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吸血鬼令嬢は血が飲めない  作者: 唄うたい
5/7

あなたが分からない

 

 ーーー


 ーー


 スアヴィスはその後、わたくしに対してお仕置きも、危害を加えることもしませんでした。

 ただ元のように、椅子に体を預けてぼうっとするわたくしに甲斐甲斐しく世話を焼くだけ。

 わたくしの長い髪をブラシで梳く彼は、相変わらずの無表情でした。何を考えているのかも分かりません。


「……スアヴィス…。」


 数週間ぶりに口をきいたせいで、掠れた声が出てしまいました。


「…わたくしのこと、本当は憎らしく思ってるでしょう…?

 吸血鬼の敵…聖職者の娘を助けようとして…散々あなたに逆らったわ…。」


「……。」


「…わたくし、もう何もしないわ。何も無いの。

 最初から、あの頃から本当は分かってたのに、わたくしは愚かにも…自分ならできると思ってしまったの…。」


 長いこと栄養を口にしていないせいで、肌も唇もカラカラに乾いています。それなのに、悔しさから涙は滲むのです。

 スアヴィスはブラシの手を止めません。


「…スアヴィス。わたくし、ラクリマと一緒に、我が父のことを退治しようと考えたのよ…。

 こんな裏切り者、生かしておいてはだめでしょう…?」


 スアヴィスの手は止まりません。


「…裏切り者のわたくしのことなんて、あなたの好きにしていいのよ。

 だからお願い、わたくしを……、」


 急に、スアヴィスの手がピタリと止まりました。

 次いで、ブラシが鏡台の上に強めに置かれ、彼は青白い顔をわたくしの顔にグッと近づけてきました。


「!?」


 予想外の行動にわたくしはギョッとします。

 彼は無表情…のようですが、至近距離でよく見ると、瞳が爛々としています。何かを期待するような輝きです。


「本当に、よろしいのですか?」


「…えっ?」


 まさかそんなに迫られるとは思わず、わたくしはビクビクしながら首を縦に振ります。

 彼は獣の生き血を抜くことを躊躇わない男です。とても痛い方法で、わたくしの命を奪うに違いありません。


 …それでもいい。


 ラクリマが死んでしまったのに、役に立てなかったわたくしが生き続ける理由はない。

 …それに、わたくしに対して一度も牙を剥かなかったスアヴィスになら、何をされてもいいと思えました。



「ーーーでは、お嬢様。

 私の血をお飲みくださいませ。」



「……んえ?」


 スアヴィスの提示した要求は、全く予想しなかったものです。

 獣でも、人間でもない。彼自身の血を飲めという。


「…な、なにそれ…。

 でも、わたくし血が…、」


 苦手、と言おうとしたのをスアヴィスが遮り、とても落ち着いた様子で言います。


「お嬢様の幼少期の心の傷は、重々承知しております。

 …ですが吸血鬼の体は、血を飲まねば緩やかに朽ちていく。150年保ったとしても、これから10年、20年後に、突然肉体を失ってしまうかもしれません。


 私の好きにせよと仰るのでしたら、

 “お嬢様を生き長らえさせたい”。

 それが私の望みです。」


「…そんな…。」


 スアヴィスの目は真剣でした。

 一体どんな気持ちで、わたくしを生かそうと考えるのか。彼の心が、分からない。


「幼い頃のお嬢様とのお約束。

 私ならばそれが果たせることを、証明したいのです。」


「え…。」


 幼い頃の、約束。

 スアヴィスとした約束なんて、幼い頃のあの一度きりのはず…。


 それは、わたくしがまだ“人間”だった頃。ヴァンパイア・ロードによってこの城に連れ去られた日のことです。



 ***



 わたくしは我が父の実娘ではありません。

 ごく普通の、僅か10歳の人間の女の子でした。


『……ううっ、う、っ…。

 おとうさま…おかあさま…。』


 ヴァンパイア・ロードの花嫁となるために攫われ、失血寸前まで血を啜られ…眷属として吸血鬼へ変貌させられた憐れな怪物。

 それがわたくし、レギナでした。


『初めまして、レギナお嬢様。

 私は執事のスアヴィスと申します。

 何なりと、お申し付けくださいませ。』


 そんな幼いわたくしが一人前の吸血鬼となるため、世話係に任命されたのが、他でもない執事スアヴィスであり、


『……おねがい…わたしと、ずっといっしょにいて…。

 わたしを、たすけて…。』


 人間から切り離された幼いレギナが、唯一依存できる存在もまた、執事スアヴィスただ一人でした。



『…はい。ご命令とあらば。

 スアヴィスがずっとおそばにおります。

 私が貴女を何者からも守ります。

 お約束です、お嬢様。』



 血を吸われるのは、とても痛くて恐ろしかった。そのことがトラウマとなり、未だに血に対する恐怖心を植えつけたのです。


「……わ、わたくしなんて、このままカラカラに干からびて、朽ち果ててしまうのがいいのよ…。


 …わ、わたくしが、いないほうが…あなただって、自由に……。」


 何一つ思い通りにならないことが歯痒い。スアヴィスの広い胸を弱々しく叩きながら、わたくしはポロポロと涙を零しました。


「…あ、あなたが、分からないわ…。

 …わたくしのことを憐れんでくれるなら、こんな恐ろしい世界から、助け出して…。

 …ラクリマのいない世界で、…我が父に怯えて、それでも生きるなんて…わたくしには耐えられない…。」


『ずっと一緒にいて。』

 あの言葉は、呪縛を望んで言ったわけじゃないのに。


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