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33.変わらぬ忠義


「ガウウウウウウッ! カイム様は勝手ですわ! 鬼畜ですわ! 悪逆非道ですわ!」


 長年、自分の世話をみてくれたメイドに捕獲されたカイムは、力ずくで近くの飲食店に連れ込まれることになった。

 レストランの隅のテーブルではティーが尖った犬歯を剥いて、対面に座ったカイムに説教をしている。


「ティーを巻き込みたくなかった!? これまでの生活が崩れてしまう!? 舐めてるんじゃないですの! 今のティーがあるのはカイム様と奥様のおかげ。それなのに……自分の生活の安定のためにカイム様を見捨てるわけがないですわ! 忠義を舐めているんですの!?」


「……ごめんなさい。すいません。俺が馬鹿でした」


 どうやら……こういう時には、男はひたすら平謝りをするしかできないようである。

 カイムは使用人であるはずの女性に何度も頭を下げて、言い訳することなく謝罪の言葉を繰り返した。


「そもそも、どうしてカイム様は大人の姿になっているですの!? 私がいない間に、大人の階段を上ってしまいましたの!?」


「それは……っていうか、お前はどうして俺が『カイム・ハルスベルク』だとわかったんだよ。姿形が全然違うと思うのだが?」


 当たり前のように自分を「カイム」として扱っていたから気がつかなかったが……カイムは現在、十八歳ほどまで成長しており、髪や瞳の色も変わっている。

 ティーはどうして、カイムが「カイム・ハルスベルク」であると認識できたのだろうか?


「がうっ、わからないわけがないですわ。カイム様の匂いは変わっていませんし。それに……お顔立ちが若い頃の奥様にそっくりでしたから」


「母様に……?」


「はい、病気で痩せ細った姿しか知らないカイム様はわからないかもしれませんけど……若い頃の奥様は、今のカイム様と瓜二つでしたの」


「そう、なのか……」


 ティーの言葉にカイムは微妙な返事をする。

 敬愛する母親とそっくりと言われるのは嬉しいような、恥ずかしいような、不思議な感慨があった。


「この町までは匂いを追跡してきましたの。最近は雨も降っていませんでしたし、余裕でしたわ!」


 ティーが得意げに胸を張り、エプロンドレスに包まれた豊かな胸部がグイッと強調される。

 どうでもいいが、ティーはこの格好でここまで追いかけて来たのだろうか。

 地面の匂いを嗅ぎながら主人を追いかけ、街道を進んでいくメイド……さぞや悪目立ちしたに違いない。


「虎人族は人間よりもずっと鼻が利きますの! 狼や犬ほどではありませんが……嗅ぎ慣れた匂いをたどって主人の後を追うくらい朝飯前ですわ!」


「主人……か。父……ハルスベルク伯爵よりも俺のことを選んでくれるのか? 俺は爵位も財産もない。お前の働きに報いる手段なんて持ってないんだぞ?」


「がうっ! 関係ありませんわ! ティーの主人はカイム様だけ。それは拾っていただいた時から変わりませんの! あ、もちろん奥様のことも敬愛していますわ!」


「…………」


 ティーを置いて旅に出たのは間違いだったらしい。

 カイムはティーを自分の事情に巻き込みたくなくて、彼女の生活を壊さないように、何も言わずに領地を出た。

 しかし、それはティーにとっては有り難迷惑だったようだ。

 ティーの居場所はカイムの横。ティーの主人はカイムだけだったのである。


「……泣かせてくれるじゃないか。どうやら、俺は君の忠誠心を見誤っていたようだ」


「がう、反省してください。ティーはカイム様のいるところなら何処にだって行きますの! ゆりかごから墓場までですわ!」


「それは意味が違う気がするけど……心の底から嬉しいよ。ありがとう」


 カイムは素直に礼を言った。


 母の遺言通りに家族を捜す旅に出たつもりだったが……どうやら、カイムには少なくとも一人は家族がいたらしい。

 安定した仕事も温かな住処も、何もかも投げ出して追いかけてきてくれたティーが家族じゃないなんて言えるわけがない。


(どうやら……俺が馬鹿だったらしい。家族を捜すための旅で、いきなり大事な家族を置いて来ちまうなんて……猛省だな)


「ところで……ティーはカイム様に訊きたいことがありますわ」


「何だ? 何だって聞いてくれ。包み隠さず答えるよ」


 ティーの忠義に感極まったカイムは、鼻をすすって涙を堪える。

 どんな質問にも正直に答えようと鷹揚に頷いたが……直後、思いっきり顔の筋肉を硬直させることになる。


「カイム様の身体から女の……いえ、『牝』の匂いがしますわ。それ、どなたの匂いですの?」


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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