59.宿場町
途中で予想外のアクシデントはあったものの、馬車は無事に北方の宿場町に到着した。
たどり着いたのは港町よりもいくらか小さな地方都市である。
町の周囲を城壁に囲まれているが、入り口の門扉には兵士などは立っておらず、誰でも入れるようになっていた。
治安が良いのか、それとも物流を良くするための処置なのかもしれない。
馬車から降りて、ミリーシアが胸に手を当てて安堵の溜息をついた。
「どうやら……無事に到着することができたようですね。まだ私のことはこの町まで手配が回っていないようですし……ひとまずは安心です」
「……無事かどうかはわからないがな。おかしな女と同乗することになったことだし」
一歩間違えれば、憲兵と『首狩りロズベット』との戦いに巻き込まれるところだった。
誰も怪我をすることなく宿場町に到着できたのは幸運と言えるだろう。
「それで……これからどうするつもりだ?」
ミリーシアに尋ねると、彼女は少しだけ考えてから口を開く。
「とりあえず、今夜の宿を探しましょう。明日になったら北回りの経路で帝都に向かうことにします」
「宿屋か……このパターンはまた揉めそうな気がするのだがな」
「流石に何度も問題は起こりませんよ。どれほど不運だというのですか」
「……そのセリフがまたおかしな旗を立てている気がするのだがな」
カイムはわずかに顔を引きつらせながらも、ミリーシアが言っていたように宿屋を探す。
幸いにして、すぐに今晩の寝床は決まった。領主の兵士に踏み込まれたり、魔物の襲撃に遭ったり……そんな危惧していたトラブルも起こらない。
強いて問題が生じたとすれば、またしても夜に激しい戦いが巻き起こったこと。三人の女性達に囲まれて、カイムが虫の息にさせられたことくらいだろう。
一人を除いて無事に朝を迎え、カイムらは旅を再開することになったのである。
「さて……改めて今後のことですが、昨晩も話した通りに北にある『リュカオンの森』を通って帝都に向かいたいと思います」
出発するにあたって、ミリーシアがそんなふうに宣言した。
それは昨晩……ことを始める前に簡単に話し合い、決めておいたことである。
この町から帝都に向かう経路は大きく二つある。
一方はこのまま街道を通っていく経路。安全で魔物の襲撃も少ない道筋。
そして……もう一方が『リュカオンの森』という名前の深く広大な森林を突っ切っていく経路である。
当然ながら、前者の方が安全で利用する人間が多い。しかし……街道を通る関係上、どうしたって人目につきやすく、追手にも補足される可能性も高い。
ミリーシアが帝国に戻ってきたことは、すでに第一皇子派閥の人間に知られていることだろう。
皇女であるミリーシアを利用するにせよ、始末するにせよ……何らかの接触を図ってくる可能性が高い。
カイムという力強い味方がついているとしても、次期皇帝候補である第一皇子の力は侮れない。
純粋なマンパワーが違うのだ。第一皇子がその気になれば、憲兵や軍隊を動かすことも、暗殺者を送り込むことだって可能である。
いくらカイムが強いといっても、数百数千の兵士、その陰に隠れて襲ってくる暗殺者からミリーシアを守り続けることは至難だろう。
ゆえに、カイムらはあえて街道を避けてリュカオンの森に入ることを決めたのである。
「リュカオンの森には凶暴な狼のモンスターが生息しています。森の主である『シルバーヘッド』という個体については、少なくとも伯爵級以上の力を持っているものとみなされています」
「『伯爵級』……厄介ではあるが、絶望的というほどではないな。どちらかというと、道に迷わずに森を出られるかどうかの方が厄介じゃないか?」
「そうですね……ですから、案内人を雇って森に入りたいと思います。リュカオンの森は薬草など天然資源の宝庫ですから、そこに出入りしている冒険者がいるはずです。彼らに依頼を出して道案内を頼みたいと思います」
「つまり、これから行くのは……」
カイムが瞳を輝かせた。
ミリーシアの説明を聞いて、これから向かう場所を察したのである。
「はい、この町にある冒険者ギルドに向かいましょう」
冒険者ギルド。
それはカイムの両親も所属していた国家の枠組みを超えた独立組織であり、カイムが幼い頃から夢見て憧れていた場所だった。
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