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76.死の結界

 ヴェンハーレンの魔法が発動して、黒いドームがカイムを内部に取り込んだ。

 全方位。周囲360度から伝わってくる濃密な『死』の気配にカイムが大きく舌打ちをする。


「ここは……やられたな。奴の術の中に取り込まれたか?」


 こんなことならば……尋問などせず、すぐに決着をつけておけば良かった。

 欲を出して情報収集をしようとしたカイムの油断が原因である。相手を格下だと判断して侮ってしまったらしい。


「取り込まれたのは俺だけか。不幸中の幸いだな」


 周囲を見回すが、仲間達の姿は見当たらない。

 戦闘をしているうちに彼女達と距離が離れてしまったため、ヴェンハーレンの術に取り込まれずに済んだのだ。


『クックック……今度こそ、勝負がついたようだな』


「ム……?」


 どこからか、ヴェンハーレンの声が響いてきた。

 先ほどまで目の前の地面で半死半生の有様となっていたはずなのに、いつの間にか姿を消している。

 声の方向を探るが、いっこうに位置がつかめなかった。


「今度はかくれんぼか? さっきまで死にかけていたくせに随分と余裕じゃないか」


『余裕だとも。貴様はすでに皿の上に盛り付けられたディナーと同じ。いつでも殺すことができるのだからな!』


 皮肉に得意げな嘲笑が返ってきた。

 さっきまで死にかけていたくせに、ヴェンハーレンは圧倒的な余裕を言葉に滲ませている。


「……よほどこの技に自信があるようだな。もう勝ったつもりかよ」


 カイムはヴェンハーレンの気配を探りながら、自身を閉じ込めている黒いドームを観察する。

 ドームの内部は濃密な『死』の気配で満ちており、まるで棺桶の中にでも入れられたような気分だ。そのせいでヴェンハーレンがどこにいるのか、気配がいっこうに掴めない。


「この魔法は……ひょっとして、さっきミリーシアが使っていたものと同じものなのか?」


 ミリーシアがソウル・ナイトを浄化するために使っていた神聖魔法――『サンクチュアリ』。

 属性こそ正反対だが、一定範囲の空間全てを特定の力で満たしている術の性質は似通っているように思えた。


『正解だ。もっとも……あんな小娘が使っていたものとでは格が違うがな』


 ヴェンハーレンが傲慢に笑って、親切なことに解説を始める。


『これは我が一族に伝わる究極奥義。敵を己が魔力で満たした空間の中に取り込むことにより、対象の魂を一瞬で刈り取ることができる必殺の大魔法なのだ!』


「魂を刈り取る……」


『そうとも……我がその気になれば、貴様の魂は一瞬で空間を満たす『死』の手によって奪われ、我が体内に取り込まれることになる! もはや貴様は我が敵ではない。ただのディナーの一品となったのだよ!』


「…………!」


 誇張や脅しではないのだろう。

 周囲から伝わってくる『死』の気配が、ヴェンハーレンの言葉が真実であると物語っていた。


「さて……どうしたものかな」


 もしも、カイムが『毒の女王』の力を十全に使いこなすことができていたら、あるいは何らかの手段でヴェンハーレンの魔法を打ち破ることができたかもしれない。

 しかし、カイムはまだその段階(クラス)に至っていない。

 毒を身体から出したり、撃ったりするレベルの魔法では、ヴェンハーレンの術を破ることは到底できそうもない。


(いい加減、真面目に魔法を勉強したいものだな……誰か、魔法を教えてくれる師がいないものか)


 現実逃避のように思考しているカイムの耳に、ヴェンハーレンの哄笑が聞こえてくる。


『それでは……そろそろ食事にするとしよう。貴様は人間にしては面白かったぞ!』


「待て……!」


『いただきます――!』


「ッ……!」


 瞬間、心臓を握られたような痛みがカイムを襲う。

 少しでも抗おうと身体を圧縮魔力で覆うが……そんなささやかな抵抗を嘲笑うかのように、体内から何かがズルリと引き抜かれる感触がした。


「グウッ……!」


「クハハハハハハハハハッ! 何という濃厚な魂。甘く芳醇な香りだ! これほどまでに甘美な香りがする魂を手にしたのは初めてだ!」


 魂に直接触れられている。言いようのない不快感がカイムを襲う。

 だが、いくら不快であったとしても、それから逃れる手段をカイムは持っていなかった。

 あるいは、術に捕らわれたのがミリーシアのような神官であったのならば、神聖魔法で相手の術を打ち消すことができたのかもしれない。


「…………!」


 そして、その瞬間がやってきた。

 抜き出されたカイムの魂にヴェンハーレンの牙が突き立てられる。


「グウウウウウウウウウッ……!」


 味わったことのない痛みと不快感。カイムは堪えきれずに片膝をつく。

 魂に牙が刺さり、カイムの根本に関わるエネルギーが吸い取られていった。


『何だこれは! 濃厚なのに爽やか。芳醇な香りが全身の細胞に満ちていく! それでいて噛めば噛むほどに旨みがにじみ出てくる!』


 まるで世界中の珍味を味わい尽くした美食家のように、ヴェンハーレンが喜びの雄たけびを上げる。


『素晴らしい、素晴らしいぞ! これほどまでに美味な魂は三千世界を探し尽くしたとしても二度と出会うことはあるまい! この味、この香りはまさしく天上のおおおおおおオエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!?』


 称賛の言葉が途中から嘔吐に変わる。

 風船が弾けるようにして一帯を覆っていた黒いドームが壊れ、周囲の景色が元に戻っていく。


「これは……?」


「カイム様! ご無事でしたかっ!?」


「ティー……?」


 ヴェンハーレンの術から解放されたカイムに、獣人メイドのティーが駆け寄ってくる。

 ティーの後ろからレンカの肩を借りて、ミリーシアも歩いてきた。


「心配しましたの! 怪我はありませんの!?」


「カイムさん、よくぞご無事で……」


「無事……なのか? 俺は?」


 カイムは脚に力を入れて、ゆっくりと立ち上がる。

 怪我らしい怪我はない。得体の知れない不快感はあるものの、少しずつ軽くなっていく。


「魔力は消耗している。体力もおそらく。他に異常は……?」


「ウゲッ、オエッ、ゲホゲホッ……うげええええええええええええええっ」


「……あったな。アイツには」


 カイムが目線を横にスライドさせると、ヴェンハーレンが地面にうずくまって嘔吐していた。

 カイムは怪訝に思いながら、ヴェンハーレンに問いかける。


「えっと……攻撃されてたのは俺の方だよな? どうして、お前の方が苦しんでるんだよ」


「ウゲッ、ゲホゲホッ……ぎ、ぎざまあ……われに何を食わせだあ……!?」


「何をと言われてもな……逆に聞きたいが、お前は俺の何を食ってそんな有様になってるんだよ」


「こんなごとはありえな……ぐうううううううっ! ま、まざか、きざまは魂に毒でも持っでいるのがあ?」


「魂に毒って……ああ、そういうことかよ」


 カイムはヴェンハーレンが苦しんでいる理由を察した。


「そうか……俺は肉体だけじゃなくて、魂にも毒があるんだな。知らなかったよ」


 考えても見れば……現在のカイムの魂は『カイム・ハルスベルク』という少年と『毒の女王』の魂が混じり合って融合したことで生まれている。

 『毒の女王』の魂が含まれているのだから、有毒になっていたとしてもおかしくはなかった。


「予想外の決着だな……こんな形で勝つつもりはなかったんだが」


「オエエエエエエッ、ウゲエエエエエエエエッ……」


 ヴェンハーレンの身体は紫色に変色しており、放っておいても死にそうな状態だった。

 魂喰らいであるヴェンハーレンにとって、魂に含まれる毒はよほど有効なものだったのだろう。


「あー……悪いな。さすがに謝っておこう」


「グゲッ……」


 カイムは不本意な決着になってしまったことを詫びながら、ヴェンハーレンの頭部を叩き潰した。

 頭部を失った肉体は再生することなく、そのまま全身が塵となって消滅していく。あまりにもあっけない決着である。


「えっと……これで終わったのか?」


「そう……みたいですの」


 レンカとティーもどこか納得いっていない表情をしている。


「とりあえず……少し休憩をして魔力が回復したら村を浄化します。それでもう、この村からアンデッドが生じることはないはずです」


ミリーシアがカイムの腕を引いて進言する。


「そうだな……これで依頼達成だな」


 カイムはどこか不完全燃焼の気持ちのまま、ミリーシアに頷き返したのであった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんとも締まらない決着ですが新情報も得られたのでヨシ。 ただ、毒も受けていたとはいえ頭を潰しただけでは少々不安が残りますね。アンデッドだし。
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