第34話『バニー&ライド』
「ふぅーーー」
バニーは拳銃を構えたまま、指先がかすかに震えていた。
ライドが横目で彼女を見て言う。
「怖いか?」
「うん。初めてだから」
ライドは後ろからベレー帽を取り出し、バニーのピンクの短髪にそっとかぶせた。
「これで新しいバニーの誕生だな」
「え……?」
「それをかぶれば、強くて、自由でいられるんだよ」
たとえ嘘でも、今はそれでよかった。
「うん」
バニーは小さく笑い、拳銃を握り直す。
「それじゃ、行くぞ!!」
その夜——フルア国に激震が走った。
政府高官が国民の税を横領していた事実が暴かれる。
その裏取引を襲撃したのは、たった十五歳の少年と少女だった。
“バニー&ライド”
その名が初めて世に轟いた瞬間だった。
「ったく……『バニー&ライド再び! 汚職警官を断罪!』だとよ」
ライドは木陰で新聞を広げ、呆れたような顔をする。
「なんで俺が先じゃねぇんだよ。ライド&バニーの方が語呂いいのに」
「そんなのどうでもいいでしょ」
バニーは双眼鏡を覗き込みながら淡々と返した。
彼女の髪はボブのハーフアップにまとめられ、耳と舌のピアスが陽光を反射して光る。
「まさかこの国が、ここまで腐ってるなんて思わなかった」
バニーは自由を求めてライドについていったが、次第に〈自分のためだけでなく〉少しでも他の人が生きやすいようにしたいと思うようになった。
「あいつ、来た」
双眼鏡を下ろしたバニーが呟く。
ライドは銃を装填しながらふと彼女の横顔を見た。
「その髪型、似合ってるな」
「え……ありがとう。私も気に入ってるんだ」
バニーは頬を赤らめ、わずかに笑う。
ライドも同じように口元を緩めた。
「今回の獲物は特大。ここでドカンとやれば、一気に伝説だ」
「有名になりたいわけじゃないけど、悪い気はしないね」
二人は笑い合い、機関銃を手に取った。
次の瞬間、遠くで爆音が鳴り響き、煙と叫びが上がり、人々が走り出す。
その中心にいつも、バニーとライドの姿があった。
“若者のカリスマ”—— “バニー&ライド”
たった五か月の活動でメディアに取り上げられ、SNSでも若者の中で象徴となった。
政策は貧弱で、武力は濫用され、恩恵は若者以外に落ちるばかり。
その鬱憤が溢れ、各地で若者を中心とした暴動が起こる。
しかし、それに伴う犠牲も多かった。
それは誰もが望んだ自由の形ではない。
けれど確かに、二人は世界を動かしたのだ。
車の屋根に寝転び、二人は夜空を仰ぐ。
街のネオンが滲み、風が静かに頬を撫でた。
「ライド、なんでこんなこと始めたの?」
ライドはしばらく黙り、やがて低く言う。
「俺の父親は、警察のトップだ。汚職も殺しも、全部“正義”って名前で塗り替えてる。口にできないことなんて、山ほどある」
バニーは息を飲んだ。
「この国で革命が起きても、やってることはレアマシー人の支配と同じ。
みんな自由を叫びながら、別の檻を作ってるだけだ。
そんなの見てられなかった」
彼の横顔は、夜よりも深い影を帯びている。
バニーは目を細めて、囁くように言った。
「……でも、今が一番自由だと思うよ。こうやって、ライドと一緒にいられるし」
ライドは目を閉じて笑う。
「いったろ? 俺といれば自由だって。」
二人はゆっくり見つめ合った。
ライドはそっと身を寄せ、バニーの唇に触れる。
言葉よりも、確かなものがそこにあった。
それは名前のない熱――約束でも、恋でもなく、“生きる”ための確かな衝動。
夜風が二人の髪を揺らす。
星々が降り注ぎ、遠くの街が眠りにつく頃、彼らは世界の片隅で、誰にも縛られない“自由”を強く確かめ合った。
朝焼けの残る丘の上。
一人の少女が立っていた。
「あなたたちがバニー&ライド?」
振り返ったライドは、即座に拳銃を構える。
「……誰だ?」
その姿は、フルアの街では異質だった。
少女は制服姿で、黒髪を後ろで束ねている。
前髪の中央から顎にかかる一束の髪、猫のような瞳を際立たせていた。
「私、あなたたちの大ファンで!ずっと探してたんです!」
無邪気な声に、バニーとライドは顔を見合わる。
「何がしたいの?」
バニーが問い詰めると、少女は一歩前に出て、まっすぐに答えた。
「私も一緒に行きたいんです!」
ライドはため息をつきながらも、銃を下ろす。
居場所を知られた以上、放っておくこともできなかった。
「名前は?」
「同い年、フリーダムのフリム! 日本の制服、可愛いでしょ!」
無邪気な笑顔に、バニーは思わず笑ってしまう。
やがて三人は、「バニー&ライド」ではなく、「バニー・ライド・フリム」と呼ばれるようになった。
反逆と自由の象徴。
政府すら恐れる、若者の希望。
各地で彼らを真似た暴動が起き、十五年前の革命の炎が、再び街を覆いはじめている。
だがその炎は、子どもや老人すら巻き込んでいた。
政府はついに――彼らの排除を決断する。
「“ホンテイシ”の夜を見に行こう」
ライドは穏やかに言った。
「死者と生者を繋ぐ祭りだ。三人で、最後に見に行こう」
「お祭り!?行きましょう!」
フリムが跳ねるように笑う。
「大丈夫なの? 政府が私たちを探してるって」
バニーの声には、かすかな震えがあった。
「平気だ。俺の計画なら、誰にも見つからない」
「なら、いっか」
夜、誰もいない高台。
空では幾千もの花火が咲き乱れ、風が火薬と夏の夜の匂いを運んできた。
「きれい……」
フリムが囁く。
ライドとバニーは、ただ、静かに夜空を見上げ、次々と散っていく光の花を見つめていた。
沈黙の中に小さな波紋のような感情が二人の中で広がっていく。
手が、ほんの少し触れそうな距離にあった。
花火が爆ぜる音に重なるように、バニーの呼吸が小さく震える。
ライドは横目でその指を見つめ何も言わず、バニーの横顔を見た。
触れたい――けれど、触れてしまえばこの“自由”が壊れてしまいそう。
フリムはそんな二人を微笑みながら見守っていた。
この距離も、この沈黙も、二人にとっては言葉よりも深いものだと。
花火が佳境を迎える。
夜空いっぱいに光が弾け、色とりどりの花が重なり合った。
バニーとライドの顔がその光に照らされ、刹那、まるで時が止まったように見える。
その中で、ライドは小さく呟いた。
「きっと、......な夜を...れない。
...とえ、もう会.........なっても」
その声は花火の轟音に掻き消されたが、バニーは頬を赤らめて言う。
「私も...」
——そして、最後の花火が夜空に散った。
残るのは、胸の奥に灯った小さな光だけ。
花火が終わり、風が少し冷たくなる。
ライドはポケットから銃を取り出した。
「二人は先に浜辺で待っててくれ。この国を出る準備ができたら、すぐ行く」
「やっと出られるんだね。でも、なんで一緒に行かないの?」
バニーの声は不安を隠せない。
「この国を出る前に、決着をつけなきゃいけないことがあるんだ」
ライドの瞳は、どこまでもまっすぐだった。
「もし明け方まで俺が来なかったら先に行け。必ず、合流するから」
バニーは唇を噛み、涙をこらえるように微笑む。
「……わかった。待ってるね」
フリムは何も言わず、ただ静かに後をついていった。
闇の中に、黒いスーツの影がいくつも現れる。
その中央に、紫の髪をオールバックに撫でつけた初老の男が立っていた。
「余計なことばかりするな。これじゃ私のキャリアに傷がつく」
「親父」
「こんなことをして、ただで済むと思っているのか?」
「あの二人は見逃してくれ」
ライドは冷や汗をかく。
「息子の頼みだ。こちらの条件を飲めば、いいだろう」
ライドは睨みつけていた。
「条件ってなんだ?」
ライドは恐る恐る聞く。
「うちに戻ってこい。そしてその頭脳を私のために使え」
ライドは目を見開き、父親は不敵な笑みを浮かべていた。




