83.魔境の戦い
『グオオオオオオオオオオオオオッ!』
見せ場はすぐにやってきた。
ロータスを先頭に進んでいる一行の前に樹上から大きな影が飛び降りてくる。
「ふひゃあっ!」
ロータスがすぐさまカイムらの背後に回り込む。恐るべき早業である。
「危機管理能力が高くて結構なことだ。こっちも安心して戦闘に専念できるな!」
目の前に現れたのは黒い体毛を身にまとった大猿だった。
三メートルはあろう巨体。何故か頭部は二つあり、両腕も二本ずつある。
「『ツイン・コング』でしゅっ……凄い怪力だから、まともに戦ったらダメです……!」
「そうかよ、了解した」
「あっ……」
適当に手を振り、カイムが前に進み出た。
双頭四腕の大猿がギロリと真っ赤な瞳をカイムに向けて、勢いよく飛びかかってくる。
四本の太い腕が車輪のように回転して、無数の乱打をカイムの身体に浴びせかけた。
『ゴアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
「ああっ!」
ツイン・コングの咆哮が森に轟く。惨劇を前にして、ロータスが両手で顔を覆った。
しかし……そんな少女の肩にティーが手を置く。
「がう、大丈夫ですわ。良く見てくださいな」
「ふえ……?」
ロータスが恐る恐る両手をどけると……そこには無数の乱打を浴びせられながら、平然と立っているカイムの姿があった。
「なるほど、パワーはそこそこ。四本腕の不規則な攻撃は予測しづらいし、それなりに厄介。『伯爵級』というところか」
冷静に相手の力を推し量りながら、圧縮した魔力を集中させた両腕で相手の攻撃を捌いている。
闘鬼神流基本の型――【玄武】
防御に特化したその技の応用である。
集中させた圧縮魔力によってカイムの腕は鋼鉄以上の硬度となっている。一部の個所に魔力を集中させているため、他の部位を攻撃されたら大ダメージは免れないが……もちろん、そんな愚を犯しはしない。
「防御しながら敵の動きを観察。そして、浴びせられる攻撃の間隙を縫うようにして……穿つ!」
カイムは静かな眼差しで相手の攻撃を観察し、そのリズムとパターンを見極める。
そして、四本の腕から繰り出される打撃の隙間を通すようにしてカウンターの一撃を放った。
「【蛇】!」
防御に特化した技である【玄武】。そこから繋げられるカウンター技、それが【蛇】。
ひたすら防御に徹しながら相手の動きを見極めて、生じた隙を縫って起死回生の一撃を放つ技である。
綱渡りじみた攻防の中で繰り出された手刀、そこから蛇のように伸びた圧縮魔力がツイン・コングの首に突き刺さった
『ゴアッ!?』
あらゆる生物にとっての急所である首に鋭い一撃を受けて、ツイン・コングがのけぞった。首からブシュリと鮮血が噴き出す。
『ゴオオオオオオオオオオオオッ……!』
それでも、ツイン・コングの眼光に衰えはない。
身体が大きな分だけ生命力も強いのだろう。カウンター攻撃を受けてもなお、カイムに向けて激しい敵意を放っている。
「やる気満々のところを悪いが……もう終わっている」
『ゴアッ!?』
カイムが冷たくつぶやいた。
同時に、ツイン・コングの巨体が揺らいだ。
まるで酔っ払いのようにふらつき、その場に膝をつく。
「俺の魔力を受けてタダで済むと思うなよ。それは猛毒だ」
『ゴ、ア……』
ツイン・コングの二つの頭から同時に血が吐き出される。瞳が真っ赤に充血して、まるで眼球が破裂したかのように血の涙が流れた。
『ご…………ア……』
巨体がズシリと音を立てて地面に沈み、そのまま動かなくなった。
「それなりに強かった。さすがは魔境の魔物というところか」
「すごい、でしゅ……本当に勝っちゃったです……」
後方で戦いを見守っていたロータスが呆然とつぶやく。
ロータスにしてみれば理解を超えた光景だろう。巨大な大猿の打撃を雨のように浴びて、さらにカウンターの一撃で相手を倒してしまうだなんて。
「すごいでしょう? これが私達のカイムさんです!」
「がう、ご主人様は強いですの!」
「…………」
ミリーシアとティーが自分のことのようにエヘンと胸を張って自慢する。
レンカは無言であったが、胸の前で腕を組んでうんうんと頷いていた。
「御覧の通り。戦闘に関しては俺達が請け負うから問題はない。君はあくまでも案内に専念してくれ。魔物は倒せても、迷って行き倒れになったら敵わないからな」
「わ、わかりましちゃ……」
ロータスは相変わらずの噛み噛みで、何度となく頷いたのであった。
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