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72.不死者の村

 その村はうっすらと霧に包まれていた。

 村全体が霧によって暗く薄闇に沈んでおり、どこから漂っているのかわからないほどあちこちから腐臭と死臭が漂ってくる。

 それは……まさしく死者の村。かつて村人達が暮らしていたであろうその村は、生きとし生けるものを拒む人外魔境と化していた。


「ここが噂の廃村か……なるほど、なかなか雰囲気が出ているじゃないか」


 廃村へと足を踏み入れ、カイムが感心したようにつぶやいた。

 その村はすでに何年も前に放棄されているらしく、地面からは鬱蒼とした草が生えている。

 建物は残っているのだが一目で誰も住んでいないことがわかる有様。壁も扉もあちこちが破れており、屋根には穴が開いていた。


「がうー……匂う。匂うですの。プンプンと肉が腐った死臭がして……がううううう……」


「……ティー。お前、馬車で待ってろよ。無理についてこなくていいんだぞ?」


 カイムは律儀に後をついてきたメイドに呆れたように肩を落とす。

 ティーの足取りはおぼろげ。今にも倒れそうなほどふらついている。獣人の鼻には村中に漂っている死臭がきつすぎるようだ。


「そ、そういわけにはいきませんの……カイム様のメイドとして、主人のいくところにはたとえ火の中みずのなかうげえええええええ……」


「本当に帰れ! 馬車に、むしろ町に帰ってろ!」


 役立たずどころか、完全に足を引っ張っていた。

 正直……こんなところで忠誠心を発揮されても迷惑である。

 カイムとしては、さっさと帰って養生しておいてもらいたい。後ろで吐瀉物(ゲロ)をまき散らされたりしたら気が散って仕方がない。


「あ、こういう時に良い魔法がありますよ。聖なる風よ、我らを清めたまえ――【清浄(リフレッシュ)】!」


 見かねたミリーシアが、ネックレスについた星を握りしめて魔法を発動させる。

 瞬間、ミントの葉の香りのような爽やかな風が吹き抜け、周囲の悪臭を払いのけていく。


「あ、臭いが無くなりましたの!」


 腐臭と死臭が消え去り、ティーが復活した。


「本来は毒ガスなどを消し飛ばすための魔法なのですが……役に立ったようで何よりです」


「助かりましたの、ミリーシアさん! 後ろでみんなに守られて威張っているだけの役立たずじゃなかったんですね!」


「……私ってそんなふうに思われていたんですね。いえ、役立たずだったのは自覚していますけど」


 ミリーシアが拗ねたように唇を尖らせた。

 これまで力を発揮する機会がなかっただけで、意外と器用なことができたようである。


「……いいですよう。どうせ私、この旅の中で何もしてませんでしたから。後ろで皆さんの応援しかしてませんでしたから」


「まあ、非戦闘員だから仕方がありませんの。戦うのが仕事なのに役に立ってなかった人もいますから大丈夫ですわ」


「ティー……まさかとは思うがそれは私のことではないよな? 私だって頑張っていたんだぞ、本当に」


 ミリーシアが落ち込み、ティーが慰めるようにその肩を叩く。後ろではレンカが渋面になっている。

 そんな彼女達の声に交じって……カイムの耳に足音のようなものが聞こえてきた。


「おしゃべりはそこまでにしておけ……お出迎えが来たみたいだぜ?」


「え……?」


 ミリーシアが足音の方に目を向けると……うっすらと村を覆っている霧の中から複数の人影が現れる。

 それは一見して普通の村人に見えた。人型のシルエット。二本足で立って歩いており、手にはクワや鎌といった農具を手にしている。

 だが……彼らが近づいてくるにつれて、その異様さが明らかになってきた。

 村人達は手足が不自然に折れ曲がっており、首が逆向きにねじ曲がっている者までいる。

 身体のあちこちに傷があってどす黒い血がにじみ、腐った肉の表面をウジ虫が這っていた。


「ゾンビ……」


「……不気味極まりないですの。また吐きそうですわ」


 ミリーシアが肩を震わせ、ティーも口を手で押さえた。

 現れたのは腐った肉体を持ったアンデッド。スケルトンと並んでメジャーな不死者である『ゾンビ』と呼ばれるモンスターだった。


「見ているだけで鳥肌が立ちそうだな。コイツら……俺の毒が効くのか?」


 カイムが吐き気を堪えながらつぶやいた。

 すでに生きてはいないゾンビには毒が通用しない可能性が高い。強酸性の毒によって身体を溶かすという手もあるが……腐った身体(ゾンビ)白骨(スケルトン)になっても変わらず襲ってきそうな気もする。


「素手で殴るのも御免だな。魔力を纏っていても匂いが移りそうだ」


「ならばここは私が引き受けた。私が役立たずではないところを見せてやろう!」


 レンカが前に進み出て、剣を抜く。

 近づいてくるゾンビは十体ほど。動きは緩慢であるが多勢に無勢である。

 だが……レンカは恐れることなく地面を蹴った。


「ハアッ!」


 レンカが持った剣が一閃。ゾンビの一体が頭部を斬り飛ばされる。

 他のゾンビが左右から襲いかかってくるが、軽やかなステップによって掴みかかってくる腕を回避する。


「フッ! ハッ! ヤアッ!」


 レンカが次々と斬撃を放った。

 ゾンビの手足が斬り刻まれて地面に倒れていく。

 レンカの戦い方は舞踏のように鮮やかである。蝶のように舞い、蜂のように刺す――そんな比喩がそっくり当てはまる華麗なものだった。


「へえ、なかなかにやる。相手がゾンビでなければ見物だったんだがな……お?」


『オオオオオオオオオオ……』


 レンカに斬り刻まれたゾンビが地面でうごめいている。

 手足を斬り飛ばされ、首から上を失くした者までいるというのに……それでも残った部位で地面を這ってうめき声をあげていた。


「なるほど……不死身だな。剣で殺せないとなるとなかなか面倒そうだが……」


「大丈夫です、ここは任せてください!」


 ミリーシアが前に進み出てきて、首から下げたロザリオを握りしめる。

 ブツブツと呪文のようなものをつぶやいたかと思うと……辺り一帯に白い光が生じた。


「浄化の魔法――『聖なる円環(ホーリーサークル)』!」


「おおっ!?」


 ミリーシアを中心として円形に光が広がっていった。

 白い線で描かれた領域の内部にいるゾンビが灰になって消えていき、どんどん姿を消していく。


「すごいですの。ミリーシアさん、見直しましたわ!」


「ああ……これは俺達には真似できないな。大したものじゃないか」


 ティーとカイムが感嘆の声を漏らす。

 レンカが剣でゾンビの動きを止め、ミリーシアが神聖魔法によってトドメを刺す。これまで活躍の機会が少なかった主従の連携技である。


「ふう……これで終わりですね」


「はい。姫様、お疲れさまでした」


 気がつけば……辺り一帯に立ち込めていた霧が消えている。ミリーシアの放った光によってかき消されてしまったようだ。

 レンカがハンカチを取り出して腐肉で汚れた剣をぬぐい、悪臭が移った布を投げ捨てた。

 集まってきていたゾンビは残らず消えている。とりあえず、戦いは終了したとみて良いだろう。


「どうですか、カイムさん? 私達は役立たずではなかったでしょう?」


 ミリーシアが得意げに胸を張る。

 カイムは肩をすくめて、素直な感想を口にした。


「ああ……見事だったよ。レンカの剣技もミリーシアの魔法も。どっちもビックリするほど美しかった」


「そんな……美しいだなんて。褒めていただけるのなら、頭を撫でも構いませんよ?」


「私は撫でるよりもぶたれる方がいい。頭ではなく尻ならばなお良いな」


「う……」


 ミリーシア、ついでにレンカまでもが不穏なことを口にして距離を詰めてくる。

 カイムはわずかに身体をのけぞらせるが……やがて言われたとおりにミリーシアの頭を撫でた。


「えへへへ……嬉しいです。お母様が生きていた頃を思い出します」


「……そうかよ」


 はにかんで頬を染めるミリーシアに、カイムが照れ臭くなって顔を逸らす。


「このメス豚、ですのっ!」


「ぎゃあっ!? お前にやれとは言ってないぞ!?」


 その横では、ティーがレンカの尻を思いきり蹴り飛ばしていた。

 不死者の村という場所には似つかわしくない、何とも緊迫感のない依頼遂行である。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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