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31.夢の後


「う……夢、か……?」


 おかしな夢だった。

 ここにいるはずのない人間と会って、おまけに説教のような授業までされてしまった。

 あれは本当に夢だったのだろうか? 疑わしくなるほど、その内容を鮮明に覚えている。


「ひょっとして……おかしな魔術でもかけられてたか? ファウストならやりかねんな……」


 カイムは軽く頭を叩きながら身体を起こす。

 昨晩は床で眠ったはずのカイムであったが、何故か今はベッドの上にいる。

 おまけに服も下着も脱いで全裸になっており、左右に同じく裸の美女が眠っていた。


「……こっちは夢じゃなかったようだ。参ったな」


 カイムの左右にはミリーシアとレンカが寝息を立てている。

 当然のように二人とも全裸であり、どこかスッキリしたように心地良さそうな顔をしていた。


「スウ……スウ……」


「クー……殺せえ……」


「……気持ち良さそうな顔をしやがって。こっちはさんざん搾り取られたってのに」


 昨晩のことを思い返し、カイムは溜息を吐く。

 淫魔と化した二人の女性によってカイムは何度となく求められ、彼女達と身体を重ねることになった。

 二人とも処女だったようだが……カイムもまた初体験である。

 まさか初めての行為が美女二人を相手に襲われるという特殊な状況になろうとは、夢にも思わなかった。


「さて……どうしたものかな。いっそのこと逃げちまうか?」


 ミリーシアは明らかに貴族の令嬢。その花を散らしたとなれば……それなりの責任というものが発生してしまう。

 レンカに至っては、自分と主人を汚した男に激怒して斬りかかってくる恐れがある。無様に殺されるような間抜けをさらすつもりはないが……カイムとて、刃物を持って追いかけてくる女に恐怖を覚える感性はあった。


「スウ……スウ……」


「クー……」


(……今なら余裕で逃げられるな。とはいえ、本当にそれでいいのだろうか?)


 夢の中でファウストに言われたことを気にしているわけではない。

 だが……この数日間の旅路、さらには何度も求め合って唇と身体を重ねたことで、二人の女性に対して情が湧いてしまった。

 このまま無責任に放り出し、何事もなかったように一人旅に戻るという選択肢は、さすがのカイムも抵抗がある。


「とりあえず……保留だな。散歩でもして考えをまとめるか」


 二人とも深く眠っており、当分、目を覚ますことはないだろう。

 カイムはアイテムバッグから取り出した新しい下着と服に着替えて、そっと部屋を出た。

 そのまま階段を下りて宿屋のカウンターに行くと、店番をしていた看板娘の少女と目が合ってしまう。


「ひゃっ……!?」


「ちょっと出てくる。朝食はいらない……それと連れがまだ寝ているから、後で桶に水を入れて持っていって欲しいのだが?」


「わ、わかりました……桶の水が銅貨三枚になりますけど……」


 カイムは言われた通りの金額をカウンターに置いた。

 看板娘はチラチラとカイムの顔を窺い……頬を真っ赤に染めて口を開く。


「さ、昨晩はお楽しみでしたね?」


「……それ、顔をトマトにしてまで言わなくちゃいけないことなのか?」


 どうやら、夜の営みの声を聞かれていたようである。

 カイムはうるさくしてしまった詫びとしてチップの銀貨を追加で渡し、宿屋から出て行くのであった。



     〇          〇          〇



 町に出ると、空にはカラッとした晴天が広がっている。

 青い空には雲一つ浮かんではおらず、強い日差しが降りそそいでいた。


「良い天気だ……皮肉なくらいに気持ちの良い青空だな」


 カイムは暗い森の中に暮らしていたこともあって、明るい晴天の下を歩くことにいまだ違和感があった。

 場違いなような、それでいて自然と胸が弾むような解放感が湧き上がってくる。


(さて……とりあえず、観光がてらブラブラしてくるか。歩いているうちに妙案が浮かんでくるかもしれない)


 二人の女性への責任の取り方についても考えなくてはいけないが、人生で初めて訪れる大きな都市への興味が消え失せたわけではない。

 カイムは大通りを行く人の流れに逆らうことなく、自由気ままに道を進んでいく。


 大勢の人でにぎわう通りには無数の露店があり、料理や果物、衣類などの生活用品、わけのわからない形の置物などを売っていた。

 昨晩、激しい運動をしたことで腹が減っている。カイムは露店で売っていた見たこともない料理を購入する。


「一つくれ」


「あいよ、銅貨五枚ね」


 受け取ったのはパンの間に野菜とソーセージが挟まった料理である。

 ソーセージの上には赤と黄色の鮮やかな色合いのソースがかかっており、何とも食欲をそそる匂いが鼻を刺激してくる。


「これは……美味っ!」


 一口、その食べ物を齧るや、カイムは喝采の声を漏らす。

 熱々のソーセージの香ばしい味わい、それを柔らかく受け止めるパンの包容力。何より、赤と黄色のソースの味が絶品だ。

 赤いソースの風味も良いが、舌を刺激する黄色のソースの辛味は初めて味わうもので、食べれば食べるほどに食欲が湧いてくる。


 モグモグと勢い込んでがっつくカイムに、中年男性の店主が苦笑して声をかけてきた。


「お客さん、ホットドッグは初めてかい? そのソースはケチャップとマスタードと言って、帝国ではメジャーな調味料なんだよ?」


「そうなのか……! やっぱり旅はするものだな。未知の景色だけじゃなくて、未知の食べ物にも出会える!」


「ハハハッ、そんなに感動してもらえると作った甲斐があるってもんだ。もう一本食べるのなら、銅貨四枚にまけとくよ?」


「買う。三本くれ」


 カイムは自分の分と、ミリーシアとレンカへのお土産を同時に購入する。

 紙の包みに入った『ホットドッグ』なる料理を受け取り……カイムははたと気がつく。


「あ……」


(無意識のうちにミリーシアとレンカの分まで……俺ってやつは、完全に逃げる気を失くしてるんじゃないか?)


 それは無意識の行動であったが、カイムは二人から離れるという選択肢を捨てている自分に気がついた。

 このまま宿に戻ってミリーシアらと顔を合わせても厄介事になるだけ。それでも、責任を放棄して逃げる気にはなれないのだ。


「仕方がない。こういう時は……とりあえず、土下座しておくか?」


『毒の女王』の知識の中にあった最上級の謝罪法を使うしかない。

 もちろん、カイムにだって誇りや尊厳というものはあるが……このまま向き合うことなく二人から離れるよりも、ずっとマシな選択だと思ったのだ。


(そうと決まればこのまま帰宅……いや、せっかく外に出てきたんだから謝罪の品でも買っておくか?)


 プレゼントの一つでも用意しておけば、多少は二人の心象が良くなるかもしれない。レンカに刺される未来が回避されれば幸いである。


「アクセサリーとか売ってると良いんだが……」


 プレゼントで誤魔化すなんて姑息な手段ではあったが……ミリーシアに泣かれたくないし、レンカに刺されたくもない。

 カイムは手段を選ばす、女性陣のご機嫌取りをすることを決めたのである。



ここまで読んでいただきありがとうございます。

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