第7章:遠くて近い夜
夜は変わらず静かだった。
レイさんは今日も、夕飯を済ませたあと、煙草を手にベランダへ出た。
「こんばんは、レイさん。」
アオイさんの声が、まるで合図のように届く。
「こんばんは、アオイさん。」
「今日は何食べたの?」
「鮭の塩焼きと、冷ややっこ。」
「なんか……渋いね。」
「悪いか?」
「ううん。和風男子って感じで、いいと思う。」
「……褒められてるのか?」
「もちろん。」
レイさんは、ふと壁の向こうに視線を向けた。
見えない誰かの声が、だんだんと生活の一部になっている。
「レイさんってさ、小さいころ、どんな子だった?」
「またそれか。」
「だって気になるんだもん。」
レイさんは少し考えてから、ぽつりと答える。
「静かだった。ずっと、静かな子ども。」
「へえ……友だちは?」
「少しはいた。でも、多くはなかった。」
「……寂しくなかった?」
「別に。ひとりの時間のほうが楽だった。」
「今も?」
レイさんは答えなかった。
その沈黙を、アオイさんがそっと破る。
「私はね、小さいころ、よく外を眺めてた。」
「窓から?」
「うん。外に出るより、見るほうが好きだったの。」
「なんで?」
「……たぶん、出るのが怖かったんだと思う。」
その言葉には、どこか深い意味が込められていた。
けれど、レイさんはあえて聞かなかった。
「……それでも、今はベランダには出られるようになったんだな。」
「うん。おかげで、レイさんと話せたし。」
煙草の火が、ゆっくりと短くなる。
「……こうやって話すの、変だけど。」
「うん。でも、嫌いじゃない。」
「俺も。」
沈黙。だけど、そこにはもう孤独はなかった。
「ねえ、レイさん。」
「ん?」
「もしさ、今こうして話してるのが、夢だったらどうする?」
「……起きないように、祈る。」
アオイさんが、小さく笑った音が聞こえた。
「それ、ちょっとロマンチックかも。」
「そうか?」
「うん。」
その夜、話はいつもより少し長く続いた。
誰かと繋がっている夜は、こんなにも短く、そして——温かい。