58.狩られし者の末路
「クッ……何をやっている! 早くその女を斬り殺せ!」
憲兵のリーダーの怒号が響き渡る。
命令に従って憲兵がロズベットに剣を振るうが……彼女が振るう朱色の血の刃が、次々と憲兵を斬り伏せていく。
「足りないわ。もっと修羅場を。もっと血をよこしなさい!」
大量の返り血を浴びながら、ロズベットが憲兵の頭部を切断していく。
ロズベットは技でもスピードでも大きく勝っている。憲兵らに勝利の目があるとすれば数の差、そして武器のリーチ差だけだった。
しかし、現在進行形で数の差はどんどん埋められている。
ロズベットがナイフを捨てて血の刃を出したことで、リーチ差もなくなっていた。
もはや憲兵らに勝利はない。彼らに選ぶことができるとすれば、全滅して負けるか逃走して負けるかの二択である。
「クッ……仕方がない!」
「た、隊長!?」
「私は閣下にこのことを報告する! 貴様らはそこで時間を稼ぐのだ!」
「そんな……隊長! 待ってください!」
どうやら、憲兵らのリーダーは思った以上にクズな人物だったようである。
部下にロズベットのことを押し付けて、自分だけ馬にまたがって逃げ出した。
「ひ……ヒイイイイイイイイイッ!?」
「逃げろ! 殺されるぞ!」
こうなってしまうと、もはや戦線を維持できるだけの士気はない。生き残っていた憲兵らが我先に逃げ出していく。
「気に入らないわね。とてもとても不愉快よ」
逃げ出していく憲兵らに……ロズベットが不快そうにつぶやいた。
「自分からケンカを売ってきておいて、危なくなったら逃げ出す? そんな都合の良い事が許されるわけがないじゃない」
ロズベットが血の刃を地面に倒れていた死体に突き刺した。
すると……見る見るうちに死体がやせ細っていき、やがてそれは血の気の通わないミイラへと変貌する。
「敗軍の将は責任を取るものでしょう? そんなことは兵士ではない私にだって理解できるわ」
ロズベットが頭上に血の剣を掲げた。
先ほどまでは一メートルほどのサイズしかなかったそれは、兵士らの血を吸って大きく成長している。
ロズベットが右手を振り下ろすと……大量の血液が大蛇のように伸びて、憲兵のリーダーを追っていく。
「ヒイイイイイイイイイッ!? 誰か、誰か私を助けろ! 私の盾にならんか!」
憲兵のリーダーが叫ぶも、部下を見捨てて逃げた男を助けようとするものはいない。
長くのたうつ刃がリーダーの首を裂き、遠くで頭部を失った男の身体が馬から転がり落ちた。
「他の連中は……いいわ、見逃してあげる。追いかけるのが面倒だから」
憲兵隊の大多数が殺害され、残りは逃げていく。
『首狩りロズベット』と呼ばれる無類の強さの殺し屋が、たった一人で憲兵隊を壊滅させてしまった。
「なるほど……強い」
カイムは称賛の言葉をつぶやいた。
ロズベットは強い。かなり強い。
『拳聖』であるケヴィン・ハルスベルクほどではないと思うが、出奔してから出会った人間の中では間違いなく最強である。
「お……?」
などと感心していると急に馬車が動き出した。
御者が馬に激しく鞭を打って、その場から逃げ去ろうとしていたのである。
「皆さん、座っていてください! 早くここから逃げますよ!」
御者が馬を操りながら、乗客に向かって叫ぶ。
「憲兵の人らがやられちまった! こんな場所にいたら、今度はアタシらが殺されちまう!」
「そ、そうだそうだ! 早く逃げてくれ!」
「まさかあんな恐ろしい女が同乗していたなんて……考えるだけでおっかねえ!」
乗客も口々に逃げることを賛同した。
状況から見れば適切な判断である。むしろ、逃げるのが遅すぎたくらいだ。
「カイム様……!」
「カイムさん……危ないですから、座ってください!」
「……ああ、そうだな」
ティーとミリーシアが袖を引っ張ってくる。
カイムは幌馬車の後方から後ろに視線を向けつつ、彼女達に頷き返す。
馬車が遠ざかっていき、修羅場と化した街道にロズベットと死体の山が残される。
ロズベットに追いかけてくる雰囲気はない。どうやら、馬車や乗客を襲うつもりは無さそうだ。
「…………」
血溜まりの中に立ちながら、ロズベットが逃げ去る馬車を見つめている。
自然と、幌馬車から顔を覗かせたカイムと視線が合う。
「フン……」
「…………」
こちらを見つめてくる冷たい視線に……カイムはまたどこかでロズベットと相まみえるのではないかと、そんな予感を背筋に感じたのであった。
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