80.兎耳の案内人
本作がHJ小説大賞前期に入選いたしました!
これも皆様の応援のおかげです。心より御礼申し上げます!
ガーネット帝国第二皇子――ランス・ガーネットが政敵である兄に追い詰められ、帝都から脱出しようとしている。
ランスは兄に武力で立ち向かうべく手勢を結集させており、自分に与えられている領地で一斉蜂起の準備をしているそうだ。ギルドマスターによると、その情報はまだごく一部の者だけが知っているもの。信憑性も怪しい。
だが……無視するにはあまりにも重大すぎる情報である。兄を慕っているミリーシアであればなおさらのこと。
「カイムさん、一刻も早く帝都に向かいましょう! 兄達の争いを止めるのです!」
ギルドマスターから話しを聞くや、ミリーシアがカイムの腕に縋りついて訴えてくる。
場所はギルドの応接室。ギルドマスターが約束の案内人を呼びに行く間、カイムと仲間達が部屋に残されていた。
「帝国人同士で争うなど、あって良いことではなりません! どうにかして、内乱の勃発だけは止めないと……」
「落ち着けよ……そもそも、どうやって兄弟喧嘩を止めるつもりだよ。お前が帝都にたどり着いたら、二人の皇子は争いをやめてハグでもするのか?」
「それは……」
カイムの言葉にミリーシアが言葉を噛んだ。
そんなわけがない。そうであるならば……ミリーシアは最初から隣国に亡命などしていないのだから。
「皇子を二人ともぶちのめして、お前が女帝になるのか? そうじゃないんだろ? 具体的にどうするかも決まっていないのに焦ってどうするんだよ」
「…………」
ミリーシアが唇を噛んで黙り込む。冷や水のような言葉を浴びせられ、冷静さを取り戻したようである。
「そうですね……まずはどのようにして、兄の戦いを止めるかを考えなくてはいけません。ごめんなさい、気持ちばかりが逸ってしまったようです」
「別に構わないさ。いかに森をショートカットできるとはいえ、旅はまだ長い。道中でゆっくり考えたらいいさ」
「はい……そうさせていただきます」
ミリーシアが神妙な面持ちで両手を合わせる。
ギルドからの依頼によってアンデッドに支配された村を解放したわけだが……その報酬により、『リュカオンの森』を突っ切るために必要な案内人を紹介してもらうことになっていた。
案内人がいなければ森を迂回することになり、かなりの遠回りを強いられてしまう。先を急ぎたいカイムら一行には致命的である。
やがて応接間にギルドマスターが戻ってきた。
スーツ姿の美女の背中から、ちょこんと小さな顔がこちらを窺っている。
「は、はじめましてっ! よろしくお願いしまひゅっ……」
ギルドから紹介された案内人はいきなり噛んだ。
舌を噛んだ口元を両手で押さえ、涙目になって悶絶する。
「……これが案内人か? 本当に?」
カイムが疑わしげに目を細める。
ギルドマスターによって連れてこられたのはカイムの腰ほどまでしか背丈のない少女だった。
丈夫そうな作りの上着に半ズボン。背中には大きな背嚢を背負っており、頭部から垂れている二つの垂れ耳。
明らかな獣人である。少女の動きに合わせて、ショートカットの髪の毛と同色の耳がひょこひょこと揺れていた。
「あら、この子はウチのギルドで一番優秀なサポーターよ。実力は保証するわ」
サポーターというのは直接的な戦闘をすることなく、他の冒険者の支援を専門にしている者のことだった。
荷物を運んだり、野営や食事の準備をしたり。戦闘中にはアイテムを使って仲間を支援する場合もある。
「この子はお爺さんの代からリュカオンの森で狩りや採取をしていて、森の内部を知り尽くしているわ。この子以上の案内人を用意することは不可能ね」
「ろーたひゅでふ。おねがいしましゅ……」
「…………」
ギルドマスターから実力を保証された案内人が自己紹介をしてくる。
噛み噛みで良く聞こえなかったが、おそらく『ロータス』と名乗ったようだ。
「まあ……実力があるのなら何でも構わないけどな。子供だろうが老人だろうが」
「よろしくお願いします……ごめんなさいね、私達の都合に巻き込んでしまって」
ミリーシアが申し訳なさそうに言うと、ロータスが首を左右に振った。その動きに合わせて黒いロップイヤーもブンブンと揺れる。
「だ、だいじょうぶですっ、気にしないでくださいっ!」
「がう、可愛い子ですの。撫でてあげたくなりますの」
「ひいっ!?」
ティーが近づこうとすると、ロータスが勢いよく跳ねた。
小さな黒い影が室内を駆けていき……瞬く間に、応接間のソファの後ろに隠れる。
「お、おお……速い?」
「逃げられましたの! どうして逃げるんですの!?」
「あー……ごめんなさいね。この子ってばとても臆病な性格なのよ。兎の獣人だから、他の獣人が怖かったのかもしれないわね」
「ああ……捕食者だもんな。そりゃあ怖がるか」
ティーは虎の獣人であり、兎にとっては捕食者にあたる存在である。獲物の本能として即座の離脱を選んだのか。
「そんな臆病な奴に危険な森の道案内ができるのか? 子供を連れていくだなんて心配なのだが……」
隠れているロータスを見て、レンカも呆れたように苦言を呈する。
高潔な女騎士としては、危険な場所に子供を連れていくことが心配なのだろう。
「あらあら、仕方がないわね」
ギルドマスターは苦笑しながら隠れたロータスの背嚢を掴んで、カイムの方に引っ張ってくる。
「あうう……」
「くどいようだけど……この子のサポーターとしての腕は本物よ。森だって誰よりも詳しいわ。臆病で逃げ足が速いのはそれだけ危機察知能力が強いのだと思って頂戴。心配しなくても依頼主を置いて逃げたりはしないわ」
「そうだと良いんだがな……」
カイムは無理やり引っ張ってこられたロータスを受け取る。
かなり不安があるが……先ほどの逃げ足を見る限り、みすみす死ぬことはないだろう。
(俺達の都合に巻き込まれて死んだりしないのなら、何だって構わない。目の前で死なれたりしたら、俺はともかくミリーシアは落ち込むだろうからな)
「とりあえず……これの面倒はティーに任せるか」
「任されましたの!」
「ひゃああああああああああ~!?」
カイムは悲鳴を上げるロータスをティーに押しつけ、用は済んだとばかりに応接室から出て行くのであった。
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