79.帝都の政争
翌日になってようやくカイムらは町に戻り、冒険者ギルドに依頼の報告に行った。
受付カウンターに顔を出すと、昨日とは違う受付嬢が奥の応接間に案内してくれる。
応接間のソファに座って待つこと五分。ギルドマスターが部屋へと入ってきた。
「もう依頼を達成されたのね。早期の解決に感謝を…………どうしたのかしら?」
「……別に」
目の下にクッキリと濃い隈をつけたカイムに、ギルドマスターが怪訝そうに目を瞬かせる。
カイムは不機嫌もあらわに舌打ちをして、話の続きを促した。
ギルドマスターは首を傾げるが、雰囲気から深く突っ込まない方が良いと悟ったらしい。対面のソファに腰かけた。
「それでは、仕事の話についてですが……依頼を達成されたということは、村を支配していたリッチの討伐が完了したのとことで構いませんね」
「いえ……あの村にはリッチはいませんでした」
一同を代表して、ミリーシアが説明する。
「どういうことかしら? 私共が依頼したのはリッチの討伐なのだけど……?」
「依頼内容に誤りがあったようですわ。あの村にいたのはリッチではなくリビングデッド。魂を喰らう『ソウルイーター』という魔物です」
「……詳しくお願いするわ」
ギルドマスターが真剣な顔つきになり、テーブル越しに身体を乗り出した。
ミリーシアが町であった出来事について詳細に説明をする。
「…………」
ギルドマスターは黙って話を聞いていたが……やがて物憂げに溜息をついた。
「そう、そんなことがあったのね……」
「あのソウルイーターは『封印から解き放たれた』と言っていました。ギルドマスターは何か心当たりがありますか?」
「そうねえ……かつてこの辺りに小さな王国があったと聞いたことがあるわ。アンデッドが支配する邪悪な国で、帝国軍によって攻められて滅亡したと。あの村のすぐそばに当時の戦死者を祀った霊廟があるという話よ」
「霊廟……おそらく、それがソウルイーターを封じ込めた封印だったのでしょう。何者かがそれを暴いて封印から解き放った」
「……すぐに冒険者を送り込んで霊廟を確認させるわ。残党のアンデッドが残っていないかも調べなくてはいけないわね」
ギルドマスターは眉間を指で押さえながら、物憂げに溜息をついた。
「何はともあれ……依頼達成、お疲れさまでした。約束通りに森の案内人を紹介するわね」
「そうしてもらえると助かる。余計な寄り道をさせられちまったことだし、帝都に急ぎたい」
カイムが肩をすくめると、ギルドマスターが嫣然と微笑む。
「出来れば、町に残って冒険者として活動して欲しいんだけど……そうはいかないのよね、ミリーシア皇女殿下」
「……やはり気づいていたのですね、私の正体に」
ミリーシアがギルドマスターを半眼になって睨みつける。ギルドマスターは指先で唇をいじりながら苦笑した。
「ええ、皇女殿下は知らないと思うけれど……私も一応は騎士階級の出身だから。殿下に挨拶できるような身分ではなかったので、宮廷で見かけた程度だけど」
「でしたら、私達がこの町に残っている暇などないこともわかるのではないですか? 帝都で起こっていることも察しがついていますよね?」
「二人の皇子の後継者争い……皇族も大変ねえ。兄弟で骨肉の争いをしなくてはいけないだなんて」
「…………」
同情するようなギルドマスターの言葉にミリーシアが表情を歪めた。
辛そうに顔を伏せるミリーシアにギルドマスターはわずかに目を細め、口紅を塗った唇を開く。
「私はそれほど地位も家柄も高くはないけれど……それでも、ギルドの責任者としてそれなりの情報通ではあるわよ。依頼内容に不備があったお詫びに、私が知る限りの帝都の状況を教えてあげる」
「ッ……! 本当ですか!?」
「年下の女の子に嘘なんてつかないわよ……まあ、私が知っていることなんて大して重要でもない噂話くらいだけど」
そう前置きをして、ギルドマスターはミリーシアが喉から手が出るほど求めていた情報を語っていく。
「現時点において、帝都では目立った争いは起こっていないみたいね。二人の皇子の対立は変わらないけれど……少なくとも武力抗争には発展していないらしいわ」
「…………」
「ただ……どこかの貴族が暗殺されたとか、騎士団の有力者が任務中に殉職したとか、そんな血生臭い話は絶えることはないようよ。宮廷にいる貴族の多くは第一皇子殿下を支持しているらしくて、徐々に第二皇子殿下が追い詰められているとか」
「そんな……ランス兄様が……」
「元々、第一皇子のほうが貴族派閥と近くて支持者が多いから仕方がないわね。第二皇子を支持しているのは主に戦争反対派。平和主義の貴族ばかり。元々、実力主義を標榜する帝国は武断派の人間が多いし……どうしたって第一皇子のほうが支持者は多くなってしまうわね」
「…………」
「……ミリーシア」
ミリーシアが顔を青ざめさせる。
カイムが肩に手を置くと、ビクリと身体を震わせた。
「……大丈夫です。カイムさん」
ミリーシアがカイムの方を振り向き、小さく頷く。
「覚悟はしていましたから……ギルドマスター、続きを話してください」
「……ここから先は信憑性に欠ける本当の噂話なのだけど……第二皇子殿下は追い詰められているらしくて、帝都から逃げる準備を整えているらしいわよ。第二皇子の領地に平民出身の騎士や兵士が結集していて一斉蜂起をする準備をしているとか」
ギルドマスターが髪を指先でいじりながら、遠くを見るような目で告げる。
「もしも第二皇子が蜂起すれば、もちろん第一皇子だって迎え撃つでしょう。そうなったら……内乱は避けられないでしょうね」
「…………!」
内乱という重い言葉に、今度こそミリーシアは言葉を失う。
細い身体がクラリと倒れそうになるのを、カイムは慌てて支えた。
ミリーシアが目指していた平和的解決が徐々に崩れようとしている。
深い暗雲立ち込める中、カイムらは帝都を目指す旅を再開させることになったのであった。
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