64.決闘ーレンカの戦い
カイムとニックが本気になった向き合った一方。
少し離れた場所で、他の二組もまた熾烈な戦いを繰り広げていた。
「ヤアッ!」
「チッ……この女、なかなか素早いじゃねえか!?」
レンカが細身の剣で斬撃を繰り出し、手下その一を追い詰めている。
先ほどまでは弓矢で武装していた手下であったが、レンカに距離を詰められた時点で弓を手放し、両手のダガーに持ち替えていた。
「フッ! ハッ! ヤアッ!」
レンカの武装は細剣が一本。手下その一はダガーが二本。手数だけで言うのであれば手下の方が上である。
だが……レンカは巧みな動きで相手に反撃のチャンスを与えず、防戦一方の状態へと追い詰めていた。
「この……女のクセにやるじゃねえか! 大人しく尻でも振ってりゃいいのによ!」
レンカの斬撃を紙一重のところで防ぎながら、手下その一が悔しそうに悪態をつく。
かつて盗賊にやられて主君を危険にさらしてしまったレンカであったが、実際のところは弱いというわけではなかった。カイムのような怪物に比べるとどうしても見劣りしてしまうが……頭数の差さえなければ、盗賊にも冒険者にも容易く後れを取ることはない実力者である。
「クソッ……このアマ……!」
「隙あり!」
「グッ……!?」
レンカの一撃が手下の肩を裂いた。決して傷口は深くはないが……それでも手傷は手傷である。手下は顔面を歪めて傷口を押さえる。
「クソがあ! やりやがったな、この女ああああああああっ!」
手下その一が怒りに任せて吠える。
格下だと侮っていた相手、それも性の捌け口として劣情を抱いていた女からダメージを与えられて頭に血が上っていく。
元々、手下その一はアーチャーでありシーフ。距離を取っての奇襲や斥候が得意な冒険者であり、近接戦闘は不得手だった。
こうして距離を詰められてしまうと、どうしても弱い。手下その一の焦りに乗じて、レンカがここぞとばかりに攻め立てる。
「今度はこちらだ! ヤアッ!」
「グッ……!」
今度は太腿に剣先が突き刺さる。
致命傷ではないものの、これで斥候職の持ち味である機敏なフットワークが封じられてしまった。
チェックメイト。レンカの勝利が限りなく決定する。
「この……調子に乗ってんじゃねえぞ、クソ女があっ!?」
「クウッ……!?」
だが……手下その一が予想外の反撃に出た。
左手のダガーを投げ捨てると、腰のポシェットから取り出した小瓶をレンカめがけて投げつけてきたのだ。
レンカは剣で瓶を防ぐが……割れた瓶から緑色の粉が舞い上がり、レンカのことを包み込む。
「これは……毒か!?」
レンカは急な眠気にクラリと体勢を崩して鍛錬場に片膝をつく。
わずかに吸ってしまった緑の粉は睡眠作用のある毒薬だったのだろう。頭が重くなり、意識が遠のいていくのを感じた。
「ヒャッヒャッヒャ! ざまあみやがれ、引っかかったな!?」
「あ! 卑怯だぞ!」
「それでもBランク冒険者かよ! 正々堂々、戦いやがれ!」
手下その一の卑怯な戦いぶりに、周囲のギャラリーからヤジが飛んでくる。
「うるせえ! 毒を使っちゃいけねえなんてルールはなかっただろ!? 外野は黙っていやがれ!」
手下その一が周囲のヤジに怒鳴り返す。
確かに、審判役の受付嬢は『毒を使うな』とは言っていなかった。
だが……それは決して毒物の使用を認めていたわけではなく、「そんなものを使うことはあり得ない」と予想していたから明言しなかっただけである。
そもそも、この戦いはBランク冒険者である『黒の獅子』が圧勝するはずだった。
カイムらは一般人。冒険者ですらないのだから、受付嬢や観客の冒険者がそう考えるのは当然である。
それなのに……蓋を開けてみれば、『黒の獅子』のほうが追い詰められていた。絶対に使うことはないだろうと高をくくっていた毒物まで持ち出すほどに。
「…………」
受付嬢は難しい表情で黙り込む。
ルール上の違反はしていないが、明らかに手下その一の行動はやり過ぎである。止めに入るべきだろうと一歩前に出た。
だが……受付嬢が制止の言葉をかけるよりも先に、あっさりと決着がつく。
「ヒャッヒャッヒャ……ひゃあっ!?」
「隙ありいいいいいいいいいいっ!」
敵をまんまと毒に冒して笑っていた手下その一へと、レンカが鋭く斬りこんだ。
片膝をついた状態から脚のバネを使って前方に踏み出し、そのまま手下の胸部を深々と斬り裂く。
「痛えええええええええええッ!? な、何で動けるんだあああああああああっ!?」
手下その一が痛みのあまり泣きわめく。
身に着けていた鎧のおかげで致命傷は避けたものの、あと一歩で即死だっただろう。明らかに戦闘不能の大怪我である。
「フウ……どうやら私の勝ちのようだ。勝負あったな」
レンカが倒れた敵を見下ろして勝利宣言をする。
二本の脚でしっかりと立ったレンカには眠気もふらつきもない。毒の効果はまるで見られなかった。
「て、テメエッ……騙しやがったな!? この卑怯者、毒を吸ってないのに効いたふりをしてやがったな!?」
手下その一が自分のことを棚に上げて泣き喚く。
レンカは剣を軽く振って血を払い、鞘の中に切っ先を収める。
「毒は吸った。効いてもいた。だが……どうやら少量で効果が薄かったらしい。一瞬だけ眠気に襲われたが、すぐに良くなったぞ?」
「そんな馬鹿な……一ミリでオーガを眠らせる毒だってのに……!」
手下その一が地面に倒れこみながらうめく。
レンカは気がついていなかったが……実際はレンカはしっかりと毒を吸っていた。すぐに効果が消えたのは、レンカが毒に対して強い耐性を獲得していたからである。
ある種の薬物中毒者は毒や薬に対して抵抗力を獲得して、効きづらくなる時があるのだ。
レンカは『毒の王』であるカイムの体液を何度となく身体に受け、中毒症状を引き起こすことと引き換えにして、他の毒に対して強い耐性を得ていたのである。
肉や骨を融解させるような超強力な毒薬を例外として、人間が使用できる程度の毒であれば大抵は無効化できていた。
「ううっ……ちくしょお……」
受付嬢の指示を受けた冒険者が入ってきて、戦闘不能になった手下を運び込んでいく。
鍛錬場から連れ出されていく手下を見やり……レンカは満足げに頷いた。
「これで騎士の名誉回復だ。姫様に勝利を捧げることができたな!」
「レンカ―!」
鍛錬場の端からミリーシアが手を振ってくる。
レンカはニコッと笑って、敬愛する主君へ手を振ったのであった。
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