46.夜道の襲撃者
その後、服屋に入ったカイムはティーの衣類を購入した。
ティーはカイムを追いかけるために簡単な荷物だけを持ち、着の身着のままでハルスベルク家の屋敷を飛び出してきたらしい。
着替えなどもせいぜい替えの下着くらいしか持っていなかったため、ここでまとめて購入することにした。
「がうう……カイム様、赤と黒とどっちが好みですの?」
「…………知るか」
上下の下着を手に取って尋ねてくるティーに、カイムは憮然として答える。
二人がいるのは店の奥にある下着コーナーだった。周囲を女性用の下着に囲まれて、カイは居心地悪そうに視線を宙にさまよわせる。
「……服を買ってやるとは言ったが、選んでやるとまでは言ってないぞ。俺に女物の下着の良し悪しがわかるわけないだろ」
「そんなに難しく考えることはありませんわ。ご主人様が脱がすことになる下着ですし、交尾したくなる方を選べばいいですの」
「余計にわかるかよ!」
カイムが言い返しながら横目に店のカウンターを窺うと、女性の店員がニヤニヤと愉快そうに眺めていた。見世物にされているようでますます居心地が悪い。
「赤だ……お前には赤の方が似合う」
仕方がなしに、カイムは思ったことを口にする。
白い髪と獣耳、尻尾の持ち主であるティーには鮮やかな赤色が映えると思ったのだ。
「なるほどですわ。ちょっと試着してきますから、待っていて欲しいですの」
「試着するのか!? わざわざ!?」
「がうっ。胸の形が崩れないようにちゃんとサイズが合ったものを選ぶようにと、さっき店員さんが言っていましたわ。カイム様のためのおっぱいなのですから、ちゃんと手入れをしてもらいますの」
「ぐうっ……!」
カイムは予想外の攻撃にダメージを受けながら、ティーの下着と服を購入した。
空賊と戦った時以上の疲労に肩を落としたカイムの前に、購入したばかりの服を着たティーが現れる。
「カイム様、お待たせしましたの」
「…………」
試着室から現れたティーは丈の凝った意匠が入れられた白色のドレスに身を包んでおり、深いスリットの入った裾から長い脚が伸びている。胸元も大きく開いており、大きな乳房がこれでもかと自己主張していた。
まるでパーティーにでも参加するような格好になったティーに、カウンターの向こうにいた女性店員が「パチン」と両手を合わせる。
「まあ、お似合いですこと! そうですよねえ、旦那さん?」
「…………ああ、似合っているよ。文句なしに」
女性店員に促され、仕方がなしにカイムが肯定した。
「がうううっ……カイム様、嬉しいですわ! 本当に本当にティーは幸せ者ですの!」
照れを多分に含んだ言葉は気が利いたものではなかったが、ティーは嬉しそうに満面の笑みを浮かべたのであった。
その後、ドレスに着替えたティーに合わせるようにして、カイムもスーツを購入させられることになる。
騙されたような気持になりながら多額の料金を支払い、せっかくだからと店員に紹介されたレストランで夕飯を摂った。
紹介されたのは町でも有数の高級レストラン。ドレスコードのある店だったが、服屋で着替えていたため問題なく入店できた。
店で出される酒、料理ともに非常に高級なものだったが……もちろん、その値段も高級である。盗賊から奪った金銭がなければ入店を躊躇っていたことだろう。
「店の酒、全部持ってきてくれ」
ご機嫌な様子で料理を食べるティーの前に座り、カイムはやけくそのようにそんな注文をしたのである。
カイムとティーは初めて食べる高級レストランの料理に舌鼓を打ち、酒をタップリと味わい……そうして、故郷であるジェイド王国から出国して最初の夜を堪能した。
おそらく、この日は後になって思い返しても記念になるような一晩になったことだろう。このまま何事もなければ、宿屋に帰ってからのことも含めて、最高の思い出になったに違いない。
そう……このまま、何事もなければの話だが。
「……どうして、こうなるんだろうな。まったく」
「ガウッ……カイム様とティーの時間を邪魔して、許せませんの!」
レストランから出て宿屋に戻る帰り道……カイムとティーは黒ずくめの集団に囲まれ、うんざりとした言葉を吐いたのであった。
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