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第23話『思わぬ再会』


フルア国・飛行場



照りつける日差しにリリアは思わず帽子のつばを深く下げる。

イオラと並んでジェット機を降り、二人は出迎えを待っていた。



「イオラーーー!」

遠くから大きな声が響く。


イオラが顔を上げると、手を振りながら駆けてくる人影。

「サイラス!久しぶりね!」



二人は再会の喜びに駆け寄り、しっかりと抱き合った。



「いつ以来だ?」

「5年前の結婚式よ。懐かしいわ、元気にしてた?」

「それはもうバッチリよ。今でもラブラブだからな」

「まったく、二人は仲がいいわね」


旧友同士の会話は自然に(はず)み、空気は一気に明るさを取り戻していた。


ただ、リリアの胸の奥にはまだ重い影が居座っていた。



「あの……お話し中すみません。そろそろ、中に入りませんか?」



「そうだな、歩きながら話すか」

サイラスは軽くうなずいた。



「俺は仕事があって、二人で大丈夫か?」

「えぇ、羽を伸ばしに来ただけだから」

イオラは柔らかく笑う。


「それじゃ、我がフルアのリゾートを堪能(たんのう)してくれ」




(まぶ)しい日差しに思わず手をかざしながら、リリアは外へと足を踏み出した。

視界に飛び込んできたのは、これまでの暮らしとはまるで別世界のような光景。



青空を背に高く伸びるヤシの木。

色とりどりの果実が並ぶ露店。

古びた石造りの家と、ガラス張りの近代的なビルが並んで同じ通りに立っている。

南国独特の香りと喧騒(けんそう)が入り混じり、異国情緒(いこくじょうちょ)に満ちた街並みが広がっていた。



「……」

ほんの一瞬だけ、うつろだった瞳に光が宿った。


「すごいだろ」

サイラスが(のぞ)き込むようにしてリリアの隣に立つ。


「はい。こんな景色、初めて見ました」

リリアは素直に驚きを口にする。



「俺はサイラス・アーヴァン。ここでは軍人だ。君は?」


有川莉々愛(ありかわりりあ)です」



サイラスはその響きに眉をひそめた。

(有川莉々愛。どこかで聞いた覚えがあるな……なんだったか?)


彼は少し距離を詰めようと問いかける。

「なにか、辛いことでもあったのか?」



無表情の奥で怒りを押し殺すように、淡々(たんたん)と答える。

「知らないですよ、そんなの。……もう、会いたくないんです」



突き放す声に、サイラスは言葉を失い、イオラへ視線を送ると彼女は小さく首を振った。



「ここで見つけられますか?」

リリアは足元を見つめたまま、小さく問いかけた。


「なにを?」


「この先のことを」


迷いを抱えながらも、まっすぐな瞳。

サイラスは口角を上げ、明るい声で返した。



「それは君次第だな。とにかく、前に進め。」


リリアの前に行き、大きく手を広げる。


「振り返ることは、決して後ろを向くことじゃない。歩き続けていたら、振り返ったものがいつか前から出会いに来るだけだ」


その言葉が胸に落ちたのか、リリアの目にうっすらと光が戻る。


「今ちょうど、死者と生者を繋ぐフルアの伝統祭りの準備が始まってる。

あと三日で本番だ。空気ごと楽しむといい」




「ありがとうございます。……サイラスさんって、なんか親戚にいそう」

リリアは少し照れたように前を向いた。


「親戚ってことで!こんなかわいい子がいたら最高だ」

冗談めかして肩をすくめるサイラス。


「セクハラやめてください」

リリアは即座に突っ込みを入れた。



「ありがとう、サイラス。あとでゆっくりご飯でも食べましょう」

イオラが軽く割って入り、場を(なご)ませる。



「おう!じゃあ俺は仕事に行くから、楽しんでくれ!」

手を振りながら去っていくサイラスの背中は、どこまでも陽気で大きかった。


残されたイオラはリリアに向き直り、優しく微笑む。

「リリア、私は少し用事があるから……あなたは楽しんできて」


「わかりました。イオラさん、私のためにありがとうございます」

リリアはまだ少し無理をしているような笑顔を浮かべたが、その表情には確かに温もりが戻りつつあった。


「いいのよ。リフレッシュよ」

イオラの言葉に背を押され、リリアは小さく(うなず)く。







フルア国・パティ街


色鮮(いろあざ)やかな看板と屋台が並び、観光客でごった返す(にぎ)やかな大通り。


「私、フルアの言語...わからない。どうしよう……」


屋台の声も看板の文字も、すべてが意味を成さない異国の雑踏(ざっとう)

(アウローラ支給の全言語翻訳機……忘れちゃったし。最悪……)

観光を楽しむつもりだった足が止まり、胸の奥にじわじわと孤独が広がっていく。



「誰か……」

人の流れに飲まれそうになり、リリアは立ちすくんだ。


そのとき――


「あれ、有川?」


リリアははっと顔を上げる。

人混みの向こうから、黒髪の短髪の青年が笑顔で歩いてくる。



「やっぱり、有川じゃん!どうしてここにいんの?」

屈託(くったく)なく笑うその青年に、リリアは混乱したように目を(まばた)かせた。


「す、すみません……どなたですか?」


青年はきょとんとしたあと、声を(はず)ませた。

四条累(しじょうるい)だよ!小中、同じだった!」


リリアの目が大きく見開かれる。

「四条くん?」


忘れていた日本の空気が、一瞬で(よみが)った。

異国の雑踏(ざっとう)の中で、リリアの心に温かい波が広がっていった。






9年前(リリア9歳)


ピンポーン。

静まり返った家には、誰もいない。リリアは出るしかなかった。

伸びきった前髪が目にかかり、顔の表情さえ隠している。


「はい」

恐る恐るドアを開ける。


そこに立っていたのは、同級生の四条累だった。

「有川……元気? 最近、来ないけど……」

心配そうな瞳が真っ直ぐにリリアを(とら)える。


「うん、大丈夫。何か用?」

小さな声で返すリリア。



累はランドセルから紙束(かみたば)を取り出し、笑顔で差し出した。

「これ、先生から。……それと、これ!」

もう片方の手には、袋いっぱいのお菓子。


「いっぱい食べて、元気出して。ゆっくりでいいから……学校、来てね」


リリアは受け取りながら、ぽつりと漏らす。

「ありがとう……でも、私……学校に居場所ないから」


その言葉に、累は即座に返した。

「俺が居場所になるよ!有川の!」


「え?」

思わず顔を上げるリリア。


「あ、ごめん。嫌だったらいいんだ」


鼓動が、どくんと()ねる。

「……わかった。頑張る」

小さく答えたリリアの頬は、赤く染まっていた。



その日から、リリアは周囲に馴染(なじ)もうと“自分を隠す”ことを覚えていった。

それが累への想いを守る方法だと、幼い心で信じて。




5年前(リリア13歳)


春。中学の制服に(そで)を通したリリアは、少し大人びて見えた。

クラス替えで累とは別のクラスになったが、下校の時間を狙って待ち伏せしていた。


「四条くん。今日、一緒に帰らない?」

頬を赤らめながら勇気を振り絞る。


「ごめん。彼女できたから、帰れない」

両手を合わせて、悪びれもなく笑う累。


「え?」

言葉が(のど)に詰まり、声にならなかった。



次の瞬間、リリアの世界から色が消えていく。

笑顔の裏で必死にごまかそうとしても、胸の奥には冷たい絶望が広がっていた。


再び、自分の居場所がなくなる音がする。


リリアの初恋は、こうして静かに幕を閉じた。





現在


「こんなところで何してんだ?」

柔らかな南国の光の中、累は昔と変わらない笑顔を向けてきた。



「ちょっと旅行に来てて。四条くんは?」

リリアは緊張を隠すように、耳にかかる髪を指でいじる。


「俺は高校のボランティアで来てんだ!」

胸を張って答えるその姿は、少年の頃と同じ真っ直ぐさを持っていた。



「そうなんだ。すごいね」

リリアが微笑むと、累は頬を赤くする。


「有川……めっちゃきれいになったな」


「え?」

突然の言葉にリリアの心臓が跳ねた。顔が熱を帯び、視線を落とす。


「……あり、がとう」


累は真剣な眼差しで言った。

「有川、このあと時間ある?」


「へ……?」

言葉が追いつかない。


「俺が案内するよ、フルアを」

差し伸べられるようなまなざしに、リリアは思わず視線を逸らす。


――『俺が居場所になるよ』

幼い日の声が、不意に胸に蘇る。


リリアは視線を落とし、赤くなった頬を隠すようにうなずいた。

「ちょうど、言葉わからなかったし。案内、お願いします」



 




フルア国・レンジタウン


田舎の素朴(そぼく)さと都会の喧騒(けんそう)、その両方を抱き合わせたような町並みは、心地がいい。


キールは道行く人々にこの国について質問していた。


「少し前にな、バニーライドフリムという3人組のガキンチョが若者のカリスマになっていたんじゃ」

おじいさんが食い気味で説明する。


「その人たちは何をしていたんですか?」


「そりゃ、今の政府に対しての反抗じゃよ! 

 汚職や不正などをやつらを、あいつらが暴いていたんじゃ!」


おじいさんは興奮気味に言ったがその勢いはすぐにしぼんだ。


「しかし、最近はすっかり聞かなくなったな」


キールはそのことをメモしてお辞儀をした。


「ありがとうございました」





キールは街並みを見る。

「暮らしは回ってる。でも、政府のやり方には不満が溜まってる」


火種(ひだね)はある。……でも、この国にクローン研究所は本当にあるのか?)


重く心に刻みつけながら、彼は海辺へと足を運んだ。



西の空には夕陽が沈みかけている。

赤と(だいだい)の光が水面を照らし、揺れる波にキールの影を映していた。



(バルドさんが言っていた人口UMH、クローン研究所……。企業との繋がりに、アウローラ内のスパイ疑惑。リリアさんの身の危険……UMHの兵器化や選別。そして、“モロス”……)




「こんなの、僕一人でできるのかな」

思わず漏れた声は、沈みゆく夕陽に吸い込まれていく。



そのとき――


「一人じゃないよ、キールっ!」


唐突に、頬に柔らかな指先が触れる。

ツン、と突かれた感触にキールは驚き、反射的に顔を向けた。


そこに立っていたのは――


夕陽に照らされて輝く、鮮やかなオレンジ色の髪。

笑顔は満面で、頬にあったはずのそばかすはなく、化粧に(いろど)られた顔は(まぶ)しいほどに整っている。



一瞬、理解が追いつかない。だが、その明るさと声色は忘れられるはずもない。




「エミリー……?」


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