57.首狩りロズベット
「捕らえろ!」
憲兵がナイフを構えた少女――ロズベットに一斉に飛びかかる。
「武器を使わないとは舐めているわね。せめて殺す気でかかってきなさいよ」
数人の憲兵がロズベットを捕らえようとする。
剣や槍を使わないあたり、どうやら生け捕りすることが目的のようだ。
ロズベットはナイフで武装しているとはいえ……多勢に無勢。ましてや、小柄な少女でしかないロズベットなど、大の男数人がかりとなれば容易に捕らえられてしまうだろう。
「だが……馬鹿だな。甘っちょろいことをしやがる」
馬車の中から外の戦いを眺め……カイムは処置無しとばかりに首を振った。
甘い。甘過ぎる。
血管の中に蜂蜜が流れているのかと思うほど、甘っちょろい対応である。
「お前らじゃ止められないぞ。その女は」
「ハッ!」
ロズベットが左右のナイフを振るった。
左右のナイフが銀色の曲線を描き、憲兵二人の首を刈り取った。
「な……!」
「馬鹿な! 速過ぎる!?」
首を斬り落とされた憲兵の死体から噴水のように血液が噴き出す。
瞬き一つほどの時間で二人の人間の命を奪い取った……恐るべき早業である。
「それなりに……いや、かなり速い。何者だ?」
カイムは馬車の中での短い相対の中で、ロズベットの強さの一端を感じ取っていた。
ロズベットのスピードはカイムでも目が追うのがやっとという速度。外見に騙されているのか、油断した様子の憲兵ではとても反応することはできまい。
「殺すつもりでやるべきだった。手段を選ばず、それこそ馬車に矢を撃ち込んで火を放つくらいのことはするべきだった」
憲兵はどんな手を使ってでも、ロズベットを騙し討ちするべきだったのだ。
まともに戦えば、ロズベットのスピードに対応できずに殺されるだけなのだから。
「『首狩りロズベット』……聞いたことがありますわ」
「ミリーシア?」
カイムの背中越しに外を窺っていたミリーシアがポツリとつぶやいた。
「名うての殺し屋として有名な人物です。標的にされた人間はことごとく首を斬り落とされているとのことですが……まさか、あんな小さな少女だったとは思いませんでした」
「身体は小さい。しかし……あの実力は本物だ。私もあと少しで殺されるところだった」
レンカが刺されそうになった腹部を撫でながら、悔しそうに表情を歪める。
レンカとて訓練を積んだ騎士。失態続きのため弱いと勘違いしそうになるが、それなりに実力はあった。
しかし、それでもロズベットには敵わないだろう。あの時は不意打ちだったが、剣を抜いて真っ向勝負したとしても勝利できる保証はない。
その程度にはロズベットの動きは鋭く、素早いものだった。
「クソッ……生け捕りは不可能か!?」
「だが、怪我をさせることなく確保せよとの命令だぞ!?」
「出来るわけねえだろうが! こっちの方が殺されちまうぞ!?」
憲兵は言い合いをしつつ、剣を抜くべきかどうか迷っているようである。
会話から察するに……彼らは何者かに命令を受けたうえでロズベットを捕縛しようとしているらしい。
「生け捕りにできるほど弱くはないわ。舐めないで頂戴」
「ガハッ!?」
また一人、刃によって喉を裂かれた憲兵が地面に倒れた。
戦闘が始まってから一分ほどしか経っていないというのに、すでに憲兵の半分が倒されている。このままでは、全滅は時間の問題だろう。
「クッ……やむを得ん! 全員、抜剣せよ!」
戦況ふりを悟った憲兵のリーダーが配下に命令する。
待ってましたとばかりに憲兵らは腰の剣を抜き、尖った切っ先をロズベットに向けた。
「これが最後だ、『首狩りロズベット』! 我らとともに主のもとに同行せよ! 逆らうのであれば……」
「殺してみなさいよ。それが仕事でしょう?」
「……仕方がない。斬れ!」
「「「「「ハッ!」」」」」
憲兵が一斉に斬りかかる。
ロズベットが装備しているのは二本のナイフのみ。
いくらスピードで勝っていると言えど、短いナイフだけで十本近い剣を捌ききることは不可能である。
相手を殺す覚悟を決めた以上……形勢逆転。憲兵の側に勝利が傾いていた。
「いいわよ。そうこなくっちゃ」
しかし……ロズベットの表情に焦りの感情はない。
小柄な殺し屋は余裕に満ちた笑みを浮かべたまま、両手に握った剣を投げ捨てた。
「殺る気のない相手を一方的に切り刻むのに罪悪感を感じていたところよ。これで思う存分に殺り合えるわね」
「なっ……」
憲兵の口から驚愕の声が漏れた。
ナイフを手放したロズベットの両手から、朱色の剣のようなものが伸びてきたのである。
「水魔法――【血溜まりの美姫】」
ロズベットが左右の赤い剣を振りかざし、妖しくつぶやく。
可愛らしいとすらいえる相貌には殺戮を愉しむ狂気の色が浮かんでおり、まるで地獄の鬼が乗り移ったようである。
「あれは……魔法なのか?」
馬車の中から戦いを眺め、カイムが目を細めた。
ロズベットの両手から伸びた朱色の剣であったが……毒々しいまでに不気味な刃に、カイムは自分の技――【青龍】と近いものを感じていた。
(【青龍】は圧縮した魔力を刃の形状に具象化し、敵を斬り裂く技だ。しかし、あの剣は……)
魔力が籠っているという点ではちかいのだが……決定的に異なるのは、あの剣は魔力が具象化したのもではなく確固たる形と質量があることである。
「まさか……血液を魔力で操っているのか? 両手から出した血に魔力を通し、硬質化して武器にしている?」
何という無茶な使い方だろう。
風や水を刃として放つというのであれば一般的な攻撃魔法だが、わざわざ自分の血液を武器にするなんてリスクが高すぎる。
あんな使い方で魔法を使用していれば、すぐに貧血……最悪の場合、失血死してしまうことだろう。
「では……さようなら」
「なっ……!」
カイムの懸念をよそに、ロズベットは地面を蹴って憲兵に飛びかかる。
最前列にいた憲兵の懐に潜り込んで左腕を振った。
「ガハッ……!」
真っ赤な血の刃が憲兵の首を斬り裂いた。
先ほどのように喉を斬るだけではない。まるで木の枝でもへし折るようにあっさりと頸骨まで切断し、憲兵の首が宙を舞ったのである。
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