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92.帝都への道


 村で一泊して疲れを取った……ように見えて、夜遅くまで運動をしてかえって疲れてしまったため、昼過ぎまでじっくりと休んでから帝都への旅を再開させた。

 精魂尽きたカイムが宿でグッタリとしている間に女性陣が食料などの物資を補充し、ついでに馬と馬車も購入した。

 手に入れた馬車は屋根も壁もついていない簡素なもの。雨風を防げるような上等なものではない。

 とてもではないが皇女が乗るようなものではなかったが、小さな農村ではそれ以上の品質のものは用意できなかったようだ。


「ここから帝都までは目と鼻の先ですから、これで十分でしょう。人目を誤魔化すこともできるでしょうし」


「うう……姫様をこんな貧相な馬車にのせることになるだなんて。何て、おいたわしい……」


 荷馬車にチョコンと座ったミリーシアの姿に、レンカが崩れ落ちて涙を流している。


「……さんざん悪路を歩かせ、野宿までしておいて今さらだろうが。徒歩でないだけマシだろうが。お前のとこの姫さんは逞しいから大丈夫だ」


 宿屋で休んで体力を回復させたカイムが呆れ返る。

 ミリーシアもこの旅の中ですっかり(たくま)しくなっていた。もはや箱入りのお嬢様だった彼女は何処にもいない。

 最近では野営の準備にも意欲的になっており、天幕を張ったり、火を起こしたりする方法も覚えたくらいだ。


「荷台に詰めれば、どうにか三人は座れそうですわ。残りの一人は……」


「私は御者台に座るから問題はない。馬を扱った経験があるのは私くらいだろうからな」


 ティーの言葉に、落ち込んでいたレンカが立ち上がる。


「とはいえ……できれば途中で交代してもらいたいから、他の者にも覚えてもらいたいのだが……」


「俺が覚えよう。やってみたい」


「ティーもやりますわ。従者として主だけに働かせるわけにはいきませんので」


 カイムとティーが挙手をする。

「だったら私も……」とミリーシアも手を挙げかけるが、レンカが世にも悲しい表情をしたため、仕方がなく挙げかけていた手を下ろす。

 本当に今さらであるが、皇女であるミリーシアに馬車を操縦して欲しくないのだろう。


「御者台には二人くらいなら座れる。馬の操縦を教えるから、交代で御者を務めるとしよう。姫様はリコスの面倒をみていてくれ」


「……いいですよ、わかりました」


 ミリーシアがどこか拗ねたように言って、すでに荷台に乗り込んでいるリコスを背中から抱きしめた。

 リコスはされるがままに抱きしめられながら、おぼろげな目で馬車につながれた馬を見つめている。


「……ジュルリ」


「……食うなよ。食料として買ったわけじゃないからな?」


 狼に育てられた幼女は食べ物を見る目で馬を見つめている。

 いったい、この幼女は森でどんな食生活を送っていたのだろうか? カイムはリコスから目を話すまいと心に決めて、御者台へ乗り込んだ。


 その後、カイムら一行は交代で馬車を操縦しながら、帝都に向けて進んでいった。

 途中の村で水や飼料を補充したものの、ミリーシアがお尋ね者として手配されている可能性もあるため、宿泊することはせずに野営で夜明かしをする。

 途中で大雨に降られ、木陰で立ち往生を強いられることはあったものの……四日目の昼には目的地に到着することができた。


「あれが帝都……ガーネット帝国のお膝元か!」


 街道の先に見えてきたのは巨大な城壁に囲まれている都市である。

 これまで見てきたどんな町よりも大きい。外からでは城壁に阻まれて中を覗くことはできないが……城壁よりも高い尖塔の一部が頭を覗かせているのが見えた。


「ん……!」


 馬車の荷台で立ち上がったカイムの身体によじ登り、リコスを大きく目を見開いている。

 森の中の生活ではお目にかかれない巨大な建築物を目にして、カイムとリコスはそろって感動していた。


「なんてデカさの町だ……ああ、畜生! 余裕があったら観光したかったのに!」


 今回の帝都への来訪はミリーシアを送り届けるという目的がある。

 帝国は現在、皇帝が病床に臥せっていて、苛烈な後継者争いの真っ最中。ミリーシアのことを狙っている人間がいるかもしれないし、ゆっくり見て回る時間がないのが口惜しくて堪らなかった。


「全ての問題が片付いたら、ゆっくりと観光いたしましょう。その時は私が案内させていただきます」


 微笑ましげな表情でミリーシアが言う。

 帝都の城壁を見つめるミリーシアの表情は何処か複雑そうで、故郷に帰ってきた喜び以外にも様々な感情を内包しているようだ。

 そんな顔を見てしまうと、無邪気にハシャイデいた自分が恥ずかしくなってくる。カイムはコホンと咳払いをして荷台に座り直す。


「それで……帝都に戻ったら、どうするつもりだ? 城にでも行くのか?」


「もちろん、城に帰るつもりです。そこにアーサーお兄様がいるはずですから」


 ミリーシアの目的は第一皇子であるアーサーと接触して、弟皇子のランスと戦いにならないように説得するためである。


「ランス兄様はまだ帝都にいるのでしょうか? それとも、もう帝都を脱出してしまったのでしょうか?」


 ギルドマスターが言っていた……ランスがアーサーとの決戦のため、帝都を脱出して自分の領地で武装蜂起しようとしていると。

 もはや時間に猶予はない。一刻も早く二人の皇子を説得して、内乱が勃発するのを防がなくてはいけなかった。


「そうか……まあ、好きなようにしたらいいさ。俺はお前に雇われた人間だ。協力はしてやるよ」


 カイムがミリーシアからそっと顔を背けた。

 正直、カイムはミリーシアの説得が上手くいくとは思っていない。

 もしも言葉で留められる程度の拳であれば、最初から振り上げることなどなかっただろう。


(家族の絆なんてその程度のもんだ。血が水よりも濃いだなんて限らない。父親が息子を殺そうとすることだってあるくらいだからな)


 カイムは父親――ケヴィン・ハルスベルクの顔を思い浮かべる。

 ケヴィンは長年、実の息子であるカイムのことを冷遇し続けており、『毒の王』となったら、躊躇うことなく殺そうとした。

 カイムは家族の愛情を信じない。そんなものは利得の前では砂の城のように脆いものなのだ。


(とはいえ……指摘はしないさ。『カイム・ハルスベルク』が失敗したからといって、ミリーシアが失敗すると決まったわけじゃない。一国の命運がかかっているとなれば、なおさら諦めることなんてできないだろうよ)


「それじゃあ……その前に、まずは城門を無事に突破しないとな。まずは帝都の中に入らないと話にならない」


 城壁の前には長蛇の列ができており、大勢の旅人や行商人が並んでいる。

 どうやら、兵士が都に入る人間を審査しているらしい。あそこを突破しなければ、アーサーに会うなど夢のまた夢だ。


「皇女様だから顔パスで通してくれるか。それとも、止められて妙なことになってしまうか……」


 現時点でアーサー皇子がどこまでミリーシアを警戒しているかはわからない。城門にいる衛兵が誰の下についているかもわからない。

 だが……最悪の場合、捕まってそのまま投獄なんてことも有り得る。

 カイムの言葉にレンカが腕を組み、難しそうな表情になった。


「うーん……城門を警備しているのは騎士階級、あるいは平民階級の兵士のはず。いきなり姫様を捕らえるような無礼者はいないと信じたいが……」


「がう、出たところ勝負ですの。ミリーシアさんの人望が試されますわ」


「じ、人望などといわれると自信が無くなってしまいますけど……捕まってしまっても、怒らないでくださいね?」


 ティーの言葉に眉尻を下げ、ミリーシアは困ったように首を傾げるのであった。


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