エピローグ 毒の王
式典は滞りなく終わった。
反乱分子が踏み込んでくることなく、何者かがミリーシアに毒を盛ってくることもなく。
ミリーシアは臣民が見守る中でティアラを下ろし、代わりに皇帝の冠を頭に戴いた。
冠を載せてくれたのはミリーシアにとって、母にも相応する人物……孤児院の管理者であるマザー・アンリエッサだった。
マザー・アンリエッサは公の地位や役職こそは持っていないものの、ガーネット帝国における聖職者の最上位。高位貴族であっても大きな顔ができないような影響力がある人物だ。誰からも異論は上がらなかった。
皇帝となり、名実ともにガーネット帝国の最高権力者となったミリーシア。
彼女の名のもとに、新しい役職者の任命も行われた。
政治の最高責任者はアトラウス伯爵が就くことになった。中立派貴族の重鎮である彼はランスやミリーシアを支えた功績から『侯爵』に格上げされ、『宰相』の地位を賜っている。領地も加増されて、大幅に躍進した貴族の一人だった。
軍事を司っているのは五人の武人。『金獅子騎士団』、『銀鷹騎士団』、『赤虎騎士団』、『青狼騎士団』、『黒竜騎士団』のそれぞれの団長である。
『青狼』と『黒竜』の長は引き続き、イルダーナとイッカクが勤めている。『銀鷹』と『赤虎』の長は双方とも戦死しているため、服属してきた貴族の中から任命した。
特殊な立場なのは『金獅子』である。先の内乱にも現れることがなかった彼らであるが、アーサーが支配下に置いた帝都から出て、亡き皇帝が眠っている霊廟を守っていた。ミリーシアが皇帝に即位して初めて御前に現れて、彼女に忠誠を誓ったのである。
「もしも彼らが帝都にいてくれたのなら、きっと『美猴王』の被害も軽かったでしょうに……」
ミリーシアは後に、そんなふうに愚痴を口にしていた。
金獅子騎士団は帝国最強の軍隊である。その団長はガウェインやマーリンよりも強いと言われているのだ。
皇帝の命令以外には従わないという性質上、ずっと鳴りを潜めていたのだが……大きな戦力を無駄にしていただけのような気がしてならない。
内憂外患を抱いてはいるものの、今のところは目立った問題は生じていない。
水面下で暗躍している人間はいるかもしれない……彼らが表に出てくるよりも前に、ミリーシアは盤石の態勢を整えるべきだろう。
〇 〇 〇
「今回の内乱が示していたように、我が国は皇族に力が集中し過ぎているんです。そのせいで貴族達にも内乱を止めることができなかった。今後は改めなければいけませんね」
式典が終わり、ようやく肩の力を抜くことができた。
ミリーシアが鏡の前に座って、長く美しい金髪に櫛を通している。
皇帝の冠はすでに外しており、皇室財産を管理している人間に預けていた。
まだドレスを着たままではあるが……胸元を開き、締めていた腰を緩めて、かなりラフな格好になっている。
場所は寝室。
皇帝が眠るための部屋のため、とてつもなく広い。
ベッドだけでも詰めれば十人は寝られるんじゃないかというサイズであり、フカフカ過ぎて逆に落ち着かないくらいだ。
「今後はアトラウス伯爵を中心として、合議で政治決定を行うように制度を整えたいと思います。議会が専横に走ってしまう可能性はありますけど、軍権を握っていれば大きな問題にはならないでしょう」
「それは結構……まあ、好きにしたら良いんじゃないか?」
ミリーシアの背後。ベッドに座ったカイムが言う。
カイムもまた礼服を盛大にはだけて、胸板をさらしている。
式典の最中こそ大人しくしていたが、はっきり言って改まった場の空気は苦痛だった。
(できれば、二度と御免だが……そういうわけにもいかないか)
カイムはミリーシアと共に歩む道を選んだのだ。
ならば……皇帝の配偶者という立場も受け入れざるを得ない。
「カイム様ー、来ましたのー!」
部屋の扉が開く。
新たに入ってきたのは他の恋人達。ティーとレンカ、ロズベットである。
「着替えてきましたの。今日はこれでやりますわ!」
「お、落ち着かないな。こんなヒラヒラした服は……」
「裸にロープが平気なのに、どうしてその格好で恥ずかしがるのよ」
三人はドレス姿だった。
胸元が開いた煽情的なドレスを身に纏っており、ミリーシアも合わせて、薄暗い寝室に花が咲き乱れたようだ。
ティーが自慢するように両腕を開いて、レンカが慣れない服に恥じ入って、ロズベットが呆れた様子で並んでいる。
「本日は私も御一緒させていただきますわ。皆様方」
そして……いつものメンバーにさらに一人。緑の髪を靡かせた美女が同じくドレス姿で入ってくる。
彼女はリコスだった。幼女ではなく、大人の女性の姿になっていた。
少し前に知ったことだが……リコスの実年齢は二十歳近く。カイムよりも年上だった。
魔物に育てられたという生い立ちにより、大人になったり子供になったり外見を変えることができるのだ。
新しい帝城に腰を据えてからは大人の姿でいることが増えており、カイムの恋人の一人に加わっていた。
「それでは、新生活で初めての夜です。みんなで楽しみましょう?」
「…………」
笑顔で濃密な夜の始まりを宣言するミリーシアに、カイムは深く長い息を吐く。
「これも、自分で選んだ道……俺が背負うべき責任なんだろうな……」
彼女達を選んだのはカイム自身。望んで得た女達だ。
全員が発情して淫靡に染まった顔をしており、爛々と目を光らせてベッドに集まってくる。
「いいぜ、かかってこいよ」
「あんっ……!」
カイムが恋人達を抱き寄せると、腕の中から甘い声が上がる。
柔肉に顔を埋めて甘い香りを鼻腔いっぱいに吸い込み、極上の果実を存分に味わう。
これから先も多くの困難がカイム達の前に立ちふさがるだろうが……構わない。
敵だろうと女であろうと、纏めて受け入れてやろうではないか。
敵は殺せばいい。女は抱けばいい。
必要であれば帝国だろうと、大陸だろうと支配してやる。ドラゴンであろうが魔王であろうが、誰とだって戦ってやろう。
カイムは『毒の王』。
全ての毒を支配する最強の魔人なのだから。




