第4章:想像のスケッチ
「レイさん、ねえ、ちょっといい?」
ベランダに出たばかりのレイさんに、アオイさんの声がかかった。
いつもより、少しテンションが高い気がする。
「なんだ。」
「絵、描いてみない?」
「……は?」
煙草に火をつけたレイさんの手が、一瞬止まった。
「お互いの顔、想像して描いてみるの。できたら、ここから上に投げて交換する!」
アオイさんの声には、妙な真剣さとワクワクが混ざっていた。
「……どこからその発想が出てくるんだ。」
「ふふっ、ひらめきってやつ。さあ、乗ってみてよ。損はしないよ?」
「いや、絵なんてまともに描いたことない。」
「私も。でも、それが面白いんじゃん。」
レイさんは煙を吐きながら、少しだけ考え込んだ。
確かに、相手の顔を想像するという行為自体、なにか不思議な距離の近さがある。
「……紙とペン、探してくる。」
「やった!」
部屋に戻り、古いノートとボールペンを見つけたレイさんは、テーブルに座って静かに考えた。
——アオイさん、どんな顔をしているんだろう。
声は柔らかくて、少し笑っていて、ときどき寂しげで……。
気づけば、手が勝手に動いていた。
うまい絵じゃない。でも、どこか気持ちがこもっていた。
「レイさん、できた?」
「……ああ。」
「じゃあ、せーので投げよう!失敗しても笑わないこと!」
「わかったよ。」
「せーのっ!」
ヒュッ。
紙が、夜の空気をすべって飛ぶ。
パサッ、とそれぞれのベランダに落ちた。
レイさんは紙を拾い、静かに開いた。
そこには、ちょっと下手だけど、優しい目をした男の絵が描かれていた。
その横に、小さく書かれていた。
「たぶん、こんな感じ。想像で描いたよ :) —アオイさん」
少し笑って、少し照れくさくて。
でも、どこかあたたかい。
「アオイさん。」
「なに?」
「これ、……ちょっと似てるかも。」
「ほんと? うれしい。」
アオイさんも、静かに紙を開いた。
「……ぷっ。」
「笑ったか?」
「ごめんごめん……でも……」
くすくすと笑いながら、言った。
「レイさん、これ……絵、ひどい。」
「……頑張ったんだけどな。」
「うん、努力は感じたよ。でもね……なんか、足りないの。」
「何が?」
少し間を置いてから、アオイさんが答えた。
「左目の下に、小さなホクロ。」
レイさんは驚いたように、手元の紙を見直した。
「ホクロ……?」
「そう。実は、私……そこにひとつ、あるんだ。」
夜風が吹いた。
その一言だけで、アオイさんがほんの少しだけ近くに感じられた。