77.後始末
「それでは……引き上げる前に、穢された村を浄化していきましょうか」
村に巣食っていたアンデッドを駆逐したのを確認して、ミリーシアが村全域の浄化を開始した。
手間のかかる作業であったが……アンデッドが発生した場所を放置しておくと、新たなアンデッドが生まれてしまうのは常識である。
「とはいえ……別にお前がやらずとも、冒険者ギルドに任せてしまえばいいんじゃないか?」
カイムが祈りを捧げ、浄化の魔法を使っているミリーシアの背中に問いかけた。
ミリーシアは祈りを止めることなく、穏やかな口調で答える。
「時間が経つほど瘴気が大きくなってしまいますから。放置しておけば、野生動物や墓地に埋葬されている骸もアンデッド化してしまうかもしれません。早く済ませておくに越したことはありませんよ」
ミリーシアが額に汗をにじませながら村のあちこちを周り、順番に穢れを浄化していく。
狭い村であるとはいえ……たった一人でそれをやらなくてはいけないとなると、なかなかの重労働である。
レンカが側に付き添って身体を支えながら、何度も休憩を取りながら村を周っていた。
「フム……手持ち無沙汰だな。やることがない」
ミリーシアの浄化が終わるまで時間がかかるだろう。
サポートは護衛騎士であるレンカがしていることだし、カイムにできることはなかった。
「あ、食事の準備をしてきますの。しばらく待っていて欲しいですわ」
ティーもそんなことを言い残し、すでに浄化が終わっている場所で食事の煮炊きをしている。
やることのないカイムは一人、村の片隅にあった適当な切り株に腰を下ろしていた。
(このままジッとしていても時間の無駄だな。魔法の練習でもしてみるか?)
カイムは「フム」と頷いて、体内の魔力を練り上げた。
『毒の女王』から受け継いだ毒の魔力を掌から放出させる。
「『毒水』」
魔力を液体状の毒に変換した。両手の間に出現した毒の塊を操作する。
毒液を球体に変えて宙に浮かび上がらせて、上下左右にゆっくりと動かしていく。魔力の精密操作の練習である。
「クッ……思ったよりも難しい……」
球体を維持した状態で毒液を動かすのが想像以上に神経を使う。
弾丸として高速で撃ちだすことの方が遥かに簡単だ。カイムは己の技術不足を改めて痛感させられた。
「よし。今度は……変形」
毒液の形状を変化させていく。
粘土のようにゆっくりと引き延ばして、動物の形に変形させた。それは飴細工でも作っているような工程だったが、カイムが練っているのは強力な毒である。一ミリ舐めただけでも命を落としてしまうだろう。
たっぷり五分ほどかけて形成されたのは歪んだ形の猫だった。まるで人を取って喰いそうな不気味な形状をしており、可愛らしさとは縁遠い見た目をしている。
「……猫というよりもサラマンダーだな。どんだけ不器用なんだ、俺は」
不気味な形の猫を見下ろし、カイムは苦い顔になる。
カイムの体内には『毒の女王』から引き継いだ膨大な魔力がある。しかし、魔力が多いがゆえに精密操作が不得手になっていた。
たとえば……コップにワインを注ぐところを想像してみて欲しい。
片手で持てるボトルからワインを注いだ場合、コップの縁にピッタリ収まる量を注ぐことは容易である。
しかし、大きな酒樽を持ち上げてワインを注いだとしたら、勢い余ってコップから溢れてしまうだろう。
所有している魔力の容量が多ければ多いほど、正確な操作は困難になってしまうのである。
「未熟者め。今後も要練習だな」
カイムは猫型の毒液を村の外まで飛ばして捨てた。自然物由来の植物性の毒だ。普通に土に還るので、その辺に捨てて問題ない。
今度は毒の性質を変化させる練習をしてみることにする。致死性の強力な毒ではなく、より弱くて軽い毒……たとえば、相手を傷つける以外の用途で使える毒を生み出すことにした。
「そう、例えば……匂いを分解して脱臭する毒とか?」
村が浄化されていることで、かえって服についた匂いが気になるようになっていた。
アンデッドと戦い続けていたことで、彼らの残り香が衣類に移っていたのだ。できれば町に帰る前にどうにかして臭いを消しておきたい。
(ミリーシアに任せれば臭いを消してもらえるだろうが……アイツは消耗している。あまり負担もかけたくないな。物は試し、俺の魔法でどうにかしてみよう)
毒というのはつまるところは薬品である。薬品の中には脱臭や殺菌の効果を持つものだってあるはずだ。
「よし……」
カイムはゆっくりと魔力を練って毒を調合する。
イメージするのは花の毒。甘美な香りを辺りに漂わせながら、蜜や花粉に有毒成分を持った植物の毒をモデルにした。
毒花が有している致死性の成分を限りなく弱めていく。それでいて香りは残しながら、悪臭の原因になる微生物を消し去る程度の殺菌成分を残しておく。
かなり繊細で神経を削るような行程だった。カイムの額にも自然と汗の玉が浮かんでいく。
「やはり難しいな……ちょっと油断すると毒性が強くなる」
弱い毒を生み出すのは強力な毒を作るよりもずっと難しい。
精密な魔力操作が必要というのもあるが、カイム自身の性格も向いていないのだ。
優しく人を癒やす薬のような毒を生み出すよりも、圧倒的な殺傷能力の猛毒を敵にぶつけてやることの方が性に合っている。
それでも、十分以上かけて魔力を練っていくと、目的に合致した微毒を生み出すことができた。
「フウ……完成だ。我ながら良い出来になった」
完成した毒を周囲に散布すると、フローラルな花の匂いが広がっていく。
まるで花畑の真ん中に立っているような香りだ。残っていたアンデッドの死臭なども残らず消し飛ばされる。
「これは何の匂いですの? すっごく良い香りですの!」
「花の匂い……いったい、どこから?」
ティーとミリーシア、レンカが戻ってきた。
ティーの手にはスープが入った鍋があり、ミリーシアはレンカに肩を支えられながら歩いている。
「ああ、戻ったか。ちょうど良かった」
「この花の匂い、カイム殿が何かしたのか?」
レンカが鼻から大きく息を吸って訊ねてきた。
別に隠すことでもないため、カイムは素直に肯定する。
「ああ、ちょっと毒で臭いを消してみた。なかなかの良い匂いだろう?」
「毒って……それは大丈夫なのか? 人体に害とかは……」
「虫やネズミくらいなら殺せるかもしれないが、人間がどうこうなるほど強い毒じゃない。バケツ一杯飲み干したらわからないがな」
「良い香り……心地良くて安心する匂いです。疲れが取れていくようですね」
「気に入ってくれたのなら何よりだ。それよりも……ミリーシアも疲れただろう? 食事にしようぜ」
カイムらは町の広場に野営用のシートを敷いて、鍋を囲んで座る。
ティーが作ってきたスープを皿に盛りつけ、保存食のパンと干し肉を取り出した。
「ちょっと前までアンデッドがうろついていた場所で飯を食うというのも、なかなかにゾッとするな」
「確かに……浄化をしたので綺麗になっているはずですけど、やはり気分は良くありませんね」
ミリーシアが困ったように苦笑いをして、スープが入った木皿を手に取った。
帝国皇女であるミリーシアであったが、修羅場の後で食事ができるのだから、この旅の中で神経が図太くなっている。
レンカも気味悪そうな顔をしているが、ティーは特に気にした様子はない。
四人は数時間前までアンデッドが支配していた村の中央で、夕食を取りはじめたのである。
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