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シリウスさん

作者: 南部鞍人


 ぼくはVRゲームをやってる。

 ハンネは、ここでは仮に【ラックル】ってしとく。

 RPGとかの冒険ものじゃなくて、日常系の仮想空間で家建てたり部屋作ったり畑耕したり、アバター同士でボイスチャットするようなやつだ。


 ただ日常系といっても、ときどき運営が配信するちょっと変わったアトラクション系のエリアとか、ユーザーが作って公開しているアイデアハウジングとかに探索に入れる程度の冒険要素があるんだ。

 雰囲気的にはあ○森とかマイ○ラが、とことんリアルVRゲー化した感じかな。マイ○ラはやったことないけど。


 で、そのゲームでとくに仲良くしてるフレンドに【ワチャ】と【シリウス】って人がいたんだ。もちろん、どっちも仮名だ。

 ワチャもシリウスさんも、同性でぼくより年下ってのがわかってて、途中からワチャの方はお互い呼び捨てになったんだけど、シリウスさんは声低めで大人びてるからぼくもワチャもずっと「さん付け」で呼んでた。敬語とかは使わなくなったけど。



 で、あるときシリウスさんの方が


「廃ホテルを作った人がいるらしいから探索行ってみない?」


 って言ってきたんだ。

 夏になると運営企画でもお化け屋敷出したり、ホラーハウス作るユーザーも珍しくないんだけど、シリウスさんが言ってたのは、実在の廃ホテルを再現したところらしい。


 ぼくもワチャも廃墟とかにはわりとロマン感じるタイプだったし、かといって実際の廃墟探索って怖いから行けないから、面白そうだと思って三人でその公開エリアに行ったんだ。


 さっきも言ったけど、あ○森をとことんリアルVRにした感じで、ぼくの場合はゴーグルもグローブも着けてやってるから、力入れて作られたエリアは臨場感がけっこう凄いんだ。さすがにゲームってのは判るけどさ。

 その廃ホテルも、モデルにした実物のを見たことはないけど、外観からして凄いなって思った。壁の黄ばみとか、はってるツタとか、窓の割れ方とか、鉄枠の錆とか。このゲームでここまで作り込めるのかっていうレベルだった。


 ロビーに入ると、やぶれたソファ、床の塵、土産物が中途半端に残された売店とかがすごくリアルで、本当に廃墟探検してるような気分になった。

 さすがに容量的に客室は一部屋が限界だったみたいだけど、案外と整っていたのが、かえって「そのままうち捨てられた感」があってそれっぽかった。ひょっとしたら、作ったユーザーがメインルームにしてたのかもしれないけど。


 ぼくはそういう場所に来ると圧倒されて細かく眺めてゆくタイプだけれど、ワチャとシリウスさんはあれこれと探ってみるタイプだった。

 それでも二人もちょっとタイプが違って、ワチャはテンションあげて走り回ったり、オブジェクトに飛び乗ったりする、ちょっと行儀悪い系。

 逆にシリウスさんは隠されたギミックがないかとか徹底的に調べてゆく観察系で、コリジョン抜けとか、オブジェクトに埋まるとかのバグ探しも好きだった。それはそれで行儀悪いユーザーだな。


 そのときもシリウスさんはロビーのベルを鳴らしたり、カウンターの引き出しを開けたりして「へー」とか言いながら楽しんでたみたいなんだけど、ふっと、


「あれ、動いた」


 って声がしたから、ぼくとワチャが行ってみたら、シリウスさんはエレベーターの前にいたんだよ。


 エレベーターの、箱がある階を教えるランプ(なんて言うか知らないけど)、あれが光ってるんだ。それが上から、1階の方に降りてくる。

 シリウスさん、呼び出しボタン押したらそうなったって言うんだよね。まあ、ボタンがあったらとりあえず押すタイプの人だから、それはいいんだけど。


 ぼくはそのゲームのシステム、全部理解してるわけじゃないけど、ハウジングで使えるオブジェクトとかはだいたいは把握してるわけ。でも、ここまでリアルに動くエレベーターのなんてあったかなって不思議に思ったんだよね。

 てっきり、いろんなパーツを組み合わせてエレベーターそっくりに作っただけの、いわゆるデコイだと思ってたし、そもそも廃ホテルの再現なんだから、エレベーター動かす必要ないはずなんだよ。


 変だな、って思いながらも、そう言う前にチンって音がして扉が開いた。

 なかは廃ホテルのものとは思えない、まっさらな箱だった。

 新品っていうか、汚れ表現とか生活感とかもいっさいない、色が白一色しかないようなツルンってした感じって言ったら分かるだろうか。

 廃ホテルの再現じゃないなっていうのはすぐに分かったけど、じゃぁ作り込めなかったのか、わざとそのまま置いといたのかってのかが分からなくて、その時点で妙な不安をぼくは感じてた。テンション高かったワチャも変な雰囲気を感じてたらしくて、静かになってた。


「入ってみる?」


 って言ったのはシリウスさんだった。

 正直モヤモヤしたのはあったけど、考えすぎだろうと思って、ぼくもワチャも賛成して、3人でエレベーターに入った。

 シリウスさんが中からボタンを押すと、やっぱり扉が閉まって、箱が動いてるような震動が始まった。階数のランプは今度は地下に降りてる。


「地下なんて作れたっけ?」


「出来ないことはないと思うけど」


 ワチャとシリウスさんがそう話してる短い間に、エレベーターは地下2階で止まって、扉が開いた。


 その先は、真っ暗だった。

 照明がないとか、部屋全面黒塗りとかじゃなくて、ほんとうの真っ暗闇。そういうのが目の前に現れると、VRゴーグルだと本当ににゾクッとくる。

 ワチャもぼくと同じでゴーグルだから、「うわ?え?え??」って感じでけっこう混乱してた。

 コリジョン抜けした先にあるエリア外の、いわゆる亜空間だというのはピンときた。


 でも、それならこのエレベーターは確定でコリジョン抜けができるってことになる。それってゲーム的にまずいんじゃないかとは、この時点ですでに思った。

 よくこんな建築が運営に認可されて公開エリアに載ったな。運営のチェックもすり抜けたんだろうか。とか、疑問はいろいろあったけど、そのときは怖さ半分、興味半分のせいで、突き詰めて話題にしようとはしなかった。


「亜空間じゃん。『○○○』(このゲーム)だと初めて見るわ。どうやってんの」


 シリウスさんだけが感心して扉から身を乗り出して辺りを見回す。


「え、気になる。ちょっと出てみる」


「え、やばいくない? 落ちない?」


「んー大丈夫だよ。試してみない?」


 シリウスさんが誘ってきたけど、ぼくは断った。正直いうと暗闇が嫌いだったし、落ちるって心配したのは亜空間にアバターが落下することだけじゃなくて、ゲーム内で想定外の動きをぼくらがすることで、サーバーが落ちるかもしれなかったからだ。


「ワチャくんは?」


「いや……俺もやめとく」


 実のところ、ぼくもワチャもこの時点で「何か変だ」と感じていた。うまくいえないけれど。

 かといって、シリウスさんを止めるのも気まずくて、出来なかった。


「そう……じゃ、ごめんけど、ちょっと待ってて」


 そう言って、シリウスさんがエレベーターを降りた。

 すると、その姿がスッと闇の中に吸い込まれるように消えた。


 その瞬間、エレベーターの扉がものすごい速さでシャッと閉じて、ぼくとワチャは天井を突き破って上にビュッって飛ばされた。シリウスさんが消えてから1秒もかかってなかったと思う。

 二人して「え?え???」ってなったときには、そこは廃ホテルのエレベーターの前だった。箱のなかですらなく、扉の前。

 エレベーターはもう動いてなかった。


 ぼくもワチャも何が起こったのか分からなかったけど、とにかくシリウスさんが無事かどうか確認するためにフレンドリストからシリウスさんに呼びかけてみた。

 シリウスさんはログアウト状態になっていた。


 回線落ちしたなと思って、ぼくらはそのまま、シリウスさんが復帰してくるのを待った。

 けれど、シリウスさんは戻ってこなかった。

 その前にぼくらがそこから出ることになった。


 ボタンを何度押しても、エレベーターは二度と動かなかった。

 よくよく観察して、ぼくもワチャも背筋が凍り付いた。

 よく見たら、それは別々のオブジェクトを重ねてエレベーターそっくりに作ったデコイだった。


ぼくたちはパニックになって、そのエリアから逃げるように、ロビー(ゲーム内のフリースペースのほう)に入った。

 自分たちが体験したことも信じられなかったけれど、とにかくシリウスさんがどうなったのか心配で、ぼくはワチャと相談してツイッ○ーからシリウスさんに連絡を取った。

 このゲームだけじゃなくて、彼とは別ゲーや日常ネタとかでもよく絡んでいた。

 けれど、SNSやトークアプリを使っても、シリウスさんからは反応が来なかった。


 不安にはなったけれど、Wi-Fiがイカれたとか、シリウスさんの周辺で大規模な電波障害が起きたとかいう可能性も否定できなかった。ぼくらはいったん解散して、もう少し待つことにした。

 けれど1日待ってみても、リプも来ないし、既読すらつかなかった。


 これは本当に何かあったかもしれない。以前、音信不通になったユーザーの身を案じてフレンドが通報したら、本当に倒れていたという話も聞いたことがあったから、ぼくはワチャと相談して警察に電話し、シリウスさんの件を話した。

 けれど、ネット上の友人ということで、警察もあまりいい反応はしなかった。失踪届ということで受理されはするが、住所や、現実に関係のある人が分からなければ、基本的に待つ以外に手はないと言われた。

当然と言うべきか、ぼくもワチャも、シリウスさんの住所も、リアフレも知らなかった。



 もやもやした気持ちのまま、ぼく達はそれまでの生活を続けた。結局シリウスさんは戻ってこなくて、彼がアカウントだけ残して失踪したらしいというのは、つながりのある界隈でも噂になった。

 例の廃ホテルは相変わらず公開されていたが、エレベーターが動いたとか、亜空間に入ったとかいう話も、ユーザーが消えたという話もなかった。


 けれどそのうち、ゲーム内の別のフレンドから、へんな話を聞いた。

 例の廃ホテルを作ったユーザーが、実はシリウスさんのサブ垢かもしれないという話だ。

 そのユーザーも、シリウスさんが失踪したのと同じ日から活動停止してるらしい。ほかのひとと関わりを持ってなかったのもあって、ツイッ○ーとかでの活動を知っている人は皆無だった。


 もしその話が本当なら、シリウスさんはぜんぶ偶然を装って、自分が作ったハウスにぼくらを誘い、エレベーターを動かし、亜空間に入って見せたことになる。

 その噂をワチャに話すと、


「ラックル、あのときの動画、アップしてもいい?」


 と聞いてきた。

 ワチャは配信もやってるから、遊んでいるときはだいたいレコーダーを回している。当然、あのときの映像も保存していたし、それはぼくも知っていた。


 シリウスさんが消えてから1ヶ月近く経っていて、ぼくたちは彼の身が本当に心配だった。ひょっとしたら、動画を使って運営に不正行為を告発することで、逆にシリウスさんの安否が分かるかもしれないとも思った。


 問題のエレベーターでの現象を、「これは不正行為です。けれど、これ以来シリウスさんが音信不通で心配しています。近況を知っている人がいたら教えてください」というコメントも付けてワチャがアップし、ぼくもそれをSNSで何度も拡散した。

 動画はかなりの閲覧数を稼いでコメントも多くきたが、シリウスさんの安否に繋がるような情報は結局来なかった。



 そうして、また半月が過ぎたころ、今度はぼくのスマホに警察から連絡が来た。シリウスさんの居所が分かったらしい。


 結論から言うと、シリウスさんという人は存在していなかった。

 シリウスというキャラクターはヴァーチャルの住民だろ、とかいうのではなくて、シリウスという名でアバターを使い、SNSも利用していた人間は、現実世界のどこにも(・・・・・・・・・)存在していなかった(・・・・・・・・・)んだ。


 これはあとからワチャに聞いた話だけれど、アップした動画が発端になって、運営がシリウスさんのアカウントを調べたところ、「深刻なアカウント偽造」が発覚したらしい。

 それで警察に届け出が出され、本格的に捜査されたということなのだが、問題のアカウント偽造の詳細までは教えてくれなかったらしい。


 登録されていた住所にはずっと昔から誰も住んでなくて、使われていた端末も特定できなかったらしい。それで警察はぼくやワチャから、シリウスさんの情報を聞き出そうとしていたようだ。ひょっとしたら偽造の共犯と思われていたのかもしれない。 



 結局、シリウスさんが何者だったのかは今も分かっていない。

 不思議なのは、垢偽造なんてやったら、普通はBANされて当然のはずが、シリウスさんのアカウントがまだゲーム内に存在していることだ。

 ただし、廃ホテルのほうは公開を取り消されていた。それを作ったアカウントがシリウスさんの別垢だったかは運営に問い合わせても教えてくれない。


 シリウスさんが闇に消える前に、「試してみない?」「ワチャくんは?」と言ってぼくらを誘った件については、動画をアップしたときにも話題になった。

 あの亜空間に通じているエレベーターをシリウスさんが作ったのなら、彼はぼくらをどこへ連れてゆく気だったのか。


 それよりも、ぼくとワチャが気になっているのは、シリウスさんの最後の言葉だ。


「そう……じゃ、ごめんけど、ちょっと待ってて」


 期待半分、不安半分に、ぼくとワチャとは今も一緒に遊んでいる。


 誘いを断ったぼくらに「そう」と返したシリウスさんの声が、どこか寂しそうだったから、ひょっとしたら本当に帰ってくるかもしれない。


 お読みいただきありがとございます。


 本作は都市伝説の変遷を語るYouTube動画を見ながら思いついた話をバババッと書いてみたものです。

 ネット掲示板に投稿されたような雰囲気を出すために、いつもの私とはまた違う文章の書き方を試してみました。読みづらい場合は申し訳ありません。

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