第43話『銃と弾』
サイラスは、フラーケンを睨みつけていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
爆発の衝撃で体が痺れて立つこともできない。
灰の中で、かすかに父の声だけがはっきりと響いている。
「ここにいて驚いているだろ」
フラーケンは、憎たらしく笑っていた。
「お前の人生を無茶苦茶にするために来たんだよ」
サイラスの喉が鳴る。
「どうだ? 突然、人生が全部壊れる感覚は。ざまぁないな!」
歯を見せて笑う父の顔は、正気とは思えなかった。
指を突きつけ、唾を飛ばして怒鳴る。
「私が持っている立派な銃から出た精子が、体は女で心は男? 挙句の果てには女同士で結婚。そんなもん、神が許すわけがない!」
フラーケンは止まらない。憎悪を楽しむように、言葉を浴びせ続けた。
「お前の周りの連中もどうせろくでもないのさ! ゲイだの変態だの、そんな奴らは苦しんで、のたうち回って、地面に這いつくばって終わるのがお似合いだ!」
フラーケンは髪をかき上げ、空を見上げ、狂ったように笑う。
「結果、どうだ? 何もかも失って、鋼鉄の体で、男にもなれない。
もう“女として”生きるしかないんだよ、サイラス!!」
そして、ゆっくりと銃を取り出した。
その黒い銃口が、サイラスの胸をまっすぐに捉える。
「俺は“とある崇高な計画”の一部だ。お前のような異常者を精神的に殺し、肉体を消せと命じられている。まぁ、お前を地獄に落とせるなら、それも悪くない。たっぷり苦しんで、泣き叫んで、死ね!」
浴びせられた数々の言葉に、サイラスの中で何かが音を立てて切れた。
「黙れッ!!!」
怒りが全身を包む。涙も、痛みも、もうなかった。
「ティアーラを……仲間を侮辱するなああああああああ!!!」
血が出るほど手を握りしめる。
爆心の熱がまだ残る空気の中で、フラーケンはゆっくりと笑った。
その顔は、父親ではなく、狂信者のそれだった。
「私はお前を殺すために崇高な実験に志願したのだ!」
低く、誇らしげな声。
「見るがいい、この“男らしい能力”を!!」
その瞬間、両手に巨大な機関銃が形成される。
バババババババババババ!!!
閃光が連続し、砂塵が舞い上がった。
だが、サイラスは一歩も退かない。
弾丸はサイラスの肌に触れた瞬間、すべてはじき返される。
「……くだらない」
サイラスは低くつぶやく。
しかし、フラーケンはやめず、狂った笑みで叫んだ。
「何度でも言ってやる! この世界で“武器”を持てるのは男だけだ!!!」
サイラスの体が震え、次第に自由を取り戻す。
灰を踏みしめ、ゆっくりと立ち上がる。その目は、闇より深く、冷たい黒。
フラーケンはそれを嘲笑うように語った。
「この世界はそう決まっているのさ!神が与えた“役割”がある!
男はペ〇スという立派な武器で、女に子を植え付ける。それが“創造”という男としての義務なんだよ!」
さらに誇らしげに語るフラーケン。
「我々レアマシー人が来たとき、この国の女たちは歓喜したはずだ!
無条件に快楽を与えられ、誇り高き男たちの子を宿せたのだからなぁ!!」
空気が凍った。
その言葉は、サイラスの中の何かを完全に壊した。
ティアーラの笑顔、母のぬくもり、仲間の声――それらがすべて、この男の“理屈”の下で踏みにじられている。
「黙れ...」
フラーケンはさらに唇を歪めた。
「お前の母にも“与えてやった”のに、こんなゴミが生まれるとはな……!」
その瞬間、サイラスの拳が震える。
世界の音が遠のいた。
「……もうお前は、生きてちゃいけない人間だ」
低く、震える声でサイラスが言う。
「ここで死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
爆風のような勢いで、サイラスは地を蹴った。
砂が弾け、地面が陥没するほどの力でフラーケンへ突進する。
「無駄だ!!」
咆哮と同時に、背後の装置が出現し、一斉に起動した。
ロケットランチャーが火を噴き、音波砲が唸り、圧縮された衝撃波が重なるようにサイラスへ襲いかかる。
ドガァァァァァン!!!
爆炎と衝撃が地面をえぐり、サイラスの体が宙を舞った。
地に叩きつけられ、砂煙の中を転がる。
「……くっ、そ……」
体は無傷。それでも、肺の奥が焼けるように痛んだ。
再び立ち上がり、足を踏みしめて前を睨む。
だがその瞬間、再び閃光が放たれた。
轟音とともに爆風が押し寄せ、サイラスは斜面の岩壁に叩きつけられる。
「ハハハハハ!!! 私のところには辿り着けまい!」
フラーケンは勝ち誇るように腕を広げる。
その姿はもはや人間ではなく、“暴力の象徴”そのものだった。
砂を吐きながら、サイラスは這い上がる。
「お前だけは――絶対に許さない……!!!」
その瞳は、もはや人ではなかった。
光を反射して燃えるように紅く、怒りと絶望の境界で揺らいでいる。
フラーケンは薄く笑い、懐から銀色のカートリッジを取り出した。
「そろそろ終わりにしようか。息の根を止める前にな」
カシャン、と指先で弾くようにして、それを空中に放つ。
次の瞬間、淡い紫色の霧が炸裂した。
「……っ!!」
サイラスは咄嗟に腕で口元を覆う。
だが、フラーケンは間を置かず次々と弾を投げた。
しびれガスと睡眠ガスの煙が交互に爆ぜる。
視界が白く霞み、耳鳴りが始まる。
それでもサイラスは、歯を食いしばって立ち続けた。
「……こんなもんで……俺が……」
口を開いた瞬間、咳が止まらなくなる。
「くそっ……!」
一歩、二歩と後退しながらも、拳を握った。
だが、膝が崩れる。
フラーケンの輪郭だけが、蜃気楼のように揺れて見えた。
「やはり“無敵”ではなかったな」
遠くで、冷たい声が笑う。
サイラスは力を失い、地面に大の字に倒れ込んだ。
指先まで痺れ、意識が霧に溶けていく。
(……無敵だと思ってたが……ガスには勝てねぇか……)
視界がゆらりと歪み、世界の形がほどけていった。
フラーケンはサイラスに近づき、自分だけガスマスクをしていた。
「女は迎え入れて待つ存在。お前が向かって来てどうする…」
次の瞬間、フラーケンの手が彼の上着を掴み――乱暴に裂く。
鍛え抜かれた体が月光に照らされる。
戦場を生き抜いた証のように、筋肉は強靭であったが、その胸元には、女としての柔らかな線があった。
フラーケンの喉が鳴り、ニタニタ笑いが止まらない。
「父である私がお前を女であることを受け入れさせてやる……。さぁ、私の子種をくれてやる」
サイラスに触れようとしたその瞬間。
遠くから轟音が鳴り響く。
次の瞬間、弾丸のような水の奔流がフラーケンの顔面を直撃した。
「ぐぉあッ!!!」
言葉を吐こうとするたび、水が口内に流れ込み、喉の奥で泡立つ。
「がっ、は……ま、待て……!」
容赦なく押し寄せる水圧が、顎を、肺を、内側から押し潰していく。
「やめ――っが……!」
水の奔流は止まらない。
怒りそのものが形を得たように、激しく、執拗に、男の体を捕え続けていた。
奔流が落ち着き、フラーケンが溜まった怒りを吐き出す。
「何をする貴様!!」
吹き荒れる砂煙の中、ただ一つ、揺るがぬ視線。
フラーケンを射抜くキールの瞳は、嵐の中心のように静かで、冷たかった。




