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第20話『忍びより去る影』

アルファ国内――研究所跡。



影から出た直後、ケントは息を引き取った。

土を少し盛っただけの墓に、簡素な石が立てられている。

キールはその前にしゃがみ込み、両手を強く握りしめた。

頬をなでる風は冷たく、耳に届くのは草のざわめきだけだった。


「……」


やがてゆっくりと目を開ける。

脳裏に浮かぶのは、ケントとエミリー、ジェフと笑い合っていた日々。

何の疑いもなく、明日が来ると信じていた時間。

(にじ)む視界を(ぬぐ)うこともせず、キールは静かに立ち上がった。



「すまん...」

背後から聞こえた低い声。バルドが目を伏せていた。

キールは小さく首を振り、かすかに笑う。


「あの状況じゃ、僕たちがやられてただけだよ。助かったよ、感謝してる」

言葉の端に、ほんのわずかな微笑みが宿る。

バルドはその顔を見て、息を詰めた。

「やさしいんだな」


キールはまっすぐに見返し、静かに告げる。

「リリアさんのことを狙うならここで止めさせてもらう」

()み切った声。

すぐに返ってきた答えは、短く鋭かった。


「狙っている。だが……今は休戦だ。それに、なぜ一緒にいないんだ?」



キールはわずかに目を伏せ、答えなかった。



「お前に話がある」

墓前の静寂の中、二人の間に新たな緊張が張り詰めていった。



バルドの声は低く、しかしどこか焦燥(しょうそう)を帯びていた。



「俺はこの付近にあるとされている研究所を調査していた。

 そんなときに、お前らを見つけたのもその時だ」


「なんでここを?」


キールは眉を寄せ、冷静に問い返す。


「ここは、ある企業が隠していた研究所の一つなんだ」

短く答えたその声に、ただならぬ重さが(にじ)んでいた。


キールは反射的に身を乗り出す。

自分が育った研究所の真相、それを少しでも知りたい一心だった。


「その企業って?」


一瞬、沈黙が落ちる。

バルドは視線を落とし、静かに息を吐いた。



「協力することになったら教える。今知れば巻き込まれる」


言葉を区切り、再び口を開く。



「ここはかつての研究所。

 新たな研究所でやっているのは、UMHの大量クローン化と兵器転用だ」



キールの心臓がどくりと跳ねた。

断片的に想像していた“最悪”が、今まさに現実の形を持つ。


キールは目を見開き、息を呑む。

「やっぱり……そうだったのか」



バルドは黙ってキールに一つの写真を見せる。



そこには、無数のカプセルの中で眠る人間の影。

キールはそれを見て、ぞっとする。


「大半がクローンだ。人間への人体実験もあったが、ほとんど失敗に終わった」



キールの目が大きく見開かれる。

自分を含め、研究所にいた子供たちの姿が脳裏に浮かび、背筋に冷たいものが走った。

「そんな……」



だがバルドは歩みを進めながら、淡々と続ける。

「それだけじゃない。完成した個体は“どこか”に引き渡される予定だった」


「どこに...」

キールは信じられないように呟く。


「わからん。ただ、奴は言っていた。“これで世界に示せる”と」


「示す?一体何を……?」

キールの問いに、バルドはわずかに首を振る。



「詳しくは分からない。だが一つだけ確かに言っていた。反抗する人間やUMHはただでは済まさない、と」


キールの心臓が早鐘(はやがね)を打つ。

バルドは表情を変えず、低い声で続けた。


「余計な情報を漏らさないために徹底的に排除する方針だ。だが軍隊を(そろ)えさえすれば、そんな面倒なことも必要なくなる」


立ち止まり、振り返る。


「計画が実行されれば、リリアの能力で既存のUMHを支配するつもりだ」



キールは唇を噛みしめ、苦しげに声を絞り出す。

「そんなこと……すぐに止めないと」



かつてモロスが裏で糸を引いていた研究所はある企業との繋がりがあった。

それは紛れもない大きな何かであり、影が忍び寄ってきていた。




「そこでだ。クローン施設の場所が特定できたら、お前に“(おとり)”をやってもらう

バルドの目つきが鋭く変わり、冷たく提案を突きつけた。



「なにを」

キールは言葉を詰まらせ、困惑の色を浮かべた。



「潜入する場所はおそらくセキュリティが高い。お前が外で暴れて注意を引いてくれ」

バルドの口調は真顔で、余計な感情を含まない。


「そのあと、僕は……?」

額に冷や汗がにじむ。キールの声には、不安が混じっていた。



「死ぬ。全部お前の仕業にする」

静かに放たれた言葉に、空気が凍る。


キールは絶句し、怒りと絶望が混ざった表情で見つめ返す。



「そのために、僕を」

震える声で続けようとしたが、バルドは割って入る。


「お前は信用できない。だが、使える。それだけだ」

その合理さは冷酷で、非情なまでに人間的だった。




やがて、キールが黙って提案を切り出す。

「もう無理かもしれないけど、アウローラに頼むべきだよ。

 こっちだけで抱え込むのは危険すぎる」


バルドは鼻で笑うように吐き捨てた。

「あいつらにはスパイがいる」



キールの脳裏に過去の疑念がよぎる。

──なぜ、ケントは自分の居場所を正確に突き止められたのか。

──なぜ、東京のアウローラ本部の位置が知られていたのか。

──なぜ、17人のUMHや民間のUMHの存在が漏れていたのか。



答えは一つしかない。



「誰かが情報を漏らしてるのか」

キールは吐き出すように呟いた。


「奴らは信用できない」

バルドの声は低く、重く響く。



キールの胸に不安が渦巻(うずま)く。

(本当に、内部に裏切り者が……?)

考えただけで血が冷たくなる。



その時、不意に声が降ってきた。

「お前たち、こんな辺鄙(へんぴ)なところで何をしてんの?」



はっとして振り向く。

そこに立っていたのは、一人の女。

しなやかでありながら、鋼のような体つき。

短く切ったボブの髪、左肩に刻まれたタトゥー、割れた腹筋が見える。

スポーツブラにダメージジーンズ、上には薄いカーゴジャケット。


その存在感は、華やかさと獰猛(どうもう)さが奇妙に同居していた。


キールもバルドも、気配を感じ取れなかった。


バルドは短く言い捨てた。

「さっきの話、考えといてくれ」

そして次の瞬間、影の中へと溶けるように姿を消した。


「ちょっ――!」

呼び止める間もなく、キールは一人取り残される。


銃口がこちらに向けられている。

女の視線が鋭く突き刺さり、キールの体が固まった。



(やらなきゃいけない。でも、僕もあっちでケントと一緒にいたいよ...)


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