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243.明らかになる真実

「ランスお兄様……何を……!」


 突如として起こった悲劇。

 アーサーの胸を刺したランスの姿に、ミリーシアが引きつった悲鳴を上げる。


 如何に敵同士であるとはいえ……すでにアーサーは死に体だった。

 放っておいても長くはない。あえて追撃をして嬲るようなことをする意味はないというのに。


「それを読んでみればわかるよ……いや、わからないのかな。ミリーシアには」


 ランスが振り返る。

 アーサーの返り血を顔に浴びて笑みを浮かべた顔は、まるで下手くそなメイクをしたピエロのようだ。


「…………」


 カイムがいつでも動けるように身構えた。

 ランスはこれまでと変わらず穏やかな表情をしているが、かえってそれが不気味である。

 何を仕出かすのかわかったものではない『闇』がそこにはあった。


「読んでみなよ、きっと面白いことが書いてある」


「…………」


 ミリーシアが戸惑いながら、投げ渡された書状に目を通す。


「これは……遺言書。お父様の……?」


 書状に目を通すにつれて、ミリーシアの表情が愕然としたものになっていく。


「そんな……嘘……」


「ミリーシア、何が書いてあった?」


「わ、わたしを……その……」


 ミリーシアが顔を上げて、途方に暮れたような目をカイムとランスの間でさまよわせる。


「私を……ミリーシア・ガーネットを次期皇帝に指名すると。アーサーお兄様でもなく、ランスお兄様でもなく、私を後継者にすると……そう書かれています」


「…………!」


 カイムがわずかに息を呑む。

 確かに、ミリーシアが衝撃を受けるのも無理はない。当事者ではないカイムでさえ、驚くような内容である。


「どうして……そんな……お父様は何故、こんな……いえ、そもそもお父様はまだ生きて……?」


「落ち着きなよ、ミリーシア……考えてみればわかるだろう。君を次期皇帝に指名することの意味が。父の……いや、皇帝陛下の真意が」


 ランスが言い含めるような口調で言う。

 ミリーシアは考えをまとめる余裕がないようで、パクパクと口を開けたり閉じたりを繰り返している。


「……そうか」


 ミリーシアよりも先にカイムが答えに至った。

 目を細めて、確認するようにランスに問いかける。


「皇帝の実子じゃなかったんだな……お前も、アーサーも」


「!」


 カイムの言葉に、ミリーシアが信じられないような物を見たような顔になる。

 カイムとミリーシアの視線を受けて、ランスはおどけた様子で両手を広げた。


「どうやら、そのようだね……僕自身、遺言書を読むまでは確信を抱けていなかったんだけどね」


「…………」


 考えてもみれば……それは納得のいく答えなのかもしれない。


 アーサーは不世出の武人。

 多くの騎士、武闘派貴族に認められており、行き過ぎた野心を持ってはいるものの……間違いなく覇王の器の持ち主。


 ランスは卓越した策略家。

 外交に長けて、周辺諸国や穏健派貴族から認められており、将としては足りぬところがあるものの……間違いなく仁君になれる器の持ち主。


 どちらもタイプは異なるものの、皇帝に指名するのに差し支えがある人間ではない。

 それなのに……両者とも次期皇帝に指名されることはなく、結果として内乱まで起こってしまった。

 これが後継者を決めかねてのことであるのなら、この国の君主は優柔不断な阿呆である。


「最初から、どちらも皇帝になる資格を持っていなかった……皇帝の実子でなかったために、後継者になれなかった」


「その通り……僕もアーサー兄さんも、皇帝やミリーシアと血縁がなかったらしい」


 ランスが肩を揺らして、愉快そうに笑った。


「知っているだろう? アーサー兄さんは戦場で生まれ落ちた。兄さんの母君が外交で他国を訪れた際に紛争が起こって、帝国に帰還できずにね」


「戦場で何者かの子を孕んだか、あるいは混乱中に子供がいれ違ったのか……?」


「兄さんの実の父親はわからないけどね。僕は知っているよ……母から聞いていたからね」


 ランスがあくまでも淡々とした口調で続ける。


「僕の母は帝国に滅ぼされた国の王女なんだ。皇帝は亡国の領土を支配するための大義名分として母を娶った。だけど……その時には、母はすでに僕を孕んでいたらしい。婚約者だった男の子をね」


「ランスお兄様……」


「正直、信じられなかったよ。信じたくなかったと言うべきかな……父上のことも兄さんのことも慕っていたし、ミリーシアのことも可愛く思っていた。だから、遺言書を確かめずにはいられなかった。アーサー兄さんと争うことになったのも、皇帝になりたかったというよりもそれを奪いたかったからかもしれないね」


 もしも本当にそんな理由で内乱が起こったというのなら、死んでいった兵士も浮かばれないものである。

 アーサーはそのことを知っていたのか……遺言書を持っていたのだから知っていたのだろう。


(自分が皇帝の子ではないことを承知で、『だから、どうした』と玉座を目指したんだろうな……)


「それで……お前はどうするつもりなんだよ」


「僕は兄さんほど割り切れなかったみたいでね……決めていたんだ。その遺言書に一言でも僕を案じる言葉があったら、この国のために生きようと」


「…………」


「そして、その言葉が無かったら滅ぼされた母の故郷のために戦おう。祖国を滅ぼした帝国のために戦おう……そう決めていた」


 結論はすでに出ている。

 カイムは遺言書を読んでいないが、ランスとミリーシア、死んだアーサーの反応からして、答えは明白だった。


「僕はこの国を滅ぼすつもりだよ。ミリーシア」


「ランスお兄様……お待ちください!」


 ミリーシアが叫んだ。

 しかし……ランスは穏やかな笑みを浮かべたまま、決別の言葉を告げる。


「こうなるだろうと思って、前々から準備はしていたんだ……それじゃあ、落日の時を始めるよ」


 ランスが懐から小瓶を取り出した。

 それを床に叩きつけると、玉座の間が真っ白な煙に包まれた。

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