幕間 首狩り
本作が第3回HJ小説大賞に入選しました!
これも皆様の応援のおかげ。心より御礼申し上げます!
side ロズベット
時間は数日前までさかのぼる。
カイムらと一緒に馬車に同乗していた殺し屋――『首狩りロズベット』は、憲兵の襲撃によって馬車から降りることになり、街道の真ん中で途方に暮れていた。
ネイビーブルーの髪を編み込み、フードで隠している小柄な少女――ロズベットは憲兵の死体を見下ろして溜息をつく。
「やれやれ……馬車から降ろされてしまったわ。参ったわね……」
憲兵隊が介入してきたせいで、乗っていた馬車を下りることになってしまった。
馬車は猛スピードで街道を駆け抜けていき、すでに見えなくなりつつある。いかにロズベットが卓越した身体能力の持ち主であったとしても、追いつくことは不可能だろう。
「ここからは徒歩なの……まだ帝都までは随分と距離があるというのに。本当に残念無念だわ」
ロズベット。通称『首狩りロズベット』は殺しを商売として生計を立てていた。
金さえもらえたら誰の敵にもなるし、誰の首だって落とす。裏社会では相手を選ばないことで知られている凄腕の殺し屋である。
特定の主人を持たないことで『野良犬』などと揶揄されることもあるが……ロズベットは特に気にしていない。
特定の人物や組織に雇われておかしなしがらみに縛られるよりも、好きなように生きて好きなように殺す、そんな気楽な生き方を選んだのである。
「それにしても……入国した矢先に憲兵に見つかってしまうとは意外だわ。まるで私が来ていることを知っているようじゃない」
ロズベットは道を東に歩きながら誰にともなくつぶやいた。
孤独で生きていた時間が長かったせいで、すっかり独り言が多くなってしまっている。ロズベットが自覚している欠点の一つであった。
「情報が洩れている……依頼を持ってきた仲介人に裏切られた? いいえ、それはないわね。彼らもプロ。中途半端な裏切りによってもたらされる末路を知らないわけがない」
ロズベットは歩きながら自問自答を繰り返す。
殺し屋であるロズベットが帝国に入国した情報が漏れていた。ロズベットの入国を知っていたのは依頼主との仲立ちになっている仲介人だが、彼らが情報を漏らすことはあり得ない。
ある意味では現場に行く仕事人以上に危険な仕事なのだ。そんなヘマをするとは思えなかった。
「そういえば……帝国には未来を予言することができる魔法使いがいたわね。名前は確か、マーリンといったかしら?」
ロズベットが入国する未来を読んでいた……未来予知が事実であれば、ありえない話ではない。
もしも本当に先の出来事を知ることができるのであれば、ロズベットが依頼を達成するうえで大きな脅威になるだろう。
「まあ、何でも構わないわね。誰が相手であろうと殺す時は殺す。それが私の美学だから」
ロズベットはとある依頼を受けて帝国にやってきていた。
それはとても奇妙な依頼。仲介人も首を傾げていた依頼人不明の仕事である。
『帝国皇帝の三人の御子――アーサー、ランス、ミリーシア。そのいずれか二名を殺害していもらいたい。殺害する時期や方法は一切問わないが、早ければ早いほどに報酬を上乗せする』
三人全員を殺せというのであればわからなくもないのだが、いずれか二人というのは珍妙な話である。
報酬も前金だけでとんでもない額を渡されている。成功報酬がその倍以上というのだから、気前が良過ぎてかえって不気味だった。
いったい、依頼人は何をもってそんな依頼を出したのだろう。好奇心を刺激されたのも、ロズベットが仕事を請けて帝国にやってきた理由の一つである。
「事前の調査ではミリーシア皇女は行方知れず。確実に居場所がわかっているのは、帝都にいるアーサー皇子とランス皇子。この二人を片付ければ依頼は達成だわ」
とはいえ……その仕事を果たすためには、まず帝都に行かなくてはいけない。
憲兵に追いかけられ、馬車を降りることになって……徒歩で帝都に行くとなるとそれなりの大冒険である。
「おい、見ろよ! こっちに女がいるぞ!」
だが……そんなロズベットの耳に野太い男の声が聞こえてきた。
振り返ると、そこにはボロボロの服を着た大柄な男が立っている。
「ヘヘッ……ありがてえ。この女を売り飛ばせば、無事に冬を越すことが出来そうだ!」
「これほどの上玉だ。さぞや高く売れるだろうぜ!」
「売る前に俺達で楽しんで置こうぜ。次はいつ女を抱けるかわかったもんじゃねえからな!」
大柄な男に続いて、森の中からゾロゾロと仲間らしき男達が現れる。
いずれも寂れた格好をしており、手には棍棒や鉈などを握りしめて武装していた。
「おや……農民崩れの盗賊ね。帝国は治安が良いと聞いていたけれど、やはりどこの国にもこういう輩はいるのねえ……非常に好都合。ラッキーだわ」
男達に囲まれたロズベットが微笑みを浮かべた。
ロズベットにとって農民崩れの盗賊に襲われることなど、なんてことのない出来事である。
それどころか、幸運なことですらある。
「ちょうど『足』が欲しかったところよ。彼らが農民であるならば牛馬くらいは持っているでしょう。馬車にしていただくわ」
ロズベットには乗馬の心得がない。隠しきれない殺気が漏れているのか、動物に怖がられてしまう体質なのだ。
馬車ならばどうにか乗ることができる。襲ってきた盗賊を脅して、馬車を提供してもらうとしよう。
「とりあえず……一人生きていれば十分ね。残りは片付けてしまいましょう」
「なんだあ? この女、ナイフなんて出しやがったぞ!?」
刃物を取り出したロズベットに、男達がわずかにたじろいだ。
武器を出されただけで動揺するだなんて……やはりただの農民崩れ。素人のようである。
「それで首を落としましょうか」
盗賊達はすぐに知ることになる。自分達が獲物にしてはならない人間を襲ってしまったことに。
『首狩りロズベット』もまたカイムらとは違うルートで帝都を目指すことになり、彼らの再会の時は刻一刻と近づいてきているのであった。
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謎スキル『血糖値』のせいで王太子妃の座を奪われて側妃になりましたが、それなりに幸せです。
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