251.皇帝ミリーシア
魔王級の一角……『美猴王』が撃破された。
帝都の地下に封印されていた古の魔王。その復活により、帝都の半分ほどが瓦礫の山となってしまった。
兵士達の対応が早かったおかげで被害のわりに死者は少なかったものの、大陸一の大国の中枢は大災害の後のような有様となっている。
おまけに……第一皇子であるアーサー、第二皇子であるランスはどちらも死んでいる。
病床にあったはずの皇帝もすでに亡くなっており、国をまとめるべき人間達はまとめて消えてしまった。
そうなると……もはや、皇位を継ぐことができるのは一人しかいない。
ミリーシア・ガーネット。皇族の唯一の生き残りであり、亡き皇帝から後継者として指名されていた皇女である。
政治力が低い皇女が降ってわいたように皇帝になることに反対している人間は、もちろん少なくない。
アーサー派の貴族などは特にそうであり、ミリーシアが二人の兄を謀殺したのではないかと陰謀論を唱える者までいる始末。
幸いだったのは、帝都の住民がミリーシアを好意的に受け入れていること。
ミリーシアが『美猴王』のせいで怪我をしてしまった人間を必死になって治療していたため、助けられた人間やそれを目にした人間はミリーシアの即位を支持している。
『美猴王』が復活した原因……ランス・ガーネットの乱心については、一部の者だけに知らされて公には秘匿されることとなった。
温厚な性格のランスがそんなことをしたなどと誰も受け入れられない。『美猴王』の復活は偶発的な事故として処理されている。
実際、青狼騎士団団長ルイヴィ・イルダーナや黒竜騎士団団長イッカクらは話を聞いて唖然としており、ショックを受けていたようだった。
おそらく……ミリーシアの治世は穏やかなものにはならないだろう。
帝都の崩落、二人の皇子の死による皇室の権威失墜を利用して、暗躍する者は必ず現れる。
貴族の中には独立や反乱を目論む者が出てくるかもしれないし、周辺諸国だって黙っていない国があるだろう。
再び、ガーネット帝国が戦火に落とされるかもしれない。
だが……それでも、ミリーシアは皇帝になることを選んだ。
愛する男と手に手を取って逃げ出すのではなく、茨の道を歩くことを選択したのである。
〇 〇 〇
あの戦いから半年。
崩壊した帝都から、少し離れた場所にある『シャウラーク』という都市へ遷都がなされた。
シャウラークは皇帝の直轄地。ガーネット帝国において『第二の首都』などと称される都市である。
破壊された帝都は現在、復興工事の最中。
元通りに戻すことは難しいため、無事な部分を囲うようにして城壁を立て直し、小規模な都市として再開発される予定だ。
遷都が成されて、これから特別な式典が開かれる。
ミリーシアが皇帝に即位して、正式に人々の前に立つ日だった。
「なるほど、まるで女王様みたいな衣装だ。似合っているぞ」
「カイムさん……」
カイムが後ろから話しかけると、ミリーシアが振り返った。
姿見の前に立っているミリーシアは豪奢なドレスに身を包んでおり、頭にはティアラを載せていた。
化粧もしており、アクセサリーも着けて、その姿はやんごとなきクイーンである。
「ついこの間まで、野宿をしながら旅をしていたとは思えないな」
「カイム様だって似合っていますよ?」
晴れ姿になっているのはカイムもまた同じだった。
普段着ている冒険者らしい衣服ではなく、貴公子のような改まった服になっている。
カイムはミリーシアの婚約者として、一緒に式典に参加することになっていた。
「『馬子にも衣裳』だって言って良いんだぞ? 実際、その通りだと思うからな」
「そんなことはありませんよ。カイムさんは何を着てもとても素敵です」
「そう思わない連中だって多いだろう。実際、俺がお前の隣に立つことを反対している奴も多いからな」
カイムがミリーシアの婚約者になることはすでに公示されている。
カイムの圧倒的な強さを知っている一部の者達を除いて、貴族らから反発の声が上がっていた。
「『どこの誰とも知れない馬の骨が皇配になるなんて許しがたい』……自称・愛国者は好き勝手に言ってくれるよな。そんなに国が大事だっていうのなら、お前らは先の内乱で何をしたって言うんだか」
カイムがミリーシアの婚約者になることを反対しているのは、アーサーとランスの戦いに日和見を決め込んでいた者達である。
『ガーネット帝国は力を重んじる強者の国』というのが建前であるが、もちろん、全ての貴族が勇敢で武勇に長けているわけではない。
権力者の中には、のらりくらりと争い事から逃げて、蝙蝠のように立ち回って旨味だけを啜ろうとしている人間も多い。
そんな貴族らはミリーシアが皇帝になることが決まった途端にすり寄ってきて、ミリーシアの傍にいるカイムや側近達に「下賤はふさわしくない!」などと噛みついてきたのだ。
中には、「自分こそがミリーシア殿下の夫にふさわしい。自分を皇配にしないのなら反乱を起こす!」などと兵力をちらつかせてきた者までいたが、そんな輩についてはカイムの力を示す見せしめになってもらった。
おかげで、現在は公に反対してくる者はいないが……それでも、内心で不服に思っている人間は少なくあるまい。
「それは私だって同じですよ。帝国にいる民の大多数はアーサーお兄様かランスお兄様のどちらかに皇帝になって欲しいと考えていたはず。私なんかが相応しくないと思っているでしょうから」
ミリーシアが力無く笑う。
ミリーシア自身、自分が皇帝になるべき人間だとは思っていない。
正当な皇族の血筋であり、亡き皇帝から選ばれた後継者ではあるものの、二人の兄の方がずっと良い君主になれるだろうと確信していた。
「望んで得た皇位ではありません。だけど……私はやっぱり、この国を守りたい。私以外にいないというのであれば喜んで殉じます」
「良いんじゃないか。俺が惚れたのはそういう女だ」
覚悟を決めているミリーシアに、カイムが肩を揺らして笑った。
「俺も好きにさせてもらうさ。お願いされたからじゃなくて、好き勝手にミリーシアに協力しよう。俺がいる限り、お前の治世が何者かに脅かされることはない。どんと構えて胸を張れよ」
「ありがとうございます……!」
ミリーシアがカイムに抱きついて、背伸びをして口づけをする。
「このまま、続きをしたいところですけど……流石にドレスが汚れちゃいますよね」
「当たり前だ……時間もないし、そろそろ行くぞ」
「はい。エスコートしてくださいますよね?」
ミリーシアが楚々として手を差し出してきた。
カイムが無言で腕を差し出す。この半年間で教わった貴族の作法を思い出しながら。
「それでは、参りましょうか。旦那様」
「はいよ。皇帝陛下」
カイムがミリーシアをエスコートして部屋から出て、式典の会場に足を踏み入れる。
光が二人を包み込んで、万雷の拍手と共に多くの人々が出迎えた。




