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38.獣の愛


 横暴な帝国貴族に(きゅう)をすえて……そのままの流れでさりげなく立ち去ろうとするカイムであったが、その襟首をガッシリと掴まれる。


「カイム様、逃がしませんの」


「…………おう」


 カイムはティーに引きずられるようにして連れ込み宿(ラブホテル)に連行された。

 抵抗することなどできない。できるわけがなかった。

 獣人の中でも特に戦闘能力が高い虎人であるティーの腕力は成人男性の数倍。その気になれば、カイムの身体を持ち上げて荷物のように運搬することだってできる。

 もちろん、闘鬼神流を修めたカイムが全力で抵抗すれば阻止できるが……無断で出奔してことや、行きずりの女を抱いたことが負い目になって、力ずくの抵抗はできなかった。


 結局、カイムは悪い男に引っかかった生娘のように連れ込み宿に引きずり込まれることになり、十年以上を共に過ごしたメイドによって捕食された。性的に。


 そして……五時間後。

 ベッドに横たわったティーが蕩けきった感嘆の声を上げた。


「がうううう……すごいですの。カイム様がこんなにも逞しく成長するだなんて……ティーは感激ですわ……」


 激しい運動によって体力を使い果たし、息も絶え絶えになったティーがベッドに沈む。


「ハア、ハア……それはこっちのセリフだ。搾り取られて死ぬかと思ったぞ」


 カイムもまた満身創痍といった状態でベッドに仰向けになっている。

 五時間もの間、ひたすらティーによって身体を貪られ、もはや指一本動かせないほどに憔悴していた。


(淫獣か、コイツは……獣人の体力を舐めてた……)


 ベッドに入ってからしばらくは一方的にティーにやられていた。

 まるで虎が獲物を捕食するように身体を貪られ、全身を舐められ、文字通りに精を吸いつくされてしまう。

 このままでは本当に枯れ死んでしまうと後半になって抵抗し、ようやく虎人の女をベッドに沈めることに成功したのである。


「ハア……ハア……ハア……ハア……」


 激しい戦いだった。

 ひょっとしたら、『拳聖』である父親との戦い以上に死を覚悟したかもしれない。

 ティーは獣人らしく体力も一級品だが、その身体もまた極上であった。豊満に実ったバストといい、引き締まった腰といい、長く伸びた脚といい……一晩を共にすれば生涯忘れることはできないであろう完璧なプロポーションだった。


(ミリーシアやレンカが劣っているわけではないのだが……いや、やめておこう。女の身体を比べるなんて下種な男のやることだ)


「ティーは満足しましたの……これでティーもカイム様の牝になれたのですわ……」


「ああ……もうそれでいいよ。恋人だろうが愛人だろうが、好きなように名乗りやがれ」


「これからもいっぱい奉仕しますわ……今夜が楽しみですの」


「…………」


 まさか、今晩も犯るつもりなのだろうか?

 流石にそれはやめて欲しい。今度こそ干物になってしまう。


「なあ……ティー。俺はこれから帝国に向かうつもりだが……本当についてきても良かったのか?」


「がう……何ですの、今さら」


 ティーがベッドから上半身を起こし、怪訝に眉根を寄せた。

 豊かな胸がふわりと動いで目を誘ってくるが……カイムは自制して真面目な話を続ける。


「自分で言うのもなんだが……俺はこれから、様々なトラブルに巻き込まれると思う。『毒の王』となったことで教会関係者からは命を狙われるかもしれないし、親父が刺客を雇って送ってくる可能性もある。あの二人……ミリーシア関係のトラブルに首を突っ込むことになるかもしれない。本当に……俺についてきても良かったのか?」


『呪い子』として生を受けた時点で、カイムが平凡な人生を送ることなどできなかったのだろう。

 かつてはそれを諦めという形で受け入れていたが……今は自分の意思で呪われた人生を突き進むことを決意していた。

 もちろん、カイムと一緒にいれば危険な目に遭うことになるだろう。現在、唯一の家族であるティーをそれに巻き込むのは少々、気が引けた。


「がうっ!」


「んぐっ!?」


 前触れもなく、ティーがカイムの唇を奪う。

 ベッドに仰向けになったカイムの上に覆いかぶさり、抵抗する男の唇を激しく貪った。


「んんんんんんんっ~~~!?」


 呼吸が詰まる。それは『蹂躙』と呼んでよいほどに激しい接吻だった。

 たっぷりと十分近くも唇を貪られ……カイムはようやく解放された。


「ぷはあっ! な、何しやがるんだ急にっ!?」


「カイム様。カイム様は私の『愛』を舐めていますわ!」


「はあ?」


 ティーは主人の身体に跨ったまま、身体を逸らして堂々と言い放つ。


「ティーは初めて会ったときから、カイム様と生涯を添い遂げると決めていましたの! たとえ行き先が地獄であったとしても、ティーはどこまでもお供しますわ!」


「…………」


 胸を反らして巨大な乳房を揺らして宣言するティーに、カイムは何も言えずに黙り込んだ。

 どうやら、本当にティーの忠義を舐めていたようである。まさか地獄に添い遂げる覚悟でついてきたとは思わなかった。


(これは素直に反省だな……獣人の、いや『女の覚悟』というやつを侮っていたかもしれない)


「わかった……俺が悪かった。一緒に行こう」


 カイムは横になったまま両手を上げて降参する。

 こうなったら、もうティーを置いてはいくまい。本人の希望通り地獄まで連れて行くとしよう。


「ところで……初めて会ったときというと、俺は赤ん坊だったのだが。まさか、その時から俺をこんなふうに襲うつもりだったじゃ……」


「がうっ、知りませんわー」


 ティーは飼い主にじゃれつく猫のように、カイムの胸に甘えて頭をすり寄せるのであった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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