63.決闘―開幕
まず動いたのは斥候職である手下その一。
背中に背負っていた弓を素早く構えて、カイムめがけて矢を放ってきた。短弓から放たれた矢がカイムの腿を狙って飛んでくる。
「へえ……大した早撃ちだ。驚いたな」
カイムは感心してつぶやいた。
弓矢の速さはもとより、戦いが始まるまで矢を背負っていたところに驚かされてしまう。
矢を撃つつもりであれば最初から構えていればいい。それなのに……あえて戦闘開始の合図があるまで背負ったままにしていたのだ。矢を使うつもりはない……そう相手に先入観を与えて油断させる作戦だったのである。
(さすがはBランク冒険者というところか……だが)
カイムは脚を狙った矢を踏みつけて止める。
弓矢による奇襲は見事なものだったが……カイムを仕留められるほどのものではなかった。
「ムウンッ!」
「おおっ!」
だが……『黒の獅子』の攻撃も終わってはいなかった。
パーティーリーダーであるニックが大剣を振りかざし、カイムに叩きつけようとする。
「重量級の武器を持ってこのスピード……! なるほど、Bランク冒険者というのは伊達ではないようだな!」
「チッ……俺の一撃を素手で受け止めただと!?」
カイムは大剣の一撃を左手で受け止めた。圧縮した魔力を掌に纏い、ニックの一撃を防御する。
「クソがっ! 俺の剣を受け止めるとは……ただの雑魚ではなかったのかよ!?」
「そういうこと…………お返しだ!」
「グウウウウウウッ!?」
カイムがニックの胴体を蹴り飛ばし、強制的に後方へ下がらせた。
そのまま追撃をかけようとするが……左右から二人の手下が同時に攻撃を仕掛けてくる。
「キエエエエエエエエエエエエイッ!」
左側から襲ってきたのは法衣を着た手下その二。
金属のメイスを上段に構えてカイムを殴りつけようとする。
「喰らいやがれ!」
右側に回り込んで矢を放ってきたのは手下その一。
短時間でカイムの死角に回り込んでおり、再び矢を放ってくる。
「させませんの!」
「ハアッ!」
しかし、ニックに二人の手下がいるようにカイムも一人ではなかった。
左からくるメイスをティーが三節棍で弾き飛ばし、右からくる矢をレンカが剣で叩き落とす。
「カイム様、こちらは任せてくださいな!」
「カイム殿にばかり良い格好はさせぬ。騎士の面目躍如。汚名返上だ!」
「ああ、任せたぞ」
ティーとレンカがそれぞれの敵に向かっていき、カイムが吹き飛ばしたニックのことを追撃する。一対一の構図が三つできて、それぞれの戦いが始まった。
「おおっ!?」
「何者だ、あの旅人達は!?」
「強えじゃねえか! 『黒の獅子』と互角に渡り合ってるぞ!?」
周囲で観戦していた冒険者からも熱狂した声が生じる。
彼らの大部分が『黒の獅子』が圧勝することを信じていた。その予想があっさりと覆され、驚きの興奮に湧き上がる。
「本当に冒険者じゃないのか!? 騙された!」
「冒険者じゃないなら、名のある騎士かもしれないぜ!」
「畜生! アッチに賭けとけば良かった!」
「そこだ、やっちまえ! ハハッ、『黒の獅子』の連中は生意気だから嫌いだったんだ! そのままやられちまえ!」
冒険者らの怒号と歓声を浴びながら、カイムらはそれぞれの敵と向かい合う。
「ゴホッ、ゴホゴホッ……ガキが、思い切り蹴りつけやがって……!」
「苦しそうだな、降参するか?」
カイムが腹を蹴られて咳き込んでいるニックに声をかけた。
スタスタと接近してきたカイムを、ニックが憎しみを込めた瞳で見上げる。
「テメッ……舐めてんじゃねえ! 誰が降参なんてするかよ!」
「へえ……さすがにタフだな。やはり冒険者ランクは飾りじゃないわけか」
カイムは感心しながら顎を撫でる。
ルール上、殺すつもりではなかったものの……それなりのパワーで蹴りを入れたつもりである。内臓破裂とはいかないまでも、しばらくは動けなくなる程度の力は込めていた。
だが……ニックは腹を抑えながらも立ち上がり、大剣を持ち上げて構える。戦意は衰えておらずダメージは軽微だ。
(フン……正直、俺もこの冒険者共のことを舐めていたかもな)
新人冒険者や依頼人に絡んでいく輩などチンピラ紛いの三下。プライドばかり高くて実力を伴っていない雑魚であると決めつけていた。
だが……この三人の連携は見事なもの。一人一人の戦闘能力だってBランク冒険者として恥じないだけのものがある。
「よし……俺もそろそろ真剣に戦わせてもらうとしよう」
カイムは兜の緒を締め直して、ニックと向かい合った。
「他の二人は俺の仲間が片付けるだろうし……お前は俺が潰してやるよ。せいぜい抵抗して見せてくれ」
「生意気なことをほざいてくれるじゃねえか! 女連れの小僧を少しからかってやるつもりだったが……もう止めだ! 本気を出すのは俺の方。身の程知らずのクソガキに年長者への敬い方を教えてやるよ!」
ニックが身体を起こし、大剣を振り上げた。
カイムへと向けられた眼差しには強い敵意と闘志が宿っている。
全身から噴き出る魔力のオーラ。どうやら、本気を出すというのはハッタリではなかったようだ。
「いいぜ……来な!」
ニックに向けて拳を構え、カイムもまた全身に圧縮した魔力を纏う。
模擬実践の第二幕。
ここからが、本当の戦いの始まりである。
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