68.ギルドマスターとチョコレート
「話には聞いていたけど、随分と若いのね? もっと年配で経験豊富な方々かと思ったわ」
シャロン・イルダーナと名乗った女性が対面のソファに座り、悠然と脚を組んだ。
全身から余裕がにじみ出した大人の女の態度。若く未熟なミリーシアらがまだ到達していない境地である。
「えっと……お茶を失礼します」
シャロンと一緒に入ってきた受付嬢がテーブルにティーカップを並べていく。
カイム、ミリーシア、シャロンの順番でティーカップを置いて……困ったように眉尻を下げる。
「えっと……そちらのお二人は……?」
「お構いなくですの」
受付嬢が困ったような顔でカイムらの後ろに立ったままのティーとレンカを見るが、ティーが左右に手を振った。
困惑した顔の受付嬢だったが……ティーはメイド服。レンカは鎧を着ていることから、おおよその上下関係を察したらしい。
二人の分の茶をテーブルにおいて、「失礼しました」と応接室から出ていった。
「うん、良い香りね。どうぞ貴方達も飲んで頂戴」
「…………」
シャロンがティーカップを傾けてカイムらにも飲むように勧める。
ミリーシアが、カイムがティーカップを手に取った。
「お……?」
一口飲んで、口いっぱいに広がる芳醇な香り。
良い茶葉である。まったく紅茶に詳しくないカイムでもわかった。
(こんな美味い紅茶を出してくるんだ……歓迎されていることは間違いないな)
カイムは心中で頷き、今度は茶菓子に手を伸ばした。
小さなブロック状の形をした黒い塊。甘い香りがするから菓子には違いないのだろうが……知らない食べ物である。
「甘っ! 美味っ!」
口に放り込んで、カイムは思わず声を上げてしまった。
ビターな苦みの中にしっかりとした甘みがあり、カイムがこれまで食べたどんな甘味とも違った味わい。
こんな美味い菓子があるのかと頭を殴られたような衝撃が走る。
「あら? チョコを食べるのは初めてかしら?」
「ちょこ……というのか? 恐ろしく美味いな。何だこれは?」
「チョコ……あるいはチョコレート。帝国で流行りのお菓子ですよ。気に入っていただけたようで何よりね」
「ム……」
おかしそうに笑うシャロンが少しだけ癇に障るが、また一口チョコレートを噛むとそんな苛立ちも吹っ飛んでしまう。
とんでもなく美味い。酒を初めて飲んだ時と同様の衝撃がカイムを襲った。
隣に座っているミリーシアもチョコレートを口に運び、ニッコリと補足説明をしてくる。
「カイムさん、チョコレートは南方で採れる果実を材料にしたお菓子なんです。南北との貿易が盛んな帝国でしか食べられないお菓子ですね」
「そうなのか……さすがは大国。人種だけじゃなくて菓子までバリエーションがあるな」
言いながら、カイムはパクパクとチョコレートを口に放り込む。
自分だけ食べているのも申し訳ないと途中で気がついたのか……後ろに立っているティーとレンカにも数粒つまんで手渡した。
「あ、美味しいですの」
「……すまない」
チョコレートを渡された二人もコリコリと菓子を味わう。
五人が茶と菓子を嗜み、一息ついたころ……ようやくとばかりにシャロンが口を開く。
「さて……そろそろ本題に入りましょうか。皆さんは当ギルドに依頼を出しに来たのよね? 森の案内……でしたね?」
「ム……その通りだが?」
空っぽになった菓子の皿を残念そうに見下ろしながら……カイムがシャロンの質問に答えた。
「森を通って帝都まで行くところで。そこまでの案内役を雇いたい」
「護衛はいらないとのことだけど……まあ、さっきの実力を見たら納得ね。貴方達だったら、魔物に襲われても問題なく片付けることができるでしょう。『森の主』はナワバリを荒らされない限りは出てこないし、依頼内容自体に問題はないわね」
問題ない……などと言いつつ、シャロンが困ったように吐息をこぼす。
「だけど……残念ねえ。うちのギルドは現在、とても人手不足なのよ。なにせ稼ぎ頭だった冒険者が大怪我をして再起不能になってしまったから」
「おい、それはまさか……」
「そう、『黒の獅子』の三人よ。彼らはウチのギルドでトップの実力だったから。彼らがいなくなってしまった穴は大きいわね」
シャロンはこれみよがしに沈痛そうな表情になり、ゆっくりと頭を振った。
「彼らの横暴すぎる態度……貴方達も見たでしょう? 彼らは実力があって、ギルドにも貢献していたからあんな好き勝手をしても許されてきたのよ。でも、いくら腐っているからといって、柱を取り除いてしまったら建物は倒壊してしまうわよね。困ったわねえ。この穴はどうやってふさごうかしら?」
「ギルドマスター……言いたいことがあるのなら、はっきりと仰ってください。私達も愚痴に付き合うほど暇ではないのです」
カイムに代わって、ミリーシアが苦言を呈する。
彼女らしくもなく歯に衣着せぬ言い方になっているのは、ギルドマスターの言いたいことを薄々ながら予想しているからだろう。
「そう? それじゃあ、言わせてもらうわね?」
シャロンがパチリと両手を合わせて、笑顔で言ってくる。
「貴方達にウチのギルドで冒険者になって欲しいのよ。あの三人が抜けた穴を埋めてくれないかしら?」
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