85.深層
翌日、翌々日も同じような一日が続いた。
ロータスの案内で森を進んでいき、魔物が出たらカイムらが対処する。それの繰り返しだった。
例の気配の主とは初日の夜以来、遭遇していない。
カイムのことを敵としてみなしているのかも不明だが……油断はできないだろう。
「そ……それでは、これから『深層』に入りましゅっ!」
そして、『リュカオンの森』で過ごす四日目の朝。
ロータスが緊張に満ちた噛み噛み口調で宣言をした。
三日間の旅路によって森の中層を踏破して、いよいよ森の深部に足を踏み入れることになったのだ。
中層よりもさらに危険度は跳ね上がるが……ここを抜けなければ帝都にはたどり着けない。
森の深層の景色は中層とはさらに様変わりしている。
木々の大きさが倍以上も高くなっており、おまけに幹や枝は金色。葉は銀色に輝いていた。濃厚過ぎる魔力によって、植物が突然変異を起こしているのだ。
「『深層』に入るわけだが……ロータスの方から、何か注意事項はあるか?」
「ありましぇん。なにも」
カイムが問うと、意外な返答が返ってきた。
「ないって……命綱は? 人を迷わせる動植物はいないのか?」
レンカが怪訝そうに訊ねると、ロータスがプルプルと首を振った。
「中層は魔物との騙し合い、自然との戦いでしたです……だけど、深層はとにかく強い魔物との戦いでしゅ」
ロータスが言うには……魔境の深層部分にはとにかく強い魔物が生息しており、弱い魔物は生息することができないのだ。
『散歩する木』なども生息することができず、ここから先にはいないらしい。
「森の主……『リュカオン』もここにいるでしゅ。深層を抜けるために必要なのは圧倒的な強さか、強者の目から逃れる潜伏能力でしゅ……」
ロータスだけならば、潜伏能力でリュカオンをはじめとした魔物をやり過ごすことができるのだろう。
だが、カイムらが同行しているために隠れることができず、魔物と戦って強引に押し通らなくてはいけなくなってしまった。
ロータスも怯えた様子で小刻みに震えている。その姿は捕食者を前にしたウサギそのものである。
「怖い思いをさせてごめんなさい……だけど、私達はどうしても帝都に行かなくてはいけないんです……」
「君のことは私達が守って見せる。だから、このまま案内をして欲しい」
ミリーシアとレンカが労わるように言うと、ロータスが震えながらも頷いてくれた。
どうやら、この数日で多少なりとも信頼関係ができたようである。顔色は悪いが足取りに迷いはない。
「心配せずとも、お前に怪我をさせるつもりはない。魔物が出てきたら……」
『シャアアアアアアアアアアアアアアッ!』
「俺が対処する……こんな風にな」
地面から飛び出してきたのは巨大なミミズの化け物。
人間を丸呑みできそうなほど巨大な口を開いて襲いかかってくるが……その長い身体が一瞬で輪切りにされた。
闘鬼神流、基本の型――【青龍】
カイムが圧縮した魔力を刃に変えて振るい、ミミズの化け物をズタズタに斬り裂いたのである。
「『タイラント・ワーム』……深層の魔物を、一瞬で倒しちゃったでしゅ……」
「ああ……コイツが深層の魔物なんだな。それなりに強いとは思うが、この程度なら対処できそうだ」
カイムは特に勝ち誇るでもなく、当然のように頷いた。
実際、そこまで強いとは感じなかった。ただ大きいだけである。
「その大きさが厄介なんでしゅけど……」
「あー……カイム様だから、しょうがないですの」
「カイムさんですからねえ……」
「私達ならば普通に苦戦していた……気にしない方が良い」
立ち尽くしているロータスに、他の三人が慰めるように声をかける。
カイムの無茶苦茶な強さにはもはや慣れっこだった。今さら驚いていてはキリがない。
「カイムさんがいれば大丈夫です。大船に乗ったつもりで行きましょう」
「……わかりました。でしゅ」
ミリーシアに背中を押されて、ロータスが前に進み出る。
こうして、カイム達は森の深部へと足を踏み出した。
ここを超えれば帝都まではあと少し。ミリーシアを帝都に送り届ける旅にも終わりが見えてきた。
だが……カイムらはすぐに知ることになる。自分達の旅が順風満帆に終わるわけがないということに。
森の深層に足を踏み入れてから数時間後。
カイムらは森の主である大いなる魔物――『リュカオン』と遭遇することになるのであった。
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