75.猛攻
辺り一帯が浄化の光に包まれた。
あらゆる不浄な存在を消し去ることができる聖域により、ソウル・ナイトが一体残らず消し去られる。
「ハア、ハア……浄化完了です」
神聖魔法を発動させたミリーシアが額を汗で濡らしながら、安堵の息をつく。
「神敵であるアンデッドにとって聖域は毒沼のようなもの。これなら、あのリビングデッドも無事で済むはずが……」
「なるほど……どうしてか見事な魔法ではないか」
「ッ……!」
勝利を確信したミリーシアであったが、耳朶を震わせる男の声に瞳を見開いた。
村の中央にある大樹の下。聖域の光を浴びながらソウル・イーターの青年が平然として立っている。
よくよく見ると……男の身体はうっすらと紫色の膜のようなもので包まれており、浄化の力を持った光を遮断していた。
「そこな娘、高位の神官であったか。祖国を滅ぼした異教徒どもを思い出す。忌々しいことだ!」
「そんな……どうやって聖域の力を……!?」
「対極の力をぶつけて相殺しているだけだ。それほど難しいことではあるまい?」
魂喰らいの青年……ヴェンハーレンが得意げに言い放つ。
「そんな……神聖魔法が通用しないだなんて……」
「なるほど、神聖魔法を打ち消せるだけの『闇』を纏っているわけか。『伯爵級』という評価を改める必要がありそうだな」
必殺の攻撃を防がれて呆然としているミリーシアであったが、カイムは反対に納得して目を細めた。
神聖魔法による『光』の力と、アンデッドが持つ『闇』の力は、お互いに打ち消し合って相克するものである。
ヴェンハーレンは身体の周囲から『闇』を放出し続けることにより、神聖魔法の力から身を守ったのだ。
「クッ……無念です……」
「姫様っ!?」
魔力を使い果たしたのか、ミリーシアが膝をつく。レンカが慌てて主君に駆け寄り、倒れそうになるミリーシアの身体を支えた。
同時に、周囲一帯を覆っていた『サンクチュアリ』の光が消え去る。術者の魔力が尽きたことで効果が消えたのだろう。
「そちらの神官はもはや使い物にならぬようだな。どうやら、勝敗はすでに……」
「ついてねえぞ」
「ぬうっ!?」
「フンッ!」
カイムが放った拳撃がヴェンハーレンの胴体に突き刺さる。
圧縮魔力をまとった拳によってヴェンハーレンの身体が派手に吹き飛ばされ、背中から太い木の幹に衝突した。
「勝った気になるのは早いだろ? 戦いはまだまだこれからだぜ?」
「貴様……!」
「実体があるのが仇になったな。身体があるのなら容赦なく殴れる!」
「ッ……!」
カイムが木の幹に背中を埋もれさせているヴェンハーレンへ、拳の雨を浴びせかけた。
何発もの、何十発もの打撃がヴェンハーレンの全身を叩く。衝撃で大木の幹が軋み、音を立ててへし折れる。
「この……調子に乗るな!」
「ム……?」
「『ドレイン・タッチ』!」
ヴェンハーレンが闇をまとわせた右手でカイムの肩を掴む。
掴まれた部分から力を吸い取られるような感覚。魔力と生命力を吸われている。
「そのまま干からびろ! 矮小な人げ……」
「フッ!」
「ガアッ!?」
カイムがヴェンハーレンの右手を掴み、そのまま力任せに捻り上げる。
関節の可動部位を超えてねじられた右腕からブチブチと音が鳴り、何十本もの筋繊維が一斉に引きちぎられた。
ヴェンハーレンの指から力が抜けて、カイムの肩から手が離れる。
「グウウウウウッ……!?」
「闘鬼神流――【応龍】!」
たまらず手を放してしまったヴェンハーレン。その腹部に右手を押しつけ、発剄と共に衝撃波を撃ち込んだ。
闘鬼神流基本の型――【応龍】
発剄によってゼロ距離から衝撃を叩きこむ技であり、射程こそ短いものの、基本の型の中ではもっとも破壊力に優れている。
撃ち込まれた衝撃が体内で爆発し、ヴェンハーレンの内臓をことごとく破壊した。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
内臓をバラバラに砕いてなおも荒れ狂う衝撃により、ヴェンハーレンの身体が蹴られたボールのように転がっていく。
何十回も地面を転がってようやく停止するヴェンハーレン。憎々しげに表情を歪め、両手で上半身を起こそうとする。
「グ……ギッ……この、よくもおっ……よくも、魂喰らいの貴族である我を……!」
「へえ……さすがに丈夫だな。まだ生きているのか?」
カイムは意外そうにつぶやくが、その表情には余裕があった。
ヴェンハーレンは『魂喰らい』と呼ばれる生ける屍の一種である。ゴーストやリッチとは異なり、人間と同じような肉体を持っていた。
先ほど戦ったソウル・ナイトにも実体があったが、彼らはゴーストの仲間。本来は霊体であるが一時的に物質化しただけである。
そのため、攻撃して身体を砕いたとしてもすぐに再生してしまう。
対して、肉体を有したヴェンハーレンは攻撃を受けたら怪我もするし、破壊された肉体は簡単には治らない。
カイムにとっては、生半可なゴーストよりも遥かにやりやすい相手である。
「内臓が潰れても動けるあたり、やはり生きた人間ではないのだろうが……ダメージは蓄積しているようだな。死ぬぞ、お前?」
「グ、ヌウッ……!」
どうにか上半身を起こしながら、ヴェンハーレンは悔しそうに呻いた。
リビングデッドであるヴェンハーレンにとって内臓は必ずしも弱点にはならない。心臓が破れたとしても、時間が経てば治癒できる。
しかし、繰り返し肉体を破壊され続ければ、蓄積したダメージによっていずれは死ぬ。『不死者』が死ぬというのもおかしな話ではあるのだが。
「最後に吐けよ。先ほど、お前は何者かによって甦らせられたと言っていたな? お前を復活させたのは何者だ?」
「…………知らぬ」
「フン、仲間を庇っているのか? 自分を生き返らせた人間に忠義立てするとは結構なことじゃないか」
「違う……我は本当に知らぬのだ。誰が生き返らせたのか、封印を解いたのかを知らぬ」
ヴェンハーレンが忌々しげに、口に溜まった血液を地面に吐き捨てた。
「何らかの魔術の気配がしたかと思えば、気がついたら封印が破れていた。我を解き放った者の姿はもうなかった。匂いからして人間だとは思うが……何者かなど知ったことではない」
「フム……」
嘘をついている様子はない。本当にヴェンハーレンは知らないのだろう。
(わざわざ高位のアンデッドを解き放っておいて、接触することなく消えたということか? いったい、何が目的だ?)
理解できない行動である。
わざわざ封印を解いたのだからヴェンハーレンを利用するつもりだったのだろうが……それにしては、解き放った彼を放置しているのは管理が杜撰だった。
(封印を解くことそのものが目的だったということか……?)
「……そうかよ。何も知らないのであれば話はこれまでだな。楽にしてやるよ」
カイムは右手に圧縮魔力をまとわせてヴェンハーレンに向ける。
リビングデッドであるヴェンハーレンは簡単には死なない。ゆえに、死ぬまで延々と攻撃を続ける。
生き返り方を忘れるまで、ひたすら相手の身体を破壊し続けることを決意した。
「簡単にやられると思うなよ……小僧!」
「ム……!」
しかし、ヴェンハーレンも無抵抗ではない。
その身体から膨大な魔力が溢れていく。先ほどまでとは比べ物にならない、火山の噴火のような魔力の放出である。
「こんな力を隠していたのか……!?」
「これまで喰らった魂を一気に燃焼させて魔力に変換させる……! 我が寿命を大きく縮めることになるが、貴様には出し惜しみはすまい!」
「フッ!」
カイムは地面を蹴って弾丸のように飛び出した。
ヴェンハーレンが何かをする前に決着をつける。そのつもりで、一気に距離を縮めた。
「遅いわ!」
「…………!」
だが、ほんの一瞬だけ間に合わない。
カイムが攻撃を繰り出すよりもわずかに早く、ヴェンハーレンの魔法が発動する。
「冥府よ、顕現せよ――『パンデモニウム』!」
「ッ……!」
瞬間、身体の芯まで凍えるような『死』気配がカイムの身体を包み込む。
ヴェンハーレンを中心として黒い半球状のドームが出現し、カイムを内部に取り込んだのであった。
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