を殺せる」



怒りと悲しみ、すべてを混ぜた叫びが(のど)を突き破る。



「ティアーラとみんなの(かたき)だぁぁぁぁぁ!!!!」



フラーケンは口元を(ゆが)め、血の泡を吐きながら笑った。



「なら証明してみせろ、男ならな」




指に力がこもる。




その瞬間。



背中から、柔らかな温もりが包み込んだ。



「サイラスさん……待って……」



リリアの声だった。

必死に抱きしめ、その腕は細くて弱々しいのに、不思議とどんな(くさり)よりも強く感じる。



「離せ、リリア!! こいつを殺させてくれ!!

 男として……ティアーラのためにけじめをつけないと!!」



サイラスの叫びは、怒りよりも、悲鳴に近かった。


それでもリリアは、(ひる)まずにその背に顔をうずめ、まっすぐに言葉を(つむ)ぐ。



「サイラスさん……これは“前に進む”ことじゃないよ」



その言葉に、サイラスの呼吸が乱れた。



「サイラスさん、前に言ってたでしょ?

 “前に進んだら、前から振り返るものが現れる”って」



リリアの一言一言が、真っ直ぐに彼の心に刺さっていく。



「でも、今のサイラスさんは後ろに戻ろうとしてるよ。

 この人を憎む気持ちや、ティアーラさんを失った悲しみは、進んでも、何度でも現れる。でも、そのたびに後ろへ戻ったら……もう、前には進めなくなっちゃう」



サイラスの腕が、わずかに力を失う。

銃口が、ほんの少し下がった。



「リリア……」



目にわずかな光が戻りかけたそのとき、キールがふらつきながらも近づいてくる。



「サイラスさん……ティアーラさんの言葉、忘れたんですか?」



サイラスの瞳が揺れ、キールは続けた。



「“性別は関係ない。愛しているのは、あなただから”――そう言ってくれたんですよね?」




忘れていた記憶が再び息を吹き返す。



キールに自分たちの()()めを話したあと、顔を赤らめていた彼女の姿が、鮮明に(よみがえ)った。



夜、テラス。



ティアーラは頬を手で押さえながら、すずしい風にあたっている。



「頬の熱は冷めましたか? お嬢様」



わざと芝居がかった声で(ささや)くサイラス。



「ちょっとあなた、からかわないでよ!」



ティアーラは頬をふくらませていた。

月明かりが、彼女の横顔をやさしく照らす。



「ごめんごめん。でも……ティアーラが可愛くて、つい」


サイラスは少し目を細めて笑った。


「本当に天使だよ。俺を認めてくれる最高の奥さんだ」



その言葉に、ティアーラは(あき)れたようにため息をつき、腰に手を当てる。



「あなたね……何か勘違いしてるでしょ?」



「え?」



ティアーラは静かに笑って言った。



「あのね、みんなあなたのことを認めてる。それがあなたにとって大切なのも、わかります。でもね、一番大事なのは――あなたが“あなた自身”を認めること。男とか女とか、そんなの関係なくね?」



その言葉はまるで祈りのように、サイラスの胸に深く刻まれた。



「まぁ……その“認める”って過程が、一番大変なんですけどね」



ティアーラは照れくさそうに笑い、サイラスはゆっくりとティアーラの(あご)を少し上げる。

唇が触れた瞬間、互いの呼吸が熱を帯び、ため込んできた想いが溶け合うように深まっていった。

ティアーラの手がサイラスの胸にそっと触れる。


そのぬくもりが、言葉よりも強く愛を伝えていた。





現在



銃を持つ指が震えている。



脳裏に蘇るのは、ティアーラの笑顔、柔らかな声にまっすぐな眼差し。

心の奥で、何かが崩れ落ちた。


怒りでも、復讐でもないただ、深い後悔と、愛の記憶。

サイラスは膝をつき、銃を落とす。



「俺は……何をしてたんだ……」



キールはサイラスにまっすぐ伝える。



「ティアーラさんも、きっと喜びますよ。 “あなたがあなたのままでいてくれた”って」



サイラスの頬を涙が伝い、ようやく確かな光が戻っていた。

荒く息を吐きながら、リリアの頭をそっと()でる。



「リリア……もう大丈夫だ。ありがとう」



その言葉に、リリアは微笑み、目元を(ぬぐ)った。

そこへ、血の(にじ)む肩を押さえながらキールが歩み寄る。



「キールもありがとな」



短く、それでいて深い言葉。

キールがわずかに微笑み返したその瞬間、地面に横たわっていたフラーケンの喉から、(にご)った笑いが漏れた。



「ここには()むことしかできない女しかいないのか」



サイラスの眉がぴくりと動き、銃を拾い、再びフラーケンに向ける。

キールとリリアが同時に動こうとした、その瞬間。



「あのな!」


サイラスの声が空気を裂いた。


「女だとか男だとか……お前の世界は、その二つでしか成り立ってねーのか?」


銃口を向けたまま、サイラスは顔を近づけ、冷たく言い放つ。


「さぞ寂しい世界なんだろうな。でもな、俺の世界は違う」


星空を見上げて言った。


「母さん、ティアーラ、フレッド、ライアン、メイ、イオラ、キーレスト、リリア――みんな、俺を作ってくれた。男でも女でもない、“俺”という人間を! 

だからな、俺は俺のことが大好きだ。みんなが愛してくれたこの俺を、今は誇りに思うよ」



その目には、もう怒りも迷いもなかった。



「俺は俺とみんなが愛してくれたサイラス・アーヴァンだ!」




一人で抱えていた体の違和感、母に言えなかった後悔。


「男らしさ」という言葉に(すが)り、いつしかそれが(くさり)になっていた。


けれど――


仲間を知り、愛する人を知り、理解しようとすることが“強さ”だと気づいた。


愛情も友情も、どちらも人が人である証。


サイラスは静かに息を吸い、まっすぐ前を見る。


自分が歩んできた痛みも、選んできたすべての道も、否定するためじゃない。


肯定するために、ここまで来た。


その目に、もう迷いはなかった。




サイラスは銃口をフラーケンの口に突きつける。

冷たい金属が喉奥(のどおく)に押し込まれ、フラーケンが目を見開いた。



「てめぇは、自分の銃でもしゃぶってろ」



軽口を叩くように、サイラスはにやりと笑う。



「ティアーラたちの(かたき)はこうして取らせてもらう」



次の瞬間、風を切る音が響いた。




キィィィィィィィィィィン!!




サイラスの足が閃光のように振り抜かれ、つま先がフラーケンの(また)を正確に撃ち抜く。



「ぐあああああぁぁぁっ!!!」



フラーケンは情けない悲鳴を上げ、砂の上でもがき転がる。



その後に続いた悲鳴は、乾いた砂漠の空気を震わせながら長く響いた。



しばらくして静寂が戻る。



サイラスはふぅ、と長く息を吐いて空を見上げる。



「お前らも蹴るか? 気持ちいいぞ」



「蹴りません! 下品です!」



リリアが真っ赤な顔で怒鳴った。



「キールはやるよな?」



サイラスのニヤついた顔に、キールは苦笑いを浮かべた。



「い、いや……僕は……」



すると、リリアが勢いよくキールの腕を抱き寄せる。



「サイラスさんやめてください! キールに変なこと吹き込まないで!」




その瞬間――むにっ。


空気が止まった。




キールの腕に、柔らかくてあたたかい感触。



リリアは必死にサイラスをにらみつけているが、キールは石のように動けなくなっていた。

サイラスは口の(はし)を上げて、にやりと笑う。



「キール、それどころじゃないみたいだな」



「え?」



リリアが不思議そうにキールの顔を(のぞ)き込むと、キールの顔が真っ赤になっていた。

そこで、ようやく自分の体がキールにぴったりくっついていることに気づく。


「……っ!!」



顔が一瞬で真っ赤になり、思わず手が動いた。



パァン!!



「いったぁっ!? なんで!?」



キールが頬を押さえて目を丸くする。

リリアは真っ赤な顔で、(あわ)てて胸の前に両腕を交差させた。

咄嗟(とっさ)のビンタに謝る。



「ごめん、怪我してるのに」



服の前をぎゅっと押さえ、キールから半歩下がった。

リリアは頬を染め、目を()らしながら小さい声で言う。



「でも、そっちが悪いもん。それにキールって……意外と変態だよね」



「へ、変態じゃないですって!!」


キールは必死に手を振った。


「勝手に顔が!」



「顔が勝手に赤くなるわけないでしょ!!」



リリアはそっぽを向き、キールが困ったように説得している。



「ははははっ……いいねぇ、お前ら」



ふと空を(あお)ぐと、雲の切れ間から、一筋の光が差し込んでいた。

その光は、まるでティアーラの笑顔のようにやわらかく降り注いでいる。

サイラスは目を細め、静かに(つぶや)いた。



「ティアーラ、今の見てたら、絶対笑ってるよな」



頬にあたる風が(おだ)やかでどこか優しさを感じる。



サイラスはゆっくりと目を閉じ、その胸の奥で、小さく、確かな声を漏らした。




「俺は、もう“俺”で生きてるよ」




風が吹き抜け、サイラスの心に残ったのは怒りや勝利ではなく、喪失、そして、かけがえないのない人達がくれた「自分」という人間が生きているという誇りだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ