249.伏羲
闘鬼神流・秘奥の型――【蚩尤】
体内にある魔力の発生源……チャクラと呼ばれる円環をフル稼働させることにより、限界を超えた魔力を引き出す闘鬼神流の奥義である。
莫大な魔力が圧縮されてカイムの身体を覆い尽くす。攻撃力と防御力がブーストされて、今ならばドラゴンとだって真っ向から殴り合いができるだろう。
「ぶっ倒れろ!」
「GYAO!」
『美猴王』の顔面を殴打する。先ほどよりも大幅に強化された殴打により、グリュンッと猿の首が百八十度回る。
そのままねじり切れてしまえば良いものを……『美猴王』の首がすぐに正面を向き、両手をバチンと合わせて虫を潰すようにカイムを叩いた。
「ハッ……デカい手だな」
しかし、カイムは両腕を左右に伸ばして『美猴王』の掌を受け止めた。
そして……手近にあった指を一本掴んで、ありえない方向に曲げてやる。
「お返しだ!」
「GYEEEッ!?」
「フンッ!」
痛そうな悲鳴を上げる『美猴王』に飛びかかり、さらに殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る。
顔面をひたすら殴打して、そのまま転ばせた。
凄まじいラッシュを受けた『美猴王』は鼻血を流しながら、崩落した帝城の残骸に尻もちをつく。
「周りの連中はもう避難しているな? だったら……手加減はいらないよな!」
カイムは【蚩尤】によって解放された圧縮魔力を右手に集中させた。
すると……右手にそれまで存在しなかったはずの大剣が出現する。
「【伏羲】」
つぶやいて、右手を一閃。
『美猴王』の右腕が根元から切断されて、宙を舞った。
「GYEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEッッッ!?」
遅れて上がる悲鳴。
腕の根元からドクドクと大量の血液が流れ出て、帝城の残骸である瓦礫の山を溶かしていく。
「なるほど……眉唾だったが、やればできるもんだな」
カイムが右手に現れた剣を見ながら、嘆息する。
本来、魔力というのは手で触れることができないエネルギー体だった。
しかし、一定以上に圧縮することで物質としての性質をもつようになり、物質化した魔力を纏って戦う武闘術が『闘鬼神流』である。
カイムがやったのはそのさらに一歩向こう側。物質化した魔力を使って、武器を創造するという御業だ。
そもそも、魔力というのは千変万化に変化するもの。炎や水、風、土、雷、氷、毒など、様々な物に変化させることができる。
ならば……圧縮して物質化した魔力を使って、無から有を生み出すことができるはず。
それを実現させる技こそが、闘鬼神流・秘奥の型――【伏羲】。
魔力を使用して、自らが望むものを想像する技……神の所業に足を踏み入れる奥義だった。
「そもそも、魔力を使って『毒』やらなんやらを生み出すことができるんだ。『剣』を創れない理屈はないよな!」
カイムは『美猴王』の懐に飛び込み、縦横無尽に剣を振るう。
【青龍】で作ったその場しのぎの剣ではない。その剣は確固としてこの世に存在する物。
『魔王だろうと斬り殺せ』というカイムの意思を受けて、そう在るべきだと生み出された魔剣である。
剣は創造主の意思に応えて、振るわれるがままに『美猴王』の肉体を斬り刻んでいった。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAA! GYEEEEEEEEEEEEEEEEAッッッッッッ!?」
『美猴王』が悲鳴を上げるが、カイムは止まらない。
ひたすら斬る。息継ぎすらすることなく、ただただ剣を振り回す。
人を遥かに超越した自己治癒能力を持った『美猴王』であるが、再生を超えるスピードで斬り続ける。
それはもはや戦いではない。一方的な殺戮となっていた。
「GYEEEEEEEEEEEEEEEッッッッッッ!」
「思ったよりも一方的な戦いになったな……正直、拍子抜けだよ」
カイムが『美猴王』を斬りながら、少しだけガッカリしたように目を細める。
「できれば、まともなお前と闘りたかったものだ。死にたがりに引導を渡すだけなんて退屈だったぜ」
戦士の一撃は千の言葉にも勝るもの。
『美猴王』と正面から戦ったことで、カイムは理解していた。
目の前にいる怪物は『死にたがり』だ。生きることを微塵も望んでいない。
死を望んでいながらも、強大な力を持っているがために死ぬことができず、怒りと狂気のままに八つ当たりをしている怪物だった。
「いったい、お前に何があったのかは知らないが……残念だよ。もう死ね」
カイムが跳躍して、再び空へと身を躍らせる。
【伏羲】によって創造の力を得たカイムは、それと『毒の女王』の力を組み合わせて、一つの毒を生み出した。
それは『美猴王』を殺すための毒。死を望む不死の怪物を葬り去る、ただそれだけの目的で生み出された毒液。
「紫毒魔法――【神滅】」
紫色に輝く毒液が瀑布のように落ちてきて、『美猴王』の肉体を包み込む。
「GYA……」
『美猴王』は溜息のような声を漏らしながら、降りそそぐ毒の滝に身をゆだねる。
怒り狂った猿の顔面が心なしか安堵したような表情となり、そのまま細胞の一つも残すことなく消滅したのであった。




