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78.花の蜜


「この村での依頼は無事に終わったが……結局、あのソウルイーターを復活させたのは誰だったんだろうな?」


 食事を摂りながら、カイムはふと気になっていたことを口にした。

 本人にも直接、訊ねはしたのだが……結局、ヴェンハーレンという名前の『魂喰らい』を復活させた人間の正体はわからないままである。

 目的すらも不明。わざわざ災厄を解き放つような真似をして、何がしたかったのだろうか?


「そうですね……ギルドに報告して調べてもらうしかありませんね」


 ミリーシアが手に持っていた木皿を置いて、難しい表情をする。


「封印され、眠っていたアンデッドをわざわざ目覚めさせるだなんて、よほどの魔法使いでなければできないことです。手間をかけてそんなことをしておいて、使役したりするわけでもなく放置するだなんて……目的がわからなくて、かえって不気味ですね」


「愉快犯という可能性もあるが……そうなると、ますます下手人を絞れないな。あるいは帝国に敵対する魔法使いの仕業という可能性もあるのだが……」


 レンカが横から意見を述べた。

 帝国は大国。当然、敵対している国なども存在する。

 敵対勢力が帝国に混乱をもたらす目的でアンデッドを解き放つという可能性は、ありえなくはないものだった。

 しかし、レンカの意見にミリーシアが首を傾げる。


「うーん……なくはないですが、帝国に敵意があるのなら復活させたリビングデッドを従属させ、町などを襲わせた方が確実ではないでしょうか? この村の方々は気の毒ですが、他国の工作員が絡んでいるにしては被害が軽すぎます」


 ヴェンハーレンというリビングデッドによって一つの村が壊滅しているものの、正直、人口百人に満たない村が滅んだところで帝国に痛手はない。

 仮にカイムらが対処しなかったとしても、ヴェンハーレンによって国が滅ぼされるという事態にまではならなかっただろう。


「意外としょうもうない理由かもしれないぜ? ソウルイーターにビビって逃げ出したとか」


 カイムは干し肉を噛みちぎり、鼻で笑った。


「帝国に嫌がらせをするために封印されていたアンデッドを復活させたはいいものの、使役することができずに逃げ出したとか。藪をつついたら、蛇じゃなくて虎が出てきたって具合にな!」


「それならば有り得ますね。他国の工作員にしては間抜けすぎますけど」


 冗談だとわかったのだろう。ミリーシアが苦笑する。


「理由が何であったとしても……私達には調べる手段がありません。後はギルドに任せましょう」


 カイムらがいくら強かったとしても、容疑者の候補すらわかっていない陰謀を暴くことなど不可能である。

 そもそも、真実を明らかにする義務もない。

 カイムらが依頼された仕事はあくまでも、この村にいるアンデッドを討伐すること。すでにそれは成し遂げられている。


「そうだな……飯を食ったら、さっさと引き上げよう」


 村の外には、ここまで送ってくれた馬車と御者の冒険者待たせていた。

 アンデッドの討伐を終えた時点ですでに仕事が終わったことは報告しており、浄化が終わるのを待っているはずである。


「フウ……」


「ん? どうかしたのか、ティー」


 カイムはふと隣で食事を摂っているティーの様子がおかしいことに気がついた。

 いつも元気な獣人娘には珍しく、食事が進んでいない。

 顔が赤くなっており、瞳もどこか虚ろになっている。まるで熱に浮かされているような表情である。


「体調でも悪いのか? ひょっとして、アイツらとの戦いで怪我でも……」


「大丈夫ですわ、心配いりませんわ。ただ……ここ、何だか暑くありませんの?」


「暑い……?」


 カイムが怪訝な顔になる。

 村の広場は風通しが良く、まだ蒸し暑くなるような季節ではない。

 だが、実際にティーの顔は赤くなっており、パタパタと手を団扇(うちわ)にして顔を(あお)いでいる。


「そういえば……そうかもしれませんね」


「ム……言われてみれば、急に暑くなってきたような?」


「は……?」


 ミリーシアとレンカもまた暑さを訴えてきた。

 この場において、暑さを感じていないのはカイムだけである。


「まさか……!」


 カイムは異変に気がつき、慌てて立ち上がろうとする。

 だが……両手をティーとレンカに掴まれて強制的に引き戻される。


「か、カイム様……何だか身体が火照ってきて、すごくもどかしい気分ですの……」


「私もだ。この感覚はまさしく……くっ、殺せ!」


「…………!」


 熱く潤んだ瞳を見てカイムは理解した。

 ティーとミリーシア、レンカ……この場にいる三人の女性は紛れもなく発情している。

 原因はわからないが、彼女達の目には『牝』の色が浮かんでいた。まるで牡に求愛している発情期の獣である。


「カイムさん……私ももう、我慢できません……!」


「み、ミリーシア……!」


 両手をティーとレンカに掴まれ、ミリーシアがジリジリとにじり寄ってくる。

 クイーンのスリーカードだ。太刀打ちできる手札はカイムの手元にはなかった。


「な、何でこんなことに……!?」


 カイムは疑問を口にしながら三つの女体に飲み込まれていくが……実のところ、この事態はカイムの自業自得だったりする。

 花に興味の薄いカイムは知らないことだったが……花が香りを出すのは虫などを引き寄せ、花粉の受粉などの手助けをするためである。

 つまり、花の香りはある種のフェロモン。異性を惹きつける匂いに近いのだ。

 普通の人間であれば、別にこの匂いを嗅いだところで何も起こらない。匂いを発するカイムに対する第一印象は良くなるかもしれないが……その程度である。

 だが、すでにカイムに対して強い好意を抱いており、何度か彼の体液に含まれる毒を摂取している彼女達は違う。

 半ば中毒症状を起こしている彼女達にとって、致死性を弱めていたとしてもカイムの発した毒は媚薬と同じ。身体を火照らせ、発情させる効果を生じてしまうのである。


「カイム様……」


「カイムさん……」


「く、殺せっ……!」


「ああ……」


 カイムはのしかかってくる三人の体重を感じながら、あきらめの境地で天井を見上げる。

 思考を放棄して流れゆく状況に身を任せ……見知らぬ誰かが暮らしていた民家の天井のシミを数えるのだった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >だが、すでにカイムに対して強い行為を抱いており、何度か彼の体液に含まれる毒を摂取している彼女達は違う 強い好意、ではないでしょうか
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