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247.美猴王

「カイムさん!」


「ああ……ミリーシアか」


 カイムが目を覚ますと、目に涙をいっぱいに溜めたミリーシアの顔があった。

 ミリーシアは寝かされたカイムの横に膝をつき、治癒魔法をかけていたようだ。


「俺はどれくらい寝ていた?」


「ほんの三十分ほどです……そんなことよりも、動かないでください!」


「いや、そうもいかないだろ……ここは、城の外か?」


 制止するミリーシアを振り切り、カイムが起き上がって周りを確認する。

 そこは帝城から少し離れた場所にある広場だった。少し視線を上げると、並んだ建物の向こうに城の尖塔が見えた。

 周囲では兵士達が慌ただしく駆け回っており、災害の最中のような緊迫感と悲壮感に包まれている。


「状況を説明してくれ」


「えっと……ランスお兄様が地下にあった封印を解いてから、気を失ったカイムさんを連れて外に脱出してきました。現在、兵士の皆さんにお願いして帝都の住民に避難を呼びかけています。ティーさんやレンカも手伝ってくれていて、城の地下に封印されていた怪物ですけど……」


「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」


「あ……!」


「説明が省けて結構なことだ……出てきやがったな」


 カイムが皮肉そうに笑い、視線を上に上げた。

 すると……帝城の尖塔が崩落して、その向こうから巨大な影が頭を出す。


「『美猴王』ね……御大層な名前で呼ばれやがって、ただの野猿じゃねえか」


 ビリビリと大気を咆哮で揺らしながら現れたのは、とんでもないサイズの猿である。

 帝城よりもなお巨大なその怪物は茶色い体毛で身体を覆い、瞳の色は血の色、牙が生えそろった口は人間など丸呑みにできるほど大きかった。


「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」


 大猿の怪物……『美猴王』が裂けるほど口を開いて絶叫すると、衝撃波が生じて周囲の建物が崩れて吹っ飛んでいく。

 ただ吠えただけだというのに、とんでもない威力だった。


「アレが……『美猴王』。ランスお兄様はどうして、あんな化け物を……!」


「頭のおかしい奴の考えなんて知ったことかよ。そんなことよりも、やるべきことがあるだろうが」


「カイムさん!? まさか、戦うつもりですかっ!?」


『美猴王』に向かっていこうとするカイムに、ミリーシアが愕然と叫んだ。


「無理です、ダメです! あんなもの、人間が勝てる相手じゃありませんよ!」


「そうでもない。封印した奴がいるわけだし、『魔王級』を倒した人間だっているからな」


 カイムの脳裏に父親……ケヴィン・ハルスベルクの顔が浮かぶ。

 Sランク冒険者であったあの男は、仲間の手助けはあったものの、同格の怪物である『毒の女王』を撃破している。


「クソ親父にできたことが俺にできないだなんて最上級の侮辱だぞ? 俺は俺がやるべきことをやる。お前もそうしろ」


「あ……」


 なおも言い募ろうとするミリーシアを置いて、カイムが跳躍した。

 空に飛び上がり、変わり果てた帝都の街並みを見下ろす。


「やれやれ……『兵どもよ夢の跡』。栄枯盛衰というべきか、酷い有り様だな」


 帝城を中心として、放射状に建物が崩落している。

 破壊の発生源である帝城は完全に崩落。かつて大国の長が君臨したその場所は見る影もない姿となっていた。

 破壊は帝都の五分の一ほどにまで及んでおり、どんどん広がっている。

 建物の残骸である瓦礫の周りでは兵士達が救助活動を行っており、埋もれた人を掘り起こして帝都の外に避難させていた。


「ランス……お前の読みは正しかった。確かに、あの怪物ならばガーネット帝国だって滅ぼすことができたかもしれないな」


 このまま『美猴王』を放置しておけば、一日とかからずに帝都は滅亡する。

 そこから先は怪物の気まぐれ次第。あの大猿が通った場所は残らず『死の都』と化すことだろう。


「やらせるものかよ、鬱陶しい」


 カイムの身体から大量の魔力が溢れ出した。

 復活した『美猴王』の初撃を防ぐ際にかなり消耗したはずだが、不思議なほどに力がみなぎっている。

 軽く前に手をかざすと、ミリーシアの神聖術でも治しきれなかった傷。手の指が何本か欠損していた。


「フン……!」


 だが……欠けていた指が根元から生えてくる。

 毒によって指を形づくり、圧縮魔力によって底上げした治癒力によって一気に修復した。

 同時にいつになく感覚が研ぎ澄まされていき、自分を中心に数百メートルの範囲が目で見ずとも知覚できるようになる。


「ティーとレンカ、ロズベットは救助活動中か。リコスも……まあ、無事だな」


 鋭敏な感覚が仲間達の無事を教えてくれる。

 みんな、無事なようだ。カイムはとりあえず胸を撫で下ろす。


「それにしても……自分でもビックリするほど元気だな。どういう状況だ、これは?」


 カイムは不思議なほど調子が良い自分自身に困惑していた。


 欠損をいとも容易く修復するほどの自己治癒強化、周囲一帯を感じ取るほどの五感の向上。

 そして……何よりも、奥義の一つである【蚩尤】を発動させるまでもなく、無尽蔵に湧き上がってくる魔力。

 どれも数十分前のカイムを大きく凌駕している。特別なことをした覚えはないのに、ありえないパワーアップだ。


「ファウストに何かされたか? いや、そんな覚えはないのだが……?」


 ファウストから貰った『餞別』は別の物だ。このパワーアップと直接の関係はないはずである。


 首を傾げるカイムであったが、この強化は『美猴王』の攻撃を受けてのものだった。

 封印が解かれた直後、カイムは間近で『美猴王』の……『毒の女王』と同格である『魔王級』の魔力を浴びた。

 魔狼王よりも、ドラゴンよりも、さらに強力な怪物からの洗礼。

 それはカイムが無意識にセーブしていた潜在能力を強引に掘り起こして、秘められていた力を解放したのである。


「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」


「暴れたいんだろう? 奇遇だな、俺もだよ!」


『美猴王』が帝城の残骸を踏み砕き、瓦礫を持ち上げて投げている。

 カイムは皮肉そうに笑って、拳を突き出す。


「【麒麟】」


「GYAOッ!?」


 圧縮魔力の弾丸が撃ち出され、高速で回転しながら『美猴王』の目に命中する。

 流石は『魔王級』の怪物とでもいうべきか、魔力の弾丸は眼球の表面で弾かれてしまった。


「GRYUUUUU……!」


 それでも、『美猴王』の敵意をカイムに向けることに成功した。

 憤怒に染まった赤い瞳がカイムに向けられる。

 視線を向けられただけで全身が燃え上がりそうになるほどのプレッシャーを感じたが、カイムは涼しげな顔で笑い飛ばす。


「それじゃあ、闘ろうか」


「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」


 帝都決戦、延長戦。

『毒の王』と『美猴王』……二体の魔王の戦いの幕が上がったのであった。


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― 新着の感想 ―
美猴王って前話で名前聞いた時から思ってたけど、神珍鉄製の棍を使った棒術と雲の上に乗ったり体毛から分身を作ったりしそう。
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