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第32話『今と未来』



空間がざわめき、無数の黒い箱が浮かび上がった。

すべてが静止したまま、狙いを定めるようにリリアを(かこ)う。

彼女が両手を広げると、足元の砂が風のように舞い上がり、薄い壁を形づくった――その瞬間、ライドが間合いを切り詰める。冷たい腕が首に絡みつく。



「がっ……!」



耳元で低い(ささや)き声。


「能力に頼るUMHは、足元をすくわれる。君は優秀すぎて、油断したな。」



「別に……する必要……ないじゃん」



ライドの腕に力がこもる。



「この世界は上に立つものが全て正しい。それが、唯一の秩序(ルール)なんだよ!」


声が震え、怒りではなく焦りだった。


「強くなければ、優秀でなければ――望む明日(みらい)は来ないんだ!!」



(のど)が焼けるように痛む。それでも、リリアは笑った。



「未来ばっか見て、今が見えてないんだね」



「黙れッ!」



リリアは上空にある箱を素早く動かし、ライドの後頭部を打つ。



「っく!!」



鈍い音。ライドがよろめき、彼女は()き込みながら喉を押さえた。



「あなた……用意周到すぎ。自分で作ったもので首を()めてる。」



ライドの口から血がにじむ。



「未来を見据(みす)えていなければ、明日は生きられない!」



焦燥と恐怖が混ざった目。怒鳴りざま、再び大量の箱を空中に生成する。彼はその上に乗って見下ろした。



「今この瞬間は、未来のためにある!」



箱が一気にリリアに向かって襲いかかり、彼女は走った。


砂が舞い、身をひねり箱をかわし、手を突き出す。砂の弾丸で箱を砕き、乾いた破裂音が(つら)なった。



「未来だけに(しば)られてたら、今を生きてることなんかできないよ!」



ライドは動揺したような顔をする。



リリアは一つの箱の制御権を奪い、まるでボードのように滑らせて空を駆けた。低く構え、風を切る。操った箱で迫る箱をかわしながら距離を詰めた。



リリアは目の前まで迫り、穏やかに言った。



「あなたの言ってること、間違ってないと思う。でもね、もっと欲張ってもいいんじゃない?“今”を生きることだって、立派な未来への一歩だよ!」



彼女は両手を前へ。ライドの思考に触れる。

理性と感情が目に見えない脳内でぶつかり合った。ライドは奥歯を噛み、必死に耐える。



「くっ!!そんな考え方は、あまりにも短絡(たんらく)的だ!自分を不幸にするぞ!」



「私はそうやって生きてきた。キールに会って、今を必死に生きて、彼と一緒にいたいと思えた。希望が抱ける未来ができたの!」



リリアの感情が波のように押し寄せ、ライドの論理を侵食していく。



「計画的な未来がなければ、何もかも失うんだ」



リリアはその一瞬を逃さず、一気に叩き込む。

彼の思考の奥底に触れた操った瞬間、リリアの世界が揺らいだ。



「えっ!?」



足場の箱がパリンと消え、地面へと落ちる二人。


高さはゆうに数十メートル。

(まずい……このままじゃ死ぬ!)

リリアは必死に集中しようとするが、恐怖が感情を上回り、思考は乱れていく。



その瞬間、海が水飛沫(みずしぶき)をあげる。



「うそでしょ」



そこに現れたのは、海上を切り裂くように現れたのはキールとサメの背に乗ったバニーだった。



「サメ!?」



落下するリリアを見つけた瞬間、キールは水の噴射(ふんしゃ)でリリアを助けようとする。



「リリアさん!!」



腕で抱きとめ、そのまま水の軌道で減速し着地した。



「怪我は!?」


「だ、大丈夫……それよりなんでサメ!?」



リリアの素っ頓狂(すっとんきょう)な声が、波間に溶ける。






6分前



バニーはまだキールの腕を噛んだまま、水のドームの中で海底へと沈んでいた。



「あなたの能力が眠り麻痺(まひ)を起こすものなら、ここで使えばドームは崩れ、あなたは(おぼ)れる」



バニーは噛んでいた歯を離す。



「それはあんたも同じでしょ?」



海の静寂の中、声だけが柔らかく響いた。



「私はね、噛んだ相手には大抵のことができるの。眠らせたり、(しび)れさせたり、少し操れたりね」



その瞬間、思わぬ速さで、バニーが距離を詰め、連撃を繰り出す。

かかと、(ひざ)(ひじ)――立て続けのコンボがキールを押し込んだ。



「あなた、他に何か企んでるんでしょ!?でも私には通じない!」



瞳が鋭く光る。



「今この瞬間で、決着をつける!」



キールは両腕で防御を取りながら、水流を操った。

彼の周囲に(うず)が巻き起こり、拳と蹴りをいなすように流す。



「計画なしに突っ込んでも僕には勝てませんよ!」



「うるさい!」


バニーは怒りを(にじ)ませながら言う。


「私は“今”を生きてるの!あとのことなんて知らないし、どうせ何とかなるでしょ!」



キールの目が細くなるが、その奥に後悔の色が揺れた。



「僕も、昔はそう思ってました」


ゆっくりと構えを解き、両手を前に出す。


「何も考えず、目の前のことだけを信じて。

でも、それで僕はリリアさんを傷つけた」


バニーの表情がわずかに揺らぐ。


「だから今は思うんです。“今”を生きることも大切だけど、“未来”を考えて行動することも、誰かを守る力になるって」



そういうと、バニーを水で拘束する。



「未来がないから必死なのに」


強がりのように笑いながらも、その瞳の奥には迷いがあった。


「あなた、そんな流暢(りゅうちょう)に語ってる暇、あるの?」



「ええ、ありますよ。だって——」


キールは微笑む。


「あなたからは“敵意”を感じませんから」


その言葉に、バニーの目が揺らいだ。




そのとき――。




ドンッ!!




ドームの外から異様な水圧が叩きつけ、(まく)が砕け散った


突き破る巨大な影はサメ。



「サメ!?」

「サメぇ!?」



水泡に呑まれながら、キールは思わずバニーを抱き寄せる。

バニーはキールではなくサメの首元に噛みついた。



ゴゴゴゴ……!



ドームの内側へ海水が一気に流れ込み、二人の体は勢いそのまま、海の中に投げ出される。



キールは咄嗟(とっさ)に水を噴射(ふんしゃ)し、姿勢を立て直した。

だが――海水と同化したこの環境では、彼の能力はほとんど意味をなさない。



その間に、バニーはサメの背に(また)がり、得意げに手綱(たづな)のようにヒレを(つか)む。



巨大なサメが泡を噛み、尾を振った。

サメが水を弾き、海中を縦横無尽(じゅうおうむじん)に突き進む。

ひと噛みで岩をも砕くその(あご)が、真っ直ぐキールを狙った。

キールは足裏から水を噴射(ふんしゃ)し、身体を後方へ滑らせ、ギリギリの間合いでかわす。



再びサメの影が迫る。

キールは両手で(うず)の流れを読み取り、足裏を蹴るようにして水を噴出(ふんしゅつ)

弾丸のように後退し、背中すれすれを、サメの歯が髪の数本をとらえていた。



サメが海水を巻き込みながら螺旋(らせん)を描いて上昇を始めた。



海中に生まれた渦が膨張し、光を呑み込むほどの水流を作り出す。

キールの身体は吸い込まれ、逃れようとするも、潮の流れが四方から押し潰された。



次の瞬間、彼は渦の流れを利用して足を振り抜く。

推進力が爆発的に増し、キールの身体は真上へと跳ね上がった。

水流を蹴り、重力を逆に利用する――まるで“水のロケット”。




ドンッ!!




水しぶきが弾け、静寂が轟音に変わった。

そのすぐ後ろ、海面を割ってサメとバニーが飛び出し、空中には跳ね上がる三つの影。




そして、今に至る――。




砂浜へ叩きつけられぬよう、バニーはサメの口に地面に落下していくライドを突っ込み、そのまま地面に落ちる。


ずぶ濡れのライドが()い出た頃、サメは満足げに尾を振って海へ帰った。



「バニー!危ないだろ、何考えてんだ!」



ライドは()き込みながら怒鳴る。



「助けたのに文句言わないで。結果的に生きてるでしょ?」



「良いわけあるか!危険すぎるだろ」



「命の危機すら、計画に入れてるの?」



「想定外は排除するのが当たり前だ!」



二人の口論は、まるで夫婦喧嘩のようにヒートアップしていく。


キールとリリアは顔を見合わせた。



「キール、どうする?」


「……」



キールが水で拘束しようとした瞬間、二人は同時に叫んだ。



「無意味だ!」

「無駄よ!」



拳を構え、声が重なる。



「結局――」



「未来のために今を生きるしかないんだ!」

「今を生きなきゃ未来はない!」



夜風が鋭く走り、戦いは新たな局面へ向かう。


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