250.女怪のたくらみ
「ああ、これは驚いたなあ。まさか、こんな結果で終わるとは思わなかったよ」
帝都の外縁、城壁の上に立っている人影があった。
白衣を風になびかせながら愉快そうに肩を揺らしているのは、カイムにとって縁深い女性……ファウストである。
「『美猴王』に勝てたことは驚かない。【伏羲】を使ったこともね。教えたのは渡しだし、いきなり覚えたばかりの奥義を使ったことには感心されたけど……それでも、不思議はない。予想を超えてはいない」
聞く者は誰もいないというのに、ファウストは興味深そうにつぶやく。
「だけど……『美猴王』を滅したことは驚きだよ。不死であるはずの『魔王級』を完全に滅ぼすことができるだなんて有り得ないはずなのにね」
『魔王級』の定義……それは単独で国を滅ぼせるほどの戦闘能力を持っており、かつ不死身であることだ。
『魔王級』の魔物を殺す方法はない。それなりに長い年月、魔術師として暗躍しているはずのファウストでさえ、その方法を知らなかった。
「封印することはできる。遠ざけることもできる。異界に放逐することだって、十分な準備をしていればできるかもしれない。だけど……殺せはしない。そのはずだったのにね」
七体の『魔王級』。
彼らはそれぞれ、異なる方法で不死性を得ている。
『毒の女王』は自分を殺した人間に呪いをかけることで、永遠の命を手に入れていた。
『美猴王』は無尽蔵のタフネス。底無しの生命力を持っており、いくら斬ろうと焼こうと、再生して復活する自己治癒能力を持っていた。
もちろん、再生を超える速度で殺し続けることで理論上は殺すことができる。
だが……あの怪物を相手にして、永続的に殺し続けるだなんて現実的ではない。
人類の最高戦力であるSランク冒険者が結集したとしても不可能だろう。
「だが……それをやってのけた。彼は、『毒の王』は」
カイムの毒液を浴びて、『美猴王』は完全消滅したように見える。
もしかすると、生きながらえていて復活するのかもしれないが……ほぼほぼ不可能だろうとファウストは思っていた。
「『魔王級』同士をぶつけ合って、殺し合わせる……なるほど、新しいプラクティスだ。思いつきそうで出てこない発想だね」
七つの『魔王級』の一つである『美猴王』は消えた。
『毒の女王』だって復活するかどうかはわからない。そもそも、アレは自分を殺した相手に呪いをかけて肉体を乗っ取る存在だ。
もしもカイムが寿命を全うして、大往生を迎えたのであれば……『毒の女王』もまた永遠に現れないかもしれない。
「これだから、研究者というのはやめられないね……カイム君、君は最高の実験材料だよ」
きっと、カイムはこれからも素晴らしい成果を見せてくれるだろう。
楽しみで仕方がない。胸は高鳴るばかりだった。
「もしかしたら、他の『魔王級』も倒してくれるかな? あるいは、彼の子供が驚くような結果を見せてくれるのかな? 『聖霊教会』の連中はやかましく騒ぐだろうけど……仕方がないね。骨を折ってやろうか」
ファウストは『魔王級』を敵視している宗教組織を思い浮かべて、おどけたように両手を広げた。
『聖霊教会』は魔物の討滅、魔法撃破を教義として挙げており、もしもカイムのことを知ったら、抹殺しようとするかもしれない。
聖職者全員が融通の利かない原理主義者というわけではないが……遅かれ早かれ、衝突することになるだろう。
「世話が焼けるけれど……まあ、私は面倒見の良い医者なんだ。患者のためにそれくらいはしてあげなくちゃね」
ファウストの足元に魔法陣が出現して、次の瞬間には白衣を纏った彼女の姿が掻き消える。
カイムにとっては厄介な女怪であったが、彼女のおかげでカイムと『聖霊教会』という組織との接触が先送りにされた。
これからも、このマッドサイエンティストには付きまとわれるのだろうが……はたして、ファウストの存在はカイムにとってプラスかマイナスか。
それは本人達にすら、よくわかっていないことなのであった。




