73.魂喰らい
「さて……ゾンビを倒したのはいいが、これで終わりじゃないよな?」
「依頼をされたのはリッチの討伐です。おそらく、私達が倒したのはリッチによって生み出された下級アンデッドでしょう」
カイムの問いにミリーシアが答える。
先ほど討伐したのは、リッチが魔法で生み出した眷属の魔物に違いない。察するに、この村を滅ぼして村人をゾンビに変えていたのだろう。
「村のどこかに大元であるリッチがいるはずです。探し出して倒しましょう!」
「ああ、そうだな」
カイムを先頭にして、一行はリッチの姿を求めて村の探索を始めた。
それほど広くはない村である。本来であればさほど苦労することなく見て回ることができるのだろうが……現在は村全体を霧が包み込んでいる。
ここに来る道中には霧など出ていなかった。自然現象ではなく、魔法によって生み出された霧のようだ。
「天候への干渉は高度な魔法のはずです。おそらく、この村を襲ったリッチは最低でも『伯爵級』以上の力は持っているでしょう」
「伯爵級……まあ、それなりに骨のありそうな相手だな」
『伯爵級』はベテランの兵士、冒険者が徒党を組んでようやく倒せるレベルのモンスターである。
カイムであればそこまで強敵とは言えないが……あくまでもそれが底辺だった場合。それよりも上の『侯爵級』にまで至っている可能性もあった。
(長く生きたリッチであれば『公爵級』に至ることもあるんだったな。この村にいるリッチがそのレベルに達しているとは思わないが、万一、そうであれば『毒の女王』であっても手古摺る難敵だな)
現在のカイムが互角以上に戦えるのはせいぜい『侯爵級』の魔物まで。
それよりも上の敵であれば、返り討ちに遭う可能性もあった。
「アンデッドが代表的ですが……多くの魔物は年を経るごとに力を増していきます。ギルドマスターが半ば強引に依頼を押し付けてきたのも、この村にいるリッチがこれ以上力を付けないようにするためでしょうね」
「狼の子が成長する前に狩ってしまえ、ということでいいですの?」
ティーがキョトンとした表情で訊ねると、ミリーシアが頷いた。
「そういうことになりますね……あ、ちょっと待ってください!」
「ん……どうした?」
「こっちの方向から妙な気配が……おそらく、アンデッドです!」
ミリーシアが村の一角を指差した。
霧に包まれて向こう側まで見ることはできないが……神職であるミリーシアがそう言うのであれば、何かがあるのだろう。
カイムが言われた方向に進んでいくと……やがて霧の中から一本の大樹が現れた。
太い幹。力強く地面に吸いついた根。枝は四方に広く伸びて緑を広げている。少なくとも樹齢三百年以上はあろう大木だった。
おそらく、村人にとってその木は象徴的なものだったのだろう。木の根元には祭壇が作られており、供え物がされていた痕跡がある。
「ム……」
そして、太い木の幹に背中を預けるようにして立っている人影があった。
形状は人型であったが、黒いローブを被っていて顔も身体もほとんど見ることはできない。
だが……雰囲気だけで伝わってくる。
それが先ほどのゾンビをはるかに超える力を持った存在であると、身に纏った空気だけで理解させられた。
「来たようだな……冒険者よ」
「……誰だよ、お前は。言葉が通じてるのか?」
黒いローブの人影が人語で話しかけてきた。低い男性の声である。
「ここに到着したということは村の入口にいた眷属は敗れたのだな? 取るに足らない雑魚……別に驚くほどのことではないが」
「お前がこの村を滅ぼしたリッチか? 随分と流暢に話すじゃないか」
「話して何が悪い? 元々は貴様らと同じ人間だ。人の言葉くらい操れよう」
リッチらしき人物がフードを脱いだ。
漆黒の布の下から現れたのは……青白い顔をした男の顔である。
少しも血が通っていない肌には生気がなかったが、顔立ちは精悍そのもの。美男子といっても良いほど整っていた。
その面構えを目にして、カイムがスウッと目を細める。
「……話が違うな。今回の敵はリッチじゃなかったのか?」
リッチは幽体の魔物であり、外見は白骨死体。スケルトンと大差ない姿をしているはず。
だが……目の前の男は生気こそ感じられないものの、骨とは程遠い姿をしていた。
「まさか……あれはリビングデッドなのですか?」
ミリーシアがポツリとつぶやく。
それはカイムが知らないモンスターの名称だった。
「リビングデッドといったか? それは魔物の名前なのか?」
「はい。死してなお生前と変わらない姿で生き続けているアンデッド……それがリビングデッドです」
カイムの問いにミリーシアが説明をする。
「通常のアンデッドはリッチやゴーストのように幽体であるか、あるいはスケルトンやゾンビのように明らかに死体の姿をしています。ですが……リビングデッドは生きた人間と変わらない。姿だけではなく、心臓だって人間と同じように動いているのですから」
「それは……人間とどう違うんだ? 姿形が人間と変わらないのであれば、それは『人』と呼ぶべきではないのか?」
「それは……」
「僕らは生き物としての『命』を持っていないんだよ」
カイムの疑問に答えたのは目の前の青年……リビングデッドであった。
「僕らには命がない。それ故に、他の生き物から命を吸い取らなくては生きていくことができない。血を吸ったり、魂を奪ったりね」
「……『ヴァンパイア』、あるいは『ソウルイーター』か。それなら聞いたことがあるよ。弱い者でも『伯爵級』。長命のものであれば『公爵級』にも匹敵する強力な魔物だな」
カイムが目の前の青年を睨みつける。
人間と変わらぬ姿をしているが……青年が人の味方ではないことは明白。
この村にアンデッドが大量発生していることの原因も、目の前の青年であるに違いなかった。
「一応、確認をしておくが……敵という解釈で問題はないな? 討伐対象は変わったが滅ぼさせてもらうぞ?」
「フン……人間はやっぱり勝手なものよ。人を勝手に甦らせたかと思えば、今度は倒すつもりなのだからな!」
「甦らせた……?」
「そうとも。この近くにある遺跡に封印されていた僕を解き放ったのは貴様ら、人間ではないか! そのくせ、今度は滅ぼすだなんて身勝手極まりないことよ!」
青年の両目が妖しく光った。
まるで満月のような金色の瞳である。
「だが……我はそのくだらないエゴを許してやろう! ちょうど強い手駒が必要だったのだ。不味い魂しか食べてなくて腹も減っている! この魂喰らいの貴族――ヴェンハーレンの糧になれることを喜ぶがいい!」
「来るぞ! 構えろ!」
ヴェンハーレンと名乗った青年が両手を広げると、鬼火のような青白い炎が周囲に出現する。
吹き抜けてくる魔力の波動を受けて、カイムらは臨戦態勢となって青年を迎え撃つのであった。
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