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45.買い物


 部屋割は揉めに揉めたものの、結局、カイムはティーと同じ部屋に泊まることになった。

 同じ宿が満室になってしまったため、ミリーシアとレンカは少し離れた場所にある別の宿屋を取っている。

 ミリーシアはカイムと別の宿になったことをハンカチを噛んで悔しがっていたが……そこまで悲嘆するほどのことだろうか。自分の寵愛を競い合われているカイムとしては首を傾げるばかりである。


「さて……それじゃあ、ちょっと観光がてら飯でも食いに行くか」


「はいですわ!」


 宿屋に荷物を置いたカイムとティーは、そのまま二人で出かけることにした。

 本当は今日のところは休んで、明日にでもゆっくり町を見て回りたかったのだが……ミリーシアから待ったがかかったのである。


『申し訳ありません。できれば明日にでも帝都に向かって出発したいのですが……』


 申し訳なさそうに言うミリーシアには、どうやら旅を急ぐ事情があるようだ。

 港で太守に顔を見られて焦っていたことだし、ひょっとしたら、この町にいづらい事情があるのかもしれない。


(じっくりと観光できないのは残念だが……ミリーシアは一応、雇い主だからな。意向はできる限り尊重しないと)


 そういった事情もあって、カイムはあえて宿屋で食事を摂ることなく外に食べに出ることにした。レストランでも探しつつ町を見て回ろうという考えである。

 ちなみに、ミリーシアとレンカも誘ったのだが……予想に反して、二人は首を振って断ってきた。

 疲れたので早めに休みたいとのことだが……ひょっとしたら、顔を見られないように外を出歩きたくないのかもしれない。


 カイムとティーは宿屋から出て、特に目的地を定めることなく大通りをブラついた。

 すでに日が落ちかけているというのに、通りには少なくない人が歩いている。あちこちに並んでいた露店が営業を終了させ、代わりに酒場などが営業し始めていた。

 酒場の中には露出の大きな服を着た女性が客引きをしているところもあり……健康的な男児であるカイムの視線を誘ってくる。


「カイム様、隣にティーがいるのにあんまりじゃないですかっ!」


「痛っ!」


 ティーが「キュッ」とカイムの脇腹をつねる。

 女の子らしく可愛らしい嫉妬だったが……虎人の腕力でつねられたため、カイムはわりと本気で痛がった。

 ティーは扇情的なドレスを着た客引きを恨めしげに睨み、自分のメイド服を見下ろした。


「がうう……ティーもああいうドレスを着たら、カイム様に喜んでもらえますの? メイド服に飽きてしまったのですの?」


「飽きるも何も……いや、そういうことじゃなくてな」


 カイムは言い訳しつつ、珍しく落ち込んだ様子のティーに焦る。

 怒ったり拗ねたりすることはよくあったが……ティーが消沈することは滅多にないことだった。

 慌てて左右を見回すカイムであったが……偶然、そこで一軒の店が目に入る。


「あー……別にメイド服に飽きるとかいうことはないが、たまには違う服を着てもいいかもな。ちょうどそこに服屋もあることだし」


 カイムの視線の先にあったのは清潔そうな店構えの服屋だった。

 貴族や王族が利用するような高級店ではなかったが、庶民がちょっと奮発して贅沢な服を買うのにちょうど良い店である。


「がうっ!? 服を買ってくれますの!? カイム様がティーに!?」


 ティーが驚いて「ピンッ!」と縞模様の尻尾を伸ばす。

 そんなに驚くことかと首を傾げるが……考えてもみれば、カイムがティーに何かを買い与えたことはなかった。


(そもそも、俺はこの間まで十三歳のガキだったし。親父からは銅貨一枚すら小遣いとして貰ってなかったからな)


 子供の頃に庭で摘んだ花をプレゼントしようとした記憶があるが……手に取った瞬間、毒のせいか花が枯れてブルーになったことをカイムは覚えていた。


「……さんざん世話になってきたからな。服くらい買ってやるさ」


「カイム様……!」


 感極まって、ティーが飛び跳ねるようにしてカイムに抱き着いた。両手でカイムの頭部を抱きかかえ、脚でガッチリと胴体をホールドする。


「わっ!」


「感激ですわ! 感謝ですわ! 感無量ですわ! 今日が私の人生最良の日ですの!」


「や、安い人生だったんだな……そろそろ放せ」


 カイムは柔らかな双丘に顔面を埋めながら、苦しそうにティーの背中を叩いたのであった。



ここまで読んでいただきありがとうございます。

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