湧き蠢く反乱分子
カイムの恋人であるミリーシアが皇帝に即位してから一年が経った。
内乱の勃発、二人の兄の殺し合い、『美猴王』という『魔王級』の怪物の復活を経て皇帝になったミリーシアの治世は残念ながら穏やかならざるものだった。
長兄のアーサー、次兄のランスという二人の皇子に比べて、ミリーシアは政治的地盤も弱くて支援者も少ない。
そんなミリーシアが皇帝となったことに納得していない者は多かった。
腹の内に不平不満を溜め込んでいるだけで害がなければ良い。
しかし……残念ながら、反乱や反逆といった直接的かつ短絡的な方法で不満を噴出させてくる人間もいる。
そんな反乱分子への対処、粛正に駆り出されているのは、ミリーシアの恋人である『毒の王』――カイムである。
『戦うことしか能がない』という自分自身への評価を体現するかのように、ミリーシアにとって邪魔な人間を片っ端から畳んでいたのであった。
「やれやれ……また貴族の反乱か。これで何人目だったかな?」
「ミリーシアさんが即位してから五人目ですよ。カイム様」
カイムの問いに、従者であるメイドの女性……ティーが答えた。
ティーはホワイトタイガーの獣人であり、カイムにとっては長い付き合いの従者である。現在では恋人の一人となっており、何度となく肉体関係も持っていた。
「五人か……懲りないな。いい加減、無駄だってことくらい悟ってもらいたいものだ」
カイムが皮肉そうに唇を歪めて、今しがた攻め落としたばかりの砦を見上げる。
その砦は自称・帝国南部の実力者であるコージー伯爵が所有していたのだが、現在は帝国軍の制圧下にあった。
生き残った兵士は全て投降。捕縛されている。
主犯格であるコージー伯爵は討たれているが、帝国の法において反乱は一族全体に及ぶ罪である。残った一族の人間の未来は明るくないだろう。
「前の奴は子爵。その前の奴はどこぞの地方を預かっている辺境軍の将軍だったかな? ミリーシアに不満があるのなら、せめて結託して立ち向かおうとか思わないのか?」
そうであったのならば、まとめて叩き潰すことができるものを……カイムが面倒臭そうに頭を掻いた。
蛆のように湧いている反逆者であるが……彼らはいずれも個別に蜂起しており、協力して政権を打倒しようとはしていない。
結託することなく個別に蜂起している理由は不明。単純に仲が悪いのか、それとも主導権争いで揉めているのかもしれない。
(もしかすると、ミリーシアを妻にして自分が皇帝の夫に……とか考えている奴がいるのかもしれないな。不遜極まりないような話だ)
要するに、ミリーシアが舐められていることが原因である。
反乱を起こして脅しつけてやれば、どうにでもできる……そんなふうに下に見られている証拠だった。
「ミリーシアさんは優しいですからね。その代わり、町の人達には好かれていますの」
ティーが朗らかに言う。
ミリーシアは大国の君主とは思えないほど物腰柔らか、温和な性格をしている。
その人間性は権力者からは『頼りない』、『御しやすい』といった評価を抱かれているものの、民衆からは愛されていた。
『美猴王』が復活した際にも積極的に怪我人の救助や手当てを行っており、多くの平民からの支持を集めている。
「民衆が集まってクーデターを……というのが無いのが幸いと考えるべきか。蛆を潰して回れば済むわけだからな」
「物は考えようですわ。反抗的な人達はみんなカイム様が倒してしまいましたし、そろそろ落ち着くんじゃないですの?」
「そうだと良いがな……さて、そろそろ終わったかな?」
カイムが会話をして、砦の方に視線をやる。
するとタイミングを図っていたわけでもないだろうに、一人の兵士が駆けてきた。
帝国軍の装備を身に着けた兵士……後始末のために派遣してもらった『青狼騎士団』所属の兵士である。
「カイム様、お待たせいたしました。砦の制圧が終了いたしました」
「そうか。首尾は?」
「抵抗する兵士はもういません。首謀者の残党も逃がすことなく捕らえておりますし、反乱は完全に鎮圧されたものと思われます」
「結構」
若い兵士の報告を受けて、カイムが満足そうに頷いた。
反乱分子の殲滅はカイムだけでもどうにかなるが、後始末はそうもいかない。残りの仕事は兵士達に任せることにする。
「それじゃあ、俺は引き上げさせてもらう。後のことは頼んだぞ」
「ハッ! 承知いたしました。馬車で帝都までお送りいたします!」
「いらん」
カイムが短く答えて、ティーの腰を抱いた。
「あんっ、ですの」
ティーが甘い声を上げながらカイムに抱き着いてくる。
豊満なバストがカイムの胸板に押しつけられ、フニュリと形を変えた。
「変な声を出すな。帰るぞ」
そして、地面を蹴って跳躍する。
脚力に任せて空まで飛び上がり、何もない空中を足場にして立つ。
闘鬼神流・基本の型――【朱雀】
圧縮魔力を使って空中に見えない足場を作る技である。
「このまま飛んで帰る。それじゃあな!」
下の兵士に言い置いて、目にも留まらぬスピードで空を飛んでいく。
【朱雀】と対を成す闘鬼神流の飛行術……【鳳凰】の力である。
足底から勢い良く魔力を噴出させ、空中で高速移動することができるのだ。
「あ……」
唖然とした様子で目を見開いている兵士に見送られて、ティーを抱きかかえたカイムが北の空へ消えていった。




