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86.魔境の主

「…………!」


 背筋を刺す鋭い戦慄。その瞬間がやってきたことはすぐに理解できた。

 最初にそれの存在の出現に気がついたのはカイムである。優れた五感を有する獣人のティーやロータスよりも先に、『それ』が接近していることを察知した。


「下がれ! 俺の後ろに!」


「ひゃうっ!?」


 強者のみが持ちうる直感のようなものが働いたのだろうか。カイムは誰よりも先にその存在に気がついて行動を起こす。

 前を歩いていたロータスの肩を掴み、力任せに後ろに放り投げた。


「がうっ!?カイム様!?」


「来るな! 全員、下がれ!」


 ロータスを受け止めたティーが驚いて声を上げるが、カイムは振り返らない。

 この存在を前にして視線を背けるなどという愚を、どうして犯すことができるだろうか。


「なっ……!?」


「ふえっ……?」


 直後、それは目の前に現れた。音も匂いも前兆は何もなかった。

 悠然とした王者の風格を漂わせ、地面に落ちている木の枝の一本すら折ることなく、枝葉を震わせることもなく眼前に君臨する。


「リュカオン!? しょれも『長』が出てくるなんちぇっ!?」


 地面を転がるロータスが泡を食ったように叫ぶ。

 何の気配も生じることなく出現したのは体長三メートルほどの狼である。

 白い体毛。赤い瞳。丸太のように太い手足で森の地面を踏みしめる姿はどこまでも雄々しく、恐ろしい外見でありながら、どこか神々しさすらある。

 そして……逆立つ太い体毛の一本一本から強烈な威圧感を放っており、圧倒的強者たる存在のオーラを全身に纏わせていた。


 森の主――『リュカオン』

 強力な動植物が日夜、生存競争を繰り広げている魔境。その生態系の頂点に君臨している巨狼の顕現である。


「『リュカオン』は『侯爵級』の魔物と聞いていたが……話が違うな」


 目の前に現れた巨狼から意識を外すことなく、カイムがそっとつぶやいた。

侯爵級(マーキス)』は複数の冒険者パーティーが共同して立ち向かい、ようやく討伐することができる魔物だと聞いている。

 だが……目の前にいる怪物はそんなレベルを優に超えていた。

 数百、数千の騎士や兵士が立ち向かっても叩き潰せそうなほどの強者のオーラを、カイムは鋭敏に感じ取っている。


「…………!」


「…………」


 実際、カイムを除いた面々は言葉を失って立ちすくんでいる。

 声を発したら狙われるかもしれないという(さか)しさからではなく、圧倒的な威圧感に飲み込まれているのだ。

 それでも……唯一、この森に精通した案内人であるロータスだけがどうにか言葉を絞り出す。


「そ、それはリュカオンを束ねている群れの長でしゅっ! 他のリュカオンよりもずっとずうっっっと強いでひゅっ!」


「群れの長……なるほどな、道理でおっかない面をしていると思ったぜ」


 カイムは納得して頷いた。

 リュカオンというのは、この魔境に生息している狼種の魔物を指している。

 正確な生息数は明らかになっていないが……冒険者ギルドの見立てでは、五十から百頭ほどが生息しているのではないかと言われていた。

 広大な森の面積を考えるとかなり少ないのだが……リュカオン一頭一頭が『侯爵級』の力を持っているとなれば、むしろ多すぎるくらいだ。


「この狼はリュカオンの群れの長……強さは『公爵級(デューク)』というところか……強いな」


 かつてない強敵の登場にカイムの背中にも汗がにじむ。

『公爵級』は一軍の騎士団が討伐隊として派遣されるレベルの魔物であり、『毒の女王』のような『魔王級(ロード)』に次ぐ強さである。

 カイムは『女王』の力を継いではいるものの、その力を万全に使いこなせるとは言えない。目の前の巨狼は現在のカイムよりも明らかに格上の敵と言えるだろう。


「昨晩の気配と似ているが……少し違うな。アイツは狼どもの斥候だったのかな?」


『グルルルルル……』


「ん……?」


 巨狼が唸り声を漏らす。

 地の底から響いてくるような重低音だったが……ふと耳の奥に響いてくる声音があった。


『強き者よ。ここを通りたくば力を示しなさい』


「この声は……?」


 まさか……目の前の狼が喋っているというのか。

 それが人間の言葉ではないはずなのに意味が理解できてしまう。いったい、どういう理屈だというのだろう。


「……急に現れて力を示せとは勝手な奴だ。ナワバリに入ったわけでもあるまいに」


 ロータスは優秀な案内人だ。

 森を案内するにあたって、もちろんリュカオンのナワバリは避けてきた。

 かといって、目の前の巨狼の目に『飢え』はない。カイムらをエサとして狙ってきたわけでもなさそうだ。


「ナワバリを荒らしたわけでもなく、捕食しにきたわけでもない……つまり、俺達は因縁を吹っかけられて喧嘩を売られているわけだ」


 カイムは一歩、前に進み出た。

 喧嘩を売られているというのであれば是非もない。

 積極的に戦いたい相手ではないのだが……戦わなければ、前に進めそうもない。


ってやるよ。かかってこい!」


 カイムの全身から膨大な魔力があふれ出た。

 溶岩の噴出のように噴き出した『毒』の魔力により、森の木々が枯れて地面は腐食していく。


「きゃあっ!」


「に、逃げますよっ!」


 同行している四人の女性が木々の影に逃げていくのを尻目に……二匹の『怪物』は真っ向から対峙する。


『毒の王』と『魔境の主』


 常識外れの怪物と怪物の喰い合いが、まさに始まろうとしていた。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] >白い体毛。赤い瞳。丸太のように太い手足で森の地面を踏みしめる姿は 狼なので手足ではなく四肢とか脚(四脚)の方が良いのではないでしょうか リュカオンが人型にもなるのであれば話は別です…
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