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第8話『ワイス』

やがて、リリアはすすり泣きの合間に声を絞り出した。

「へーちゃん......よがっだ生きでで......」


鼻水と涙でぐしゃぐしゃになった顔。

赤くなった目頭(めがしら)と鼻のままで、それでも必死に笑おうとする。

ヘイスはそんなリリアを見つめ、(ほが)らかに笑みを浮かべた。


「へーちゃんは運命に勝ったんだね」

リリアはまた新しい涙をこぼしながら、ぐしゃぐしゃの顔で言う。


ヘイスは軽く肩をすくめ、飄々(ひょうひょう)とした調子で言った。

「よくわからないけど......走馬灯みたいなのに元カレばっか出てきたから、全員に銃弾お見舞いしてあげたわ〜」

「……」

リリアはぐしゃぐしゃの顔のまま固まり、返す言葉を失った。



「お姉ちゃん!ワイスとお兄ちゃん、まだ起きなイ!」


ニニィの声に、リリアはヘイスへ笑顔を見せてから駆け寄った。



「へーちゃんさん、目ヲ覚ましたんだ!」

「うん、“運命”と向き合えたんだと思う」


リリアは小さく頷き、呼吸を整える。


「あとは二人が戻ってくるのを待つだけ」

ニニィは視線を伏せ、不安そうに(つぶや)く。

「でも...一応、念のためにやっておいた方がいいと思うノ。

 へーちゃんさんモ、それで目を覚ましたのかもしれないし。」


ニニィは二人をスキャンして分析する。


「リリアお姉ちゃん、お兄ちゃんよろしく。

人間はこれ以上の電気ショックは危ないから、ワイスは数値的にもまだ耐えられそう」


「えっ......!?キールにも!?」

リリアの顔が一気に真っ赤に染まる。

「うん!早くしないと!」

ニニィは真剣な顔で急かす。

「も、もうっ!」

リリアは耳を赤くしながら声を上げた。



(かす)れた意識の中で、懐かしい記憶が浮かび上がる。


キール・12歳


無機質な研究所の訓練を終え、廊下を駆け抜ける。

足音が反響する建物から庭へと出る。


「エミリー!ケント!ジェフ!」

笑顔を弾ませ、仲間の名を呼ぶ。振り返った三人の顔が一斉にほころぶ。


「俺から呼べって言ってんのに、またエミリーから呼んでるよ、あいつ」

ジェフが肩をすくめて軽口を叩く。

坊主頭に褐色(かっしょく)の肌。お気に入りの短パンは1年中はいている。


「しょうがないだろ。キーレストはエミリーのこと大好きなんだから」

ケントが茶化すように笑い、わざとらしく眉を上げた。

黒髪を短く()り込んだ顔立ちは整っており、透き通るような青い目が印象的だった。


「もう二人とも、意地悪言わないの!」

エミリーは両手を腰に当て、少し呆れたように笑う。

オレンジ色のゆるふわボブが揺れる。そばかすの笑顔は、いつも場の空気を一瞬で明るくしてしまう。


「全く順番なんてどうでもいいでしょ。

 キールは私たちのこと、みんな好きよ。私たちも」

その穏やかな声に、場の空気が和らぐ。


キールは3人のところに駆けつける。

「なんの話してたの?」

無邪気に首を(かし)げるキールに、ケントとジェフは慌ててそっぽを向く。

「別に...」

「そうそう、なんでもない」

「???」

きょとんとするキールを見て、エミリーはくすっと笑う。

キールは目を輝かせ、3人に声をかけた。

「今日もさ! あれやろうよ!」

キールは駆け出す。三人は顔を見合わせ、同時に笑って追いかけた。


研究所の冷たい空気の中で、その一瞬だけは、子どもらしい笑顔が弾けていた。



キールは突然、荒い息を吐きながら目を覚ました。

しかし、体が動かない。

(重い...)

視界に広がるのは、黒一色の空間。

地面も空もなく、ただ虚無(きょむ)だけが延々と広がっていた。

そんな中、キールの(どう)にのしかかる感触。

見下ろせば、そこには白と黒の入り混じった巨大なモサモサが(おお)いかぶさっていた。


「な、なんだこれ...?」


退けようと腕を動かすが、岩のようにびくともしない。

そのとき、モサモサがわずかに揺れ、ぎょろりと光る瞳がこちらを(にら)んだ。

全身の毛が逆立ち、冷たい視線が突き刺さる。


そこにいたのは、サモスキーのワイス。

その姿は犬ではなく、鋭い牙を()いた巨大なオオカミであった。

ワイスは体をどけると、キールを囲むように立ち上がり、低い(うな)り声を響かせる。

「ガウッ!!」

咆哮(ほうこう)が虚無の空間に(とどろ)いた。


キールがわずかに体を動かした瞬間ーー。

「ガッ!」

ワイスが跳ね、爪が閃光のように襲いかかる。

「......っ!!落ち着け!何もしないから!」

必死に呼びかけるが、その声は届かない。

爪と牙が容赦なく迫ってくる。


キールは両腕を広げ、全身に水を(まと)わせた。

水の盾が全身を包む。

鋭い爪が弾かれ、水が飛散する。

しかしワイスは攻撃の手を緩めない。

檻をこじ開けるように、何度も何度も爪と牙を叩きつける。

その瞳には確かな敵意が宿っていた。

次の瞬間、ワイスは大きく首を()らし、肺いっぱいに空気を吸い込む。


「......ッ!」

キールが構えるより早く、轟音の咆哮(ほうこう)が虚無を切り裂く。

「グアアアアァァァァァン!!!」


鼓膜が破れそうな衝撃波。

キールは思わず耳を塞ぎ、バランスを崩す。

その隙を逃さず、ワイスが突進してくる。

「...っぐあッ!!」

巨体が衝突した衝撃で、キールの体は宙を舞い、虚空の壁に叩きつけられる。

骨が軋む痛みと共に、壁が(くだ)け、その先へ吹き飛ばされる。


目の前に広がっていたのは、雪が降る山間の村。

煙突(えんとつ)から煙がのぼり、木造の家々が肩を寄せ合うように建っている。

あまりにも静かで、どこか懐かしい空気をまとった田舎村だった。

「ここはいったい?」


次の瞬間、ワイスも村へと現れ、再び鋭い爪を振りかぶった。

「......!」

構えようとしたその時、ワイスの足がぴたりと止まる。

あたりを見渡し、じわじわと後退していく。


キールの視界に、ゆらりと人影が現れた。

金髪の少女が軽やかに歩いてくる。

頬を赤らめた無邪気な笑顔。


「あれ??ワイス、なんでここにいるの??」

飛び切りの笑顔でそう言った瞬間。

「ガアアァァッ!!!」


ワイスが悲鳴を上げ、全身から炎が()き上がり、毛並みが赤黒く燃えさかる。

轟音と共に地面が割れ、キールとワイスの足元が崩れ落ちる。

村の景色は一瞬で消え去る。


崩れた先に広がっていたのは、天井も壁も床も、無数の糸で覆われた閉鎖的(へいさてき)な空間。


炎に包まれるワイスの体へ、キールは即座に両手を広げ、水流を呼び出す。

滝のように落ちる水が燃え盛る毛並みを濡らし、白い蒸気が激しく立ちのぼる。


「くぅぅん」

ワイスは高い声を漏らし、その場に崩れ落ちた。

キールは慌てて駆け寄り、その体を支える。

巨大だったワイスの姿は、みるみるうちに縮み、元のサモスキーの大きさへと戻っていく。

毛並みは焦げて傷ついていたが、炎を消したおかげで命に別状はない。

「軽症で済んでよかった」


キールは安堵(あんど)の息をつき、周囲に張り巡らされた蜘蛛の糸を水の刃で切り裂いた。

切られた糸は柔らかな布のようになり、即席の包帯として使える。

それを丁寧に巻きつける頃には、ワイスはすっかり気を失っていた。

キールはその隣に腰を下ろし、しばし目を伏せる。


(さっきの記憶。

 どうしてあんなに鮮明に思い出したんだろう。

 もう二度と、あんな目には遭いたくない。)


胸の奥に重苦しい思いが広がる。

やがて、ワイスがうっすら目を開ける。

キールを見るなり牙を見せて威嚇(いかく)するが、無理に立とうとしてすぐ倒れ込む。

「無理するなよ。怪我してるんだから」

キールは優しく声をかけた。


ワイスはへっへっと息を荒くする。


「水、飲みたいのかな」

キールは手のひらから水を生み出し、両手で器を作って差し出す。

「ほら、どうぞ」


ワイスはまだ警戒しつつも舌を伸ばし、水を飲み始めた。

その姿に、キールは小さく笑う。

「素直じゃないやつだな」


突然、糸で(おお)われた空間がぎしぎしと揺れ始めた。

天井や壁の糸が(きし)み、耳を裂くような大音量が響く。


「怪物!!」

「村から出てけ!」

「災いのもとなのよ!」

「死ね!!」


老いた男や女の声が幾重(いくえ)にも重なり、罵声(ばせい)の嵐となって降り注ぐ。

見えない群衆が、憎悪だけをこの空間に押し込めているかのようだった。

ワイスはその声に怯え、耳を伏せて体を丸め、子犬のように小さく縮こまっていく。

その震えは、先ほどまでの巨獣の姿とは似ても似つかなかった。


「下がって」

キールは素早く片手を後ろに伸ばし、かばうように制した。

やがて、轟いていた怒号はふっと消える。

静寂が訪れたかと思うと今度は、冷たい機械音のようなアナウンスが空間全体に流れ始めた。



「スウェーデン北部のヒンレル村で、連続猟奇(りょうき)殺人事件が大きな展開を迎えました。

これまでに7人が犠牲となり、子ども3人が行方不明になっていましたが、1月5日夜、村外れの家屋が全焼し、住民の女性が遺体で発見されました。

その直後、子どもをさらおうとする未遂事件が発生し、出動した特殊部隊が犯人を現場付近で確保。

警察は“通常の人間では説明できない力を行使(こうし)していた”として詳細を伏せつつ、『特殊な存在』と表現しています。

住民からは『あれは人間じゃない』という声も上がっており、依然(いぜん)行方不明の子どもたちの捜索と、背後に組織がある可能性を視野に捜査が続けられています。」


そして、時は10年前にさかのぼる。



ここまで読んでいただき本当にありがとうございます!

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