ヤマノススメ二次創作「浮上と左手のチョコレート」
あらすじにある通りアニメ『ヤマノススメのNext Summit』8話にあたるバレンタイン回の前後にあったかも知れないifを描いた二次創作です。
多少のキャラクター描写や物語の整合性など齟齬はあるかも知れませんが、キャラクターに気持ちを乗せるため、勢いで書くことを大事にして書きました。
楽しんでもらえたら幸いです。
二月も半ばに入ってきて、クラスの話題といったらチョコのことばかりでなんだか鬱陶しい。
「バイト先でもバレンタインフェアだもんなあ……」
わたし、雪村あおいはお菓子屋さんで現在バイト中。バレンタインフェアのチョコレート販売は好調、バレンタイン仕様で店長さんが企画したチョコレート関連のケーキはどれも予約がいっぱいです。
またのご来店、お待ちしております!
職業病か! 眺める空に浮かぶ雲も、なんだかチョコケーキの形に見えてきた……。
「はあ〜〜〜〜」
「なにそのでっかいため息」
「別にぃ」
「別にってことはないでしょ。聞くよ、話してみなよ」
こいつは倉上ひなた。幼なじみで、わたしに登山を教えてくれた山ともだち。
「バレンタインが面倒なの」
「あー、まああおいはすすきさんのバイトあるしね」
「それもそうだけど、なんかみんなで恋愛のことについて話してるのについていけないし……」
「あおいも米田くんにチョコあげればいいじゃん」
「その話題はもうやめてよ。顔ももう浮かんでこないわよ」
「それはそれでひどい」
ひなたは時どき米田くんのことを恋愛の話題として出してくる。その度に胸がチクチクするのはどうして?
「ひなたこそ誰か特別な相手とかいないの?」
「友チョコばっかりだよ。みおとゆりとかすみと……」
「ここなちゃんと楓さんは?」
「タイミング逃して山で渡すと行動食っぽくなりそうだから気をつけないとね」
「それもそっか」
楓さんとここなちゃんは、それぞれ上下に学年が違う山ともだち。ふたりとも登山のことにかけてはわたしよりずっとすごくて尊敬してる。
まあ、他のところではわたしのほうが得意な部分もあるけれど。
「…………」
少し話さない時間が続くと、ひなたがこちらを見つめるタイミングがある。
「……なにょ」噛んだ。
「別にぃ」
「別にってことはないでしょ、ほら話してみなさいよ」
「あおいにはほんとに特別な相手、いないのかなって」
「特別な相手ねえ……」
「植村直己にチョコを捧げる登山とかする?」
「マッキンリーには登らないわよ!」
でもまあ、特別な相手か……。
空に浮かぶ雲の形が少しずつ、見知ったあいつの顔に見えてきた。
今日も今日とてすすきでのバイトが入ってる。お客さんはいつもより少ないから、ひかりさんともお話できる程度の時間は空く。
「ひかりさんはバレンタイ……」
っと、今はまだ話題にしちゃダメかも?
「シフトが入ってるからねー、いちばんあげちゃうのはお客さんかな?」
こう見えて、わたしのバカみたいな言葉にも気の利いた返事をしてくれる。
「気持ちが入ってる相手は」
「やだな、お客さんみんなにいっぱい愛情込めてるつもりだよ」
すごいなあ。これでほんとに嘘がないんだもんな。ひかりさんの接客はほんとにお客様の目線に立って、きちんと話も聞いておすすめの商品なんかを選んだりする。
この間はクリスマス商品のお礼をしにきたお客様もいたっけ。細かいところに気がつくんだから、ひかりさんを振った相手は見る目がないなあって思う。
「それであおいちゃんは、彼氏とかいないの?」
しまった。
「あおいちゃん! 清き交際が大切な時期だからね! お母さんともきちんと相談しないと!」
製菓室からいきなり顔出す店長さん。
「いないですから、この話いいですって!」
「ほんとかにゃあ……」
にやりと笑うひかりさん。
「あおいちゃん、かわいいんだから。選び放題なんじゃないの」
「かわいくないですし、話す男子もいないですから〜!」
だから、この手の話題は困る。
「とはいえ、だよね」
確かにひなたみたいに友チョコの準備をしなくちゃ、なんてことは思う。
楓さんにゆうかさん、ここなちゃん。かすみさんにみおちゃん、ゆりちゃん、ひかりさんに……ほのかちゃんもだ。
たとえ男子がいなくとも、渡す相手が多いのは意外と良いことなのかも知れない。高校に入る前だと全く考えられなかったことだ。
「それにつけても、ひなため」
あいつ、友チョコを渡す相手にわたしを入れてなかったじゃない!
(あおいは、米田くんにでも渡せば良いでしょ〜ぷぷぷ)
頭のなかにわたしをあざわらうひなたの姿。
「見てなさいよ、ひなたがそうならわたしにだって考えがあるんだから!」
ビシッと心を決めて、バレンタイン登山の準備。
いっしょに登るのは、ここなちゃんとほのかちゃんとあいつの三人だ。
日の出山の山頂でみんなでホットチョコを飲んで、ひなたの言うほのかちゃんの想いを見届けてから、ふたりと解散したあとの帰り道。
「天覧山に登らない?」
「凍結とかしてない? ていうかひなた、もう夕方だよ」
「大丈夫、昨日行ってみたけど大丈夫だったよ」
「ふーん、まあ、それなら良いけど」
突然の提案だったけれども、わたしにとっても都合がいいかも知れない。
ハイキングコースには似つかわしくない少しだけ重装備なのが気になるけれどもまあ良いか。日没を迎えるにはまだ時間はありそうだ。
「慣れた山を登るのってほんと一瞬だね」
「わたしといて、楽しかったからじゃないのー?」
「はいはい、そうね。ついつい先に行っちゃうひなたさん」
「ちょっとだけ急ぎたくてね」
とか言って頂上の四角いオブジェに座るひなた。
「はい、あおいも座る」
「はいはい、座りますよー」
ぱんぱんと手で四角いやつを叩かれるので、すぐ隣に座る。
「それで、なによう」
「あおいへ……じゃじゃーん!」
人力SEか!
ひなたはわたしに向けて、なんかリボンの巻き方がぐちゃぐちゃなラッピングの小さな袋を向けてくる。
「なによそれ……」
「開けたら、分かるから……」
適当な袋のその先には、もしかしたらひなたの特別な想いが——
「チョコ羊羹」
「若者か!! ってね!」
「いや、チョコが入ってるだけで若者っておかしくない?」
「お菓子だけにね!」
ほんとにわたしより成績いいのかな、こいつ。
「それで、チョコ羊羹と夕暮れになんの関係が?」
「今さ、見えるかな。富士山」
「…………うーん、どうかな。なんとか小さく、それっぽいのが?」
「そこにチョコ羊羹をブッ刺します」
「スケール感的にチョコ羊羹のほうが大きいんだけど」
「そうすると、富士山頂の剣ヶ峰にある、日本最高峰の石碑みたいになるわけ」
「いやいや、茶色くないのは知ってるわよ」
「……富士山へのやる気がさらに出るかなって、ダメかな?」
「んー、そうだね。なんかちょっとだけ、制覇できる気がしてきたかも」
「やったぜ」
あらあら、満開の笑顔じゃないのひなた、珍しいことで。
「どうしてこの時間なわけ?」
「色の齟齬とかのごまかしが利くかと思いまして……」
「別のお菓子のほうがよかったんじゃない……?」
わたしはどんな顔でこの言葉を口にしたのだろう。
「う」
「う?」
「うんちになっても同じ色で、齟齬とかのごまかしが利くかなって!」
「マシな嘘をつきなさいよ! わたしあとでこれ食べるんだからさあ」
「……忘れちゃいけない相手に、大事な場所でのチョコは必要だからさ」
わたしには話の流れで、半分うんこ羊羹に見えてるんだけど。
「……はあ、ひなたは女子力がないからダメね」
「別にぃ、あおいほど女子力にこだわりないし」
「わたしの女子力見せてあげるわよ!」
ひなたと違って、箱からつくった。ラッピングもわざわざ買って、ひなたの好きな赤っぽい色のラッピング用紙を使った。リボンは透明なのしか置いてなかった。ごめんね、ひなた。
そんな、ひなたへのプレゼントをお返しのように渡す。
「米田くんに渡す用のやつ?」
「それ次言ったら、登山靴で蹴るからね」
「ごめんごめん」
ひなたが受け取って、封を開けようとする。
なんだか知らないけれども、わたしの胸はチクチクと鼓動を打つ。
なんかラッピング開けるの下手くそだなあ、さっさと開けてくれればいいのに。少しだけ身体が熱く感じるのは山を登ってきたせいかな。
わたしは山頂の風を浴びながら、少しだけ気まずい時間を待つ。
「すげーじゃんあおい! これ富士山だ!」
そうなのです。こっそりわたしがこいつに用意したチョコレート。それは、インターネットで調べてみた富士山、その形を真似た手のひらサイズの手作りチョコだ。
「大変だったんじゃない、あおい」
このチョコレート作りのために型まで作ったのは内緒。
「別にぃ、楓さんとかにも渡すし」
きのこの山でもいいかなって思ってたけどどうしようかな。
「でもほんとありがとうあおい、最高のプレゼントだよ!」
そこまで褒められてもなんか照れる……。
「ねえ、もうちょっとだけ近づいてみて……」
ひなたが言う。
「うん……」
わたしは言われるがままに、身体が触れるほど距離を縮める。
「そうして、見えてる富士山にこのチョコを重ねるじゃん?」
これもスケールが合ってないんだけど。
「そんでこれにチョコ羊羹を刺すじゃん」
スケール……。まあ良いや。
「ふたりで富士山制覇ができるお守りになるってわけ」
「いや、すぐに食べちゃってよね」
「ちなみに羊羹のほうは富士登山まで賞味期限保つから」
「いや、今すぐ食べるから! ひなたも食べなさいよ!」
強引に富士山チョコを手に取って口へと運ぼうとすると、ひなたが口を開いたので、なんだか恥ずかしくなって、こいつの空いてる左手に乗せた。
「不浄の手じゃん」
なんだかひなたが言った言葉のせいで、わたしの富士山までろくでもないものに見えてきた。
「でもね、あおい。すごく嬉しかったのはほんとうだからさ」
「——だからさ、今度こそわたしたち揃って登ろうぜ。富士山」
「そうだね、ひなた」
暮れかけた夕暮れに、たぶん赤くなった頬は隠せたかなあ。ひなたのそれはわたしにはずっと見えてるけど。
立ち上がったひなたは、その不浄の左手でわたしを引っ張り浮上させる。
「富士山に向けて、なんか叫んでやろうぜ」
ひなたの言葉にわたしも乗せられる。
「待ってなさいよ、富士山ーー!!」
「逆にするとこのふたつ、ちんちんみたいに見えるーー!!」
「女子としてのあらゆるもの、どこに置いてきたのよ!!」
ふじさんとふじょう、どちらにもふじがあるのは偶然なのかな?
わたしは自分を含めたみんなの分の登山のぶじも祈っておきました。
山とひなたにパワーをもらった? 女の子だけのバレンタインでした。
つ・づ・く?
ほんとうに久しぶりに短編かなと言える尺までの小説を書いたので、完成したことに自分でもびっくりです。
あおいとひなたの友情と、その先にある気持ちや富士山へ挑む想いなんかぜんぶを描けたら……などと深い気持ちはありませんでしたが、書いてるうちにいろんな気持ちが乗ったのは、あの作品の懐の深さのおかげだと思います。
またいつか…ヤッホー!!